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末っ子公女が生まれる前の話〜父公爵について

氷の王太子と四男三女の末っ子の恋物語です。


「時をこえる恋文」(オムニバス形式)に掲載した第1話「名も顔も知らない貴女へ」を連載版にしたもので、王子と令嬢の恋物語がメインになっています(短編版は手紙×歴史イベント用のものなので令嬢の過去回想がメイン)。

 北に大きな山脈をもち、南には海。

 自然豊かなブランシア王国は今日も平和である。


 このブランシア王国のほぼ中心にあるのが王都ブランシア。

 そのほぼ中央にはこの王国の政治の中心、高い白壁と深い堀に囲まれたブランシア城がある。


 この白亜の城が夕日で紅く染まる頃、堀にかけられた跳ね橋を一台の馬車が渡り城下町に向かう。


 立派な宮殿から出てきても違和感のない豪奢な装飾。

 威圧感のある黒い馬車を、四人の騎士が馬に乗って護衛している。


 こんな物々しい一行が、帰宅する地元住民で賑わう城下町の繁華街を通れば「よけろ、大貴族が通るぞ」と騒ぎになるのだが、街行く人々は騒がない。


「まあ。みなさん、レーベン公爵家の馬車が来たわよ」


 最初に気づいた婦人の一声で、誰一人慌てることなく全員が脇によけて道をあける。


「公爵家の馬車が通ったから家に帰らなきゃ」


 そう笑う女性たちは扉部分に鷹とオリーブの紋章をつけた公爵家の馬車を時計代わりにしていた。


「騎士様だ、ばいばーい」

「気をつけて帰るんだぞ」


 手を振る子どもたちに護衛騎士たちも手を振って応える。

 彼らも仕事なので警戒はしているが、二十年以上一度も襲撃されていないとなるとどうしても気が緩んでしまうのだ。


 ブランシア王国は今日も平和であり、馬車の中でも街を見ながらレーベン公爵家当主ののフランク=フォン=レーベンは平和を喜んでいた。


「平和だから残業しなくていいしね」


 他の国と戦火を交えていないブランシアの王宮で働く者は八の鐘から五の鐘までと勤務時間が決まっている。

 妻との時間を大切にして定時退勤を心がけているフランクにとって、何日も城に詰めなくてはいけなくなる事態を引き起こす戦争、反乱、テロリストは嫌悪の対象だった。


 そして平和の維持は難しい。

 全員が納得いく治世など不可能なので誰かしらが我慢しなければいけないが、し過ぎないようにバランスとりが重要。


 そのためにやることは膨大で、城で働く者の大半は残業している。

 なんなら国王も残業している。


「しかし、陛下の呼び出しを拒否してもよろしかったのですか?」


 よろしかった、ではない。

 最高権力者のお誘いを断るなど、「大丈夫なのでしょうか?」と戦々恐々するレベルの話であるが、フランクは平然としていた。


「当然だ。五つ鐘が鳴る直前に呼び出して私が来ると思っているあいつのほうが悪い」


 国王を『あいつ』呼ばわり。

 本来なら不敬極まりない行為だがレーベン公爵家の当主だけはそれが許されている、彼らは初代公爵のときからずっと国王の友だからだ。


 初代公爵の父であるレーベン(家名の由来)はとにかく自由を大事にし、他人(ひと)に強要されることを心底嫌がった。

 性格は遺伝しないが養育環境の影響が大きいのか歴代の当主が同じ気質で、代々の当主たちは我が子に「何をしても良いけれど、自分の責任のとれる範囲で好きにしなさい」と言い続けてきた。


 おかげでレーベン公爵家は当主もその他の者も全員が好きなことをし、政略結婚の『せ』の字もない恋愛結婚をしてきた。


 これがレーベン公爵家の方針なのだが、異を唱える者はいつの世もいた。

 それに対する対応はいつも似通っていて、「結婚は家の強化に有効な手段ではないか」と進言する輩に対しては、「公爵という地位、十回死んでも使いきれないほどの財産、これ以上に強化する必要が?」と一切相手にしなかった。


 レーベン公爵家の凄いところは、自分が選んだ道で大成し、結婚でも失敗しないことだ(結婚せずに独身を選んだ者も多数だが、多産家系なのか一族の数は末広がり)。

 その結果、誰一人として目指していなかったのに、公爵家は国を超えた果てなき人脈と莫大な資産を持つ家門になっていた。


 恋愛結婚が多いからか「最愛の妻と過ごす時間を最大限確保するため」で公務員、つまり城勤めの官吏を選ぶ当主が多い。


 城は公爵家の目と鼻の先、通勤時間が最も短い最寄りの職場。

 フランクの志望動機もそれで、毎日業務開始五分前に席に着き、業務終了時刻と同時に席を立つ「ノー残業」を徹底している。


 官吏の仕事について、「それなりにやりがいはあるし、領主として兼業でも構わないし、条件として悪くないよね」というのがフランクの感想である。


 若かりしフランクが王宮に出仕した当初は確かに『王宮官吏』だったが、いまでは国王の執務室の隣に専用の部屋が与えられ、宰相を始めとする王宮で働く者たちが部門関係なく訪れては「私たちには無理です」といって仕事の相談をし(泣きつき)、ときには国王が部屋にきて羽を伸ばしていく(存分に愚痴っていく)駆け込み部屋となっていた。


 フランクの従者たちは「俺だったら書類の山脈に毎朝出迎えられたら(うつ)になる」と常に思っている。


 フランクは机の上にそびえたつ書類の山脈をすさまじい勢いで裁き、定時十分前には全て片付ける。

 事務官や補佐官が絶え間なく部屋を出入りするため、部屋の出入り口を守る扉が壊れること五回。


 「修理の音がうるさいからそのままでいい」という公爵《部屋の主》の言葉により、いまの部屋の入口には扉はなく、とても風通しがよい。


 いまの王宮では「若くて足腰に自信のある新人」は全てレーベン公爵の補佐官に任命される。この補佐官の職を一年やり切ったものは『猛者』と認められ、どこの部署からも引っ張りだこになるという新人向けの試金石だった。


 ***


「お帰りなさいませ、旦那様」


 玄関で出迎えた執事長にフランクは持っていた杖を渡し、マントを翻しながら階段を上りながら妻マリアンヌの所在を問う。


「領地の大奥様からバラの苗が送られてきましたので、奥様は温室にいらっしゃいます。大旦那様からも野菜がたくさん届いておりますよ」

「あとでお礼状を書かなくてはな」


 ガーデニングと家庭菜園に目覚めたフランクの両親は早々にその座を息子夫婦に譲り、領地に引っ込んで花の栽培と野菜作りに精を出している。


 領地住まいでも社交は貴族の義務とかいう者もいたが、前公爵はそんな意見を「農家は忙しい」と一蹴。

 前公爵夫婦はいまやレーベン領の民としてきちんと納税する立派な農家になっていた。


「子どもたちは?」


 フランクには四人の息子と二人の娘がいる。

 六人の子持ちというと多くの者が「公爵には何人も妾がいる」と思うのだが、六人とも最愛の妻が腹を痛めて産んだ同母の兄弟である。

 二~三年に一回の間隔で、女・男・男・女・男・男とよいリズムで子どもが誕生していた。


「皆様、屋敷内にはいらっしゃいます」


 他家ならば「〇〇をしている」と具体的な回答を望まれるが、レーベン公爵家ではこれで回答としては十分だった。

 何しろ六人の子どもの趣味や好きなことは様々であり、屋敷内で何をやっているかなど執事長には把握できなかった。

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