第13話 「あなたとなら一緒に生きていきやすい」
「懐古……そうかもしれないが、結婚したい動機とはそんな些細なものなのではないか?」
日本の記憶を持って生まれてきたことが『些細』かどうかはさておき、結婚したい動機なんて意外とこんなものなのかもしれないとフランシーヌは思った。フランシーヌには六人の兄と姉(全員既婚者)がいるが、下の姉の「この人に運命を感じた」以外は「なんとなく」というのが結婚の決め手だったという。
「君の日本での人生はお嬢様とかだったのか?」
「いいえ、家柄も学歴も普通の、そこそこ名が知れた規模の製薬会社で働いていました。給与はよかったですが、めちゃくちゃ高いわけではありませんね。殿下は?」
「俺は政治家一族の坊ちゃん。ただし四男だったから自由にさせてもらっていて、親のすねをかじってノンビリ自営業、カフェをやっていた」
「日本に住んでいたことだけが一緒で、価値観は合わなさそうですね」
現世は金持ちの末娘なのだから僻みではないと思いながらも、一言言ってやりたくなった。結婚する以上は価値観の相違は重要であると言い訳をしながら。
「同じ日本に住んでいるってところは重要だと思うぞ。一夫一妻制とか、宗教に関する考え方とか、料理の好みとか、寝るとき以外ではずっと靴を履いているのは苦痛だとか」
「……すごく説得力があります」
「それでは、私との結婚を前向きに考えてくれないか?」
「……婚約はもう決定ですか?」
「今回の夜会で決める風なことを言ってしまったからな……正直、そろそろ婚約くらいしないといけない年齢だと思っているし。あ、もしかして他に好きな男がいるとか?」
ルドルフのいまさらな質問にフランシーヌは呆れた。
「そんな方がいたら最初からそう言っています。我が家は恋愛結婚推奨派なので」
「それなら私と恋愛してみないか?」
「婚約してから恋愛……まあ、そういう友だちも多いので、貴族では不思議ではないのでしょうね。それでは、とりあえず婚約ということで」
差し出された小さい手をルドルフは笑いながら握った。
「殿下、レーベン公爵が退城するそうです」
「……そうか」
「まあ、それでしたら私も失礼いたします」
「……そうだよな」
退室の挨拶を終えたフランシーヌに案内をつけたルドルフに、フランシーヌが廊下を曲がって姿が見えなくなったところでカールは小さくたたまれた紙を渡した。
「公爵の伝言を持ってきた者が……必ず殿下に渡すようにとレーベン公爵に頼まれたそうです」
「イヤな予感しかしない」
そう言いつつも手紙ともいえないメモのような紙を開くと、不自然なくらいキレイな文字で『次は公爵邸で』と書かれていた。
「公爵家一同お待ちしております、という果たし状ですね……殿下、大丈夫ですか?」
青い顔をしたルドルフにカールは心配と同情の視線を送る。カールもレーベン公爵家が権力に無頓着、それどころか意図せずに必要以上の責務を負わされることを嫌っていることを知っている。「趣味の時間が欲しい」という理由で王城勤務を選び、勤務初日からいままで定時退城の記録を更新しているレーベン公爵からしてみれば分かる。
その娘であるフランシーヌも、ここまで案内してくる間ずっと「王子妃になるのは面倒くさいなあ、分不相応だしなあ」とぼやいていた。フランシーヌ自身は気づいていない大きなひとり言だったが。
「王族なんて権力がある分だけそれに見合った行動を求められるし、その行動ときたら『二十四時間働けますか?』の根性論だし」
「……なんです?その恐ろしい詩は」
「とある国で有名な労働賛歌。魔法薬の宣伝文句にどうだ?」
「そんなことを言ったら先に訴えられますよ?魔法薬師の仕事は需要と供給があっていませんから、『一徹は当たり前、三徹できたら一人前』という労働環境だそうです」
「二徹が基本な俺の労働環境も劣悪じゃないのか?」
「まあ……でも、誰にでもできる仕事じゃありませんし」
「その『君が必要だ』という説得はやめてくれ……分かっている。仕事は、いくら不条理でも頑張る。だから結婚相手くらいは好ましい相手を選びたい」
「婚家がレーベン公爵家というのは、王家としては理想的ですよね」
カールの言う通りだった。
結婚は個人と個人だけでなく、家と家がつながるものである。王家の結婚は権力の一部を外戚となるその家に与えることになり、結婚した王族は実家と嫁の実家のパワーバランスを上手にとらなければいけない。このパワーバランスがレーベン公爵家には必要ない。
「レーベン公爵家は、悪い言い方をすれば、他家にはあまり興味がない家だからな」
いわば眠っている獅子で、害がなければ他家をどうこうしようとはしないし、他家がなにか喚いていても一切気にしない。他家の権力であれ協力であれ微塵も必要としていないため、他家にたいして尻尾を振ることも愛想を振りまくことも一切ない。王家の外戚としては理想的である。
「ただ、その他家に『王家』も入っちゃっているんですよね」
「そうなんだよな」
「友だち関係が何代も続いているのだから、そこらの他家よりは重く見られているとは思いますが」
「『俺は王子様だぞ』ってふんぞり返ったら『だから、どうした』と遠慮なく頭を叩くような人たちだから気楽なんだ。おそらく父上も同じだろう」
レーベン公爵とブランシア国王は同じ年齢で仲がよい。レーベン公爵家の兄弟たち、特に四男ライナーとルドルフは仲がよい。
「そういえば、レーベン公爵邸によく行っていたのにフランシーヌ嬢とはあまり思い出はないのですね」
「男女の五歳差なんてそんなものじゃないか? 彼女が五歳のときに俺は十歳、遊びの内容も違うし、いろいろと大人ぶりたい年頃だしな」
成長すれば王太子教育に淑女教育、学院生活、留学、仕事とタイミングが合わなかった。
「ゆっくり話したのは今回が初めてだ。王家主催といった欠席できない社交場にはいたが、顔を合わせても最低限の挨拶をするくらいだからな」
幼い頃は『天使のようだ』と言われ、最近では『月の女神のよう』と賛美されるフランシーヌの外見も、公爵家の顔面偏差値に慣れているルドルフからしてみれば「公爵家の令嬢だから」で終わる。
「顔も名前も知らない君に恋していた、と言ったらどうなるかな」
「都合のよい嘘を吐く男と、ドン引きされるのではありませんか?」
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