第4話 「異性とのお付き合いについてはまだ興味がないそうです」
十歳の誕生日の数カ月後、ルドルフは王太子になった。国王夫妻の子は彼一人だったためほぼ決定していたが、こうして正式になったことで貴族たちはルドルフが一人前になったとみなして遠慮をなくした。
「立太子の儀も無事終わり、次は殿下の婚約者を決めなくてはいけませんな」
御前会議という公式の場での進言に国王は顔を引きつらせた。貴族たちは「ようやく」と顔を喜色に染めた。しかし彼らは忘れていた。これは御前会議。国王よりもある意味扱いが難しいフランクが同席している。
「陛下、私から提案があるのですが……」
「聞こう!」
被せるような国王の言葉にフランクは苦笑しながら頷き、その場にいる貴族たちをゆっくり見まわした。フランクの濃い茶色の瞳は特に感情はなかったが、その圧に耐えられず貴族たちは次々と目を伏せる。婚約者を決めるという王の言葉を公的記録に残したいばかりに、と進言した貴族は自分を蹴飛ばしたい思いをしていた。
「私は『王家主催の茶会』を提案します」
「……茶会?」
「いまルドルフ王太子が政略結婚をする必要性はありません。ですから殿下にはご自分のお好みや理想に合うお妃様を迎えられるよう進言いたします」
王子本人の好みならば文句はないだろう。それは貴族に対する圧でもあったが、王たちへの圧でもあった。王太子の婚約者がずるずる決まらないことは少なからず国政にも影響があったのだ。
この王太子の婚約に対して積極的とも言えるフランクの提案を、その場の貴族たちの三割は受け入れた。しかし残りは納得していなかった。彼らの娘はすでに成人していたからだ。
「しかし……いまさら出会いからなど……女性には結婚適齢期もありますし」
ゴニョゴニョと返した貴族の男性は、十歳の王太子の妃に自分の二十歳になる娘を推している貴族だった。
「我が娘は王太子の目に留まらんと日々弛まぬ努力を続けておりました。それなのに、たかが年齢という点において娘を王子妃候補から外すという決定に賛同することは父親として不甲斐なく……」
「貴殿の娘の“努力”というのは、王宮の侍女を買収して殿下の寝所に忍び込むことか?」
フランクの言葉に男はひくっと喉を鳴らす。
「それはさておき、人は誰しも『許容範囲』というものがある。貴殿だってあるだろう? 殿下にだってあるはずだ。そして許容範囲には年齢も含まれる。貴殿の娘が殿下の許容範囲に入らなかったのなら、それは誰も悪くない。ただ運が悪かっただけだ」
王家の懐刀は容赦がない。『運が悪かった』と一刀両断する切れ味に貴族たちは黙り込んだ。
「結婚相手が必要なのは殿下だけではございません。公平を期すため、未成年の子女の出会いの場となる茶会と同じような夜会を成人した者向けに開いてほしいものですな」
フランクの『線引き』を知り、フランクが平等と公平を重んじることを知っている貴族が口を開いた。
「確かに不公平ですな。お詫びにその茶会と夜会にはわが家も協力いたしましょう」
こうしてレーベン家の人脈と資金が加わった王家主催の会の定期的な開催が決定したのだが、納得できない者が一名いた。茶会に『極上の獲物』として登場することが決まっているルドルフだ。
御前会議の決定を心底嫌がったが、公的な決定なので個人の所存で覆すことはできないとも分かっている。だから不貞腐れるしかなく、不貞腐れる日々が続いた。そして耐えられなくなり、『駆け込み寺』といわれるフランクの執務室にいった。
「殿下、ご不満があるなら口に出してくださいね。言わなくても分かるというのは家族であっても通用しませんよ?」
「俺は茶会に参加したくない!……って、大きな声で叫べればいいのに」
ルドルフだってわかっていた。フランクはルドルフのために茶会という名の『狩り場』を作り、茶会以外でルドルフに接触することをルール違反としたのだ。フランクがルール違反に対して超がつくほどの厳罰を科す人間だということは貴族界で周知されている。実際に御前会議以降、ご令嬢に非常識なアプローチをされることはなくなっていた。
「公爵も結婚は義務だと思っているのか?」
「殿下が公爵家の子ならば『好きにしなさい』と言えますけどね。殿下はうちの子ではないのでそんなことは言えません。そして一臣下として言わせていただけるなら……よろしいですか?」
フランクの言葉にルドルフは頷く。
「王族としてこの国の民たちが治めている税金で生きている以上、殿下には国民のために何かをする義務があります。殿下は我が家の家訓をご存知ですよね?」
「もちろん。自由、自主、自律であろう?」
「そうです。そしてその自由は義務を果たしてこそ得られるものだと私は思っております」
◇
「あの子を説得してくれてありがとう。まあ、多少は渋い顔をしていたけれど茶会の参加に多少前向きになったみたいだ」
「いいことだ。出会いがなければ、恋はできないからな。殿下はまだ十歳、二十年くらいはお相手探しができるだろう」
フランクが王をジッと見る。
「分かっているな、息子の結婚が決まるまでは健康第一だからな。厨房にはすでに塩分控えめの健康食を出し続けるように言ってある。酒の量も減らせ。侍従長にいって秘匿しているものも含めて全て管理するからな」
「そんな」と嘆く友をフランクは冷たくみる。
「側室を断って後継ぎが一人だけという状況を作ったのはお前だ。お前の我がままだ。息子のために気張れ、それが親で王であるお前の義務だ」
フランクの言葉に国王は『降参』というように両手を掲げた。彼自身も、息子に自分の我がままの結果を押しつけたという自覚があったのだった。
「茶会と夜会の準備はどうだ?」
「どちらも王妃様に主催してもらう形になるが、シーラとマリーが茶会の補佐を、マリアンヌが夜会の補佐をする」
「シーラもマリーも妊娠中だろう、体は大丈夫か?」
「うちの末っ子が初めて参加するからって張り切ってるよ。先日もあの子のドレスを作るために追加予算をもぎ取っていった」
「五歳、可愛い盛りだよな」
「あの子は産まれた瞬間からいまのいままで、一切変わることなく『可愛い盛り』だ」
フランクは王を睨む。
「あの子を殿下の婚約者にする話を蒸し返したら怒るぞ」
「分かっている。お前も怖いがシーラとマリー……特にマリーに怒られるとある方を思い出して肝がキュッと冷える」
二人同時に黒バラのような女性を思い出して、同時にふるりと震える。
「我が身で経験した教育的指導というのは、この年になってもなかなか……」
「王であろうが関係なく、容赦なくゲンコツを落として尻を引っ叩いていたからな」
「あの方を娶ったあの国の王はもちろんだが、シーラとマリーを娶った男たちも称賛の拍手を贈るよ」
レーベン家は初代の父親からずっと恋愛結婚で、フランクは子どもたちに政略的な結婚をさせることなど微塵も考えていなかった。
身分など必要なら金で買えるし、余っている爵位もある。「好いた相手ならば誰でもいい」と子どもたちには伝え、周りにも「子どもには好きな相手と結婚させる」と言い続け、それが口だけの方便でないことはシーラとマリーが証明した。
シーラはテクノス王国へ留学したあと、学生時代にバイトしていたバルトコ工房に就職。そして工房長のティアンと結婚した。
バルトコ工房はティアンの祖父が立ち上げた工房で、幼い頃に両親を亡くしたティアンは祖父母に育てられ、工房は彼の遊び場だった。彼は遊びながら技術を学び、働きながら技術を磨き、年齢を理由に祖父が引退してあとを継ぐとその存在を国内外に示しはじめた。
シーラと再会したときにはまだ小さな工房の工房長でしかなかったが、彼は公爵家の力を借りることなく妻となったシーラと二人三脚で工房を国一番の魔道具工房に育てあげた。シーラの懐妊が分かる少し前、それまでの功績からティアンは自力で男爵位を叙爵した。
のちに貴族にはなったものの、シーラと婚約したときのティアンは平民。ガチガチに緊張している青年をフランクはにこやかに迎え入れたが「由緒ある貴族の長子が庶民と結婚するなんて」と騒ぐ者はいた。フランクは無理なので彼らはシーラに直談判したが、「あなた、私の父親じゃないでしょう」とシーラに言われて終わった。
シーラの婚約後、次女のマリーが貴族子息(爵位を継げない次男坊以下)の標的となった。レーベン家には使われていない爵位が腐るほどあったので(その経緯については考えない)、マリーを娶れば「貴族であり続けることができる」と彼らは打算まみれだった。
そんな貴族男の透けた考えなどマリーはお見通し。鼻で笑い飛ばしながら音楽の国ミュゼから帰国したあとも恋愛そっちのけで音楽の世界にどっぷりつかり続けた。声楽の技術にさらに磨きをかけブランシア王国の音楽界の階段を駆け足で登り、あっという間に人気の歌い手の一人になった。
声楽の道での成功を得たマリーはここでようやく『結婚』について前向きになり、「恋しようかしら」という歌姫の独り言はあっという間に拡散されて多くの男性がマリーに群がった。マリーへの求婚者は貴族はもちろん裕福な資産家など有望な者たちばかり。他の女性たちが「とりあえずマリー様の結婚が決まるまでは婚活中止」と匙をなげる事態となった。
しかしマリーはそんな求婚に一切目もくれず、小さな楽団でバイオリニストをしていたケニーヒ子爵令息であるトロイと恋仲になり、あっという間に二人は婚約した。姉に続き妹も逃した男たちは憤り、婚約を白紙にしようと考えた。標的はマリーではなく、その婚約者であるトロイ。ケニーヒ子爵は王国の端っこの辺境に小さな領地を持つ田舎貴族であり、トロイ本人もボサボサの髪を無造作にまとめただけのあか抜けない青年。余裕だと多くの男たちが思っていたが、それは婚約した二人が初めて夜会に顔を出した瞬間に霧散した。
ボサボサの髪から現れたトロイはめちゃくちゃ顔面偏差値が高かった。
略奪を夢見ていた男たちがしっぽを丸めてダッシュで逃げ出すほどの色男だった。結局トロイは何も攻撃されず、マリーの友人や親族の女性、さらには社交界の黒薔薇と白百合のファンに群がられて終始チヤホヤされて終わった。後日、公爵家のサロンで披露した彼の奏でるバイオリンの音色は天上の調べのようで、貴族夫人たちの人気を集めるようにもなったのだった。
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