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【完結】名も顔も知らない貴女へ|連載版  作者: 酔夫人(旧:綴)


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第15話 「私を幸せにしてくれてありがとう」

「お祖母様、それは何?」


古ぼけた麻の袋に入っていたのは、青白い石の付いた金色の腕輪と飾り気のない白い封筒。麻の袋にある紋は擦り切れて見えないけれど、それがどんなだったからフランシーヌは分かっている。


―― これは宝箱にしよう。


この国唯一の王子として地位も資産もあった男の宝箱が、宝石も何も付いていないただの紙箱だと思うと微笑ましかった。



(―――あの人も未だ持っていたのね)


フランシーヌは立ち上がるとベッドサイドにある机に手をかざして魔力を流す。登録した魔力を感知すると鍵が解除され、引き出しからフランシーヌは黄ばんだ手紙を取り出した。


「古いお手紙ですね」

「あの人からの恋文……と言いたいですけれど“罠”と言ったほうがが良いわね」


注意しながら封筒を開けば虫避け香の臭いがする。虫に食われないように季節ごとに香を焚きしめてきた。たった一枚、手間暇かけて守ってきたのは大事だから。


「あの人のことを笑えないわ」


フランシーヌは黄ばんだ古い紙を傷つけないように気をつけながら封を開ける。中から取り出した紙は年月に勝てずに黄ばんでいて、存在しか覚えていない日本の文字で書かれた一行の文章をフランシーヌは指先でなぞる。


【アイスコーヒーを一緒に飲もう】


ほんの少しだけ右上がりのくせが、「完全無欠」の王と言われたルドルフの本当の姿をちらつかせる。



「氷の王太子の手紙、私も母から聞いたことがあります。確かに見たことのない文字……それとも模様なのでしょうか。あなた、分かりますか?」

「私も分からないな……王太子教育の一環でいろいろな言葉を学んだが、これに似た字も思い浮かばない」


息子夫婦が古ぼけた手紙を覗き込んで首を傾げる姿にフランシーヌは当時を思い出して笑う。フランシーヌの久し振りの笑い声に、孫息子のフォルテが嬉しそうに笑う。


ルドルフ国王崩御と同時にその息子であるマックスが国王になった。自動的にマックスの長男であるフォルテが王太子になる。フォルテは若いときのルドルフに似ていると評判だった。しかしフランシーヌから見れば孫息子は夫よりも随分素直な少年だ。


―― フラン。おーい、フランシーヌ。


優しい声で揶揄うルドルフの声がフランシーヌは恋しかった。



「お婆様はこの世紀の謎が解けたんですよね」


ルドルフの誕生日に彼の望むものを贈り、今まで候補にも挙がらなかったフランシーヌが女嫌いの王太子に見初められたのは若い令嬢が憧れるロマンスである。本当の理由はルドルフと二人だけの秘密だから、真実を知るのはもうフランシーヌだけ。


「謎が解けたかは分からないけど……」


どうしてフランシーヌのコーヒー好きを知っていたのか。それをルドルフは最後の最後まで教えてくれず、結局教えずに天に昇っていってしまった。


「……ただお爺様が私の贈り物を喜んでくれたことは確かよ」


贈り物はコーヒーだったのか。同じ過去を持つ仲間という共有だったのかもフランシーヌには分からない。


「素敵なロマンスですね」


ルドルフによく似たフォルテの言葉にフランシーヌは貴族婦人らしい微笑みを向けた。


 ◇


家族が去って一人残った部屋でフランシーヌは夜空の月を見上げていた。思ったよりも早く準備が整い、明日フランシーヌは離宮に移動する。ここから見る月も今夜が最後。


「願いを叶えた者と結婚するなんて……『月下の佳人』と呼ばれた私よりもよほど月のお姫様ではないですか」


竹から生まれた月の姫の名前など忘れてしまったが、フランシーヌは月を見上げながら日本を思い出す。朧気な記憶はルドルフの死と同時に急速に薄れていく予感がしていた。


「あの記憶を失っても、あなたと語り合った思い出が忘れるわけじゃないから構いませんわ」


ところどころ甘い思い出に浸って幸せになれる自分を、ルドルフとの結婚を面倒だと思っていた自分に教えてあげたいとフランシーヌは思った。



「王太后様」


ノックの音に入室を許可すると王太子妃の頃から傍にいてくれた侍女がきた。


「コーヒーを淹れてくれる?」

「畏まりました」


「コーヒーはサーバーに入れたままで。グラスと一緒に持ってきて頂戴」

「それは……」

「お願いね」


フランシーヌの言葉に頷いて部屋を出ていった。再び一人になった部屋でフランシーヌはルドルフが残した腕輪をはめる。何となくルドルフの魔力を感じた気がした。


―― 俺がいなくなった所為だって文句言われたら嫌だから、俺の代わりに残していくよ。


そう言いながら伸ばされたルドルフの手は細かった。笑顔は昔と変わらないのに、フランシーヌは別れが近いうちにくるのだと覚悟した。



「失礼します」


目の前には空のグラス。その脇に湯気のたつピッチャーを置いた侍女は静かに出ていった。


フランシーヌが腕輪に魔力を流すと手品のように出てきた氷がグラスに落ちる。そこにコーヒーを注げばアイスコーヒーは完成する。



「結局死んでもあなたは私に氷を生み出す魔法を教えて下さいませんでしたね」


そしてフランシーヌは飾り気のない真っ白な封筒を開ける。一応遺書になるようなものだからある程度の厚みを予想していたのに、中にはカードが一枚あるだけだった。


そこには日本の文字でたった一行。


『ありがとう、俺は幸せだった』



「普通、私を幸せにできたか気にするんじゃありませんか?最後まで自分勝手なのだから」


泣きたくなる気持ちを誤魔化すために、フランシーヌはグラスを手に取って一口飲んだが……。


「あまり美味しくないわ……貴方が『一緒に』と誘ったことに、期待してしまいそう」


一人で飲んでも美味しくない。


「ねえ、あなた」


月に向かって問いかけてみたが、月は静かに光るだけだった。



fin.

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