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【完結】名も顔も知らない貴女へ|連載版  作者: 酔夫人(旧:綴)


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第2話 「今日も世界は平和です」

北に資源豊かな大きな山脈をもち、南には海。自然豊かなブランシア王国は今日も平和で、そんな国のほぼ中心になるのが王都ブランシア。そのほぼ中央にはこの王国の政治の中心、高い白壁と深い堀に囲まれたブランシア城がある。


この白亜の城が夕日で紅く染まる頃、堀にかけられた跳ね橋をいつも一台の馬車が渡る。


豪奢な装飾を施された威圧感のある黒い馬車は、四人の騎士に護衛されながら城下の街に向かう。こんな物々しい一行が街中を走れば、帰宅する地元住民で賑わう時間、「よけろ、大貴族が通るぞ」と騒ぎになるのだが誰一人として騒がない。


「あらまあ、もうこんな時間」


地元住民は毎日同じ時間にそこを通るこの馬車に慣れていた。誰一人慌てることなく脇によけて道を開ける。「あら、あなたブランシアは初めてなのね」と戸惑う行商人を引っ張って軒先に誘導する余裕さえある。


「公爵家の馬車がきたから、お家に帰るね」

「バイバイ。あ、騎士様もバイバーイ」

「気をつけて帰るんだぞ」


子どもたちは時計代わりにしているし、手を振る子どもたちに護衛の騎士たちも気さくに手を振って応えている。騎士たちも任務中だと自覚はあるが、公爵家の馬車が襲撃されるなんて百年以上ないためどうしても気が緩んでしまう。



「平和でいいね」


馬車の中からそんな街の様子を見ながら、レーベン公爵家当主・フランク=フォン=レーベンはにこにこと笑っていた。


「残業しなくていいしね」


ブランシアの王宮で働く官吏の勤務時間は八の鐘から五の鐘まで。但し、戦時中やテロリストの襲撃など非常事態時はシフト制かつ一日二十時間近い勤務が続く。妻との時間を大切にしているフランクは、戦争賛美者、反乱分子、テロリストなど定時退城を邪魔する者は容赦なくプチッとしてきた。


戦争賛美者、反乱分子、テロリストは次から次へと湧いてくる。毎日プチプチ潰しても出てくる。だから平和の維持は難しい。


平和維持のためにやることは毎日もり沢山。八の鐘から五の鐘までが勤務時間といっても、官吏の大半は残業せざるを得ない仕事量。国王だって残業している。


「閣下、陛下の呼び出しを拒否してもよろしかったのですか?」


"よろしかった”と聞くことがおかしい。よくない。国王陛下といえば国の最強権力者。その呼び出しを拒否するなど、「よろしかったのですか?」なんて悠長に聞いておらず「今すぐ城に戻りましょう!」と強く諫めなければいけないところ。


「大丈夫、大丈夫。五つ鐘が鳴る直前に呼び出に私が応じると思っているあいつが悪い」


フランクは平然としている上に国王を『あいつ』呼ばわり。フランクでなければ侍従たちは卒倒するだろうが、この不敬極まりない行為を歴代のレーベン公爵家当主は許されてきた。



初代公爵の父であるレーベン(家名の由来)はとにかく自由を大事にする男で、他人(ひと)に強要されることを心底嫌がった。遺伝しないはずなのにその性格を当主たちは代々引き継ぎ、歴代の当主たちは我が子たちに「自分の責任のとれる範囲で好きにしなさい」と言ってきた。


当主がその性格なのでその家族たちの性格も追って知るべし。おかげでレーベン家は当主もその他の者も全員が好きなことをしてきた。


全員が政略結婚の『せ』の字もない恋愛結婚、これがレーベン家の方針。


他家のことなのだから放っておけばいいのに、「結婚は家の強化に有効な手段ではないか」とレーベンの方針に異を唱える者はいつの世もいる。それに対するレーベン家の対応は「余計なお世話」の一言。本当にその通り、他家のことなのだから。そもそも公爵という地位にあり、百年以上遊び暮らしても使いきれないほどの財産がレーベンにはある。これ以上に強化する必要がどこにあるというのだ。


自分の責任のとれる範囲で好きなことをしてきたレーベン家の者たちは、自分が選んだ『好きなこと』で大成し、さらに結婚でも失敗していない。結婚せずに独身を選んだ者もたくさんいたが、多産家系なのか一族の数は末広がりで滅びの『ほ』の字も出てこない。


誰一人としてそれを目指したわけではないのに、レーベン家は国境をゆうゆう飛び越える果てなき人脈と莫大な資産を持つ家門になっていた。


そんな家の者たちだから凄い職業や肩書きが並びそうだが城勤めが多い。恋愛結婚が多いから、最愛の人と一緒に過ごす時間が一番大事と『定時』と『安定』が理由で城勤め(公務員)を選んでいる。特に当主はその傾向がある。なぜなら公爵家は城の目と鼻の先にある。通勤時間がとても短い職場、それが城。歴代の当主は毎日業務開始五分前に席に着き、業務終了時刻と同時に席を立つ「ノー残業」を徹底している。


官吏の仕事についてフランクの感想は「それなりにやりがいはある」と満足している。領主として兼業でも構わないところも高評価らしいが、やはり『近い』という通勤時間の無駄を排除した職場というのが最大の決め手である。



フランクは一官吏として就職した(当時はレーベン公子)。父親の補佐を勧められたが父子共に拒否したし、互いの親友だった王と王太子がそれぞれが自分の補佐だと主張した。フランクは王太子の執務室の隣に専用の部屋が与えられ、王太子が王になるとフランクも国王の執務室の隣の部屋に移動した(元は彼の父親の職場)。


フランクの部屋には仕事が始まる時間になると同時に城で働く者たちが部門関係なく訪れる。彼らは「無理です」と泣きつきながら仕事の相談し、ときには国王がきて羽を伸ばしながら存分に愚痴っていく。国王以外の相談に対処するため、フランクの部屋の机には毎朝大量の書類が積まれている。


その光景をいつもフランクと見る羽目になる従者たちは「自分だったら鬱になる」と思っているが、フランクはいつもその書類の山脈を勤務時間に凄まじい勢いでさばいていく。事務官や補佐官が絶え間なく部屋を出入りするため、部屋の扉が壊れること五回。「修理の音がうるさいからそのままでいい」とフランクが言ったことで扉に戸はなくとても風通しがいい。そして定時十分前には最後の書類を抱えた者が部屋の枠を飛び出しフランクの仕事は終了している。


こんなフランクの職場。いつの世も「若くて足腰に自信のある新人」は全員もれなくレーベン公爵の補佐官に任命される。この補佐官の職を一年やり切ったものは『猛者』と認められ、どこの部署からも引っ張りだこになるのだった。


 ◇


「お帰りなさいませ、旦那様」


玄関で自分を迎えた執事長にフランクは持っていた杖を渡し、マントを翻しながら階段に向かう。


「マリアンヌは?」

「奥様は温室にいらっしゃいます。領地の大奥様からバラの苗が送られてきましたので。あと、大旦那様からも野菜がたくさん届いておりますよ」


ガーデニングと家庭菜園に目覚めたフランクの両親は早々にその座を息子夫婦に譲り、領地に引っ込んで花の栽培と野菜作りに精を出している。領地住まいでも社交は貴族の義務とかいう者もいたが、前公爵はそんな意見を「農家は忙しい」と一蹴。前公爵夫婦はいまやレーベン領の民としてきちんと納税する立派な農家になっていた。



「子どもたちは?」


フランクには四人の息子と二人の娘がいる。六人の子持ちというと多くの者が「公爵には何人も妾がいる」と思うのだが、六人とも最愛の妻が腹を痛めて産んだ同母の兄弟である。二~三年に一回の間隔で、女・男・男・女・男・男とよいリズムで子どもが誕生していた。


「皆様、屋敷内にはいらっしゃいます」


他家ならば「〇〇をしている」と具体的な回答を望まれるがレーベン家ではこれでいい。これ以外の回答は無理。子どもたちの趣味や好きなことはバラバラで、屋敷内で何をやっているかなど誰にも把握できないのだった。

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