第11話 「二人で会うのは、父が許してくれません」
「分かりました」
ガックリと聞こえるような肩の落とし方だったが、了承の言葉にルドルフは掴んでいたフランシーヌの手を離す。これ以上の拘束が不要と考えたのは、レーベン公爵家の者は誰もが自分の言葉に責任を持つことをよく知っているからだ。
「嬉しいです。それでは、私はまだ用事がありますので、この騎士に貴女を案内させましょう」
「この状況でそんなこと…………頑張ってくださいませ」
倒れた令嬢たちの介抱のため、自分たちの周りを走り回る騎士たちを見たフランシーヌの顔には同情と苦笑が浮かぶ。それにつられてルドルフも苦笑すれば「氷の王太子の表情筋が壊れた」と囁く声がさざ波のように拡がった。
「表情が出たのですから、正確には表情筋が治ったですわよ。もともと表情がないことが異常なのです。治ってよかったですね」
ふわふわ笑っての発言に皆が止まる。確かに『治った』はよいことだが、そのあとの『表情がないことが異常』は王太子に対して不敬な表現。
「ははは、さすがレーベン」
悪意の欠片もないただの感想だと分かっているルドルフはただ笑う。王太子の笑い声という天変地異にも等しい貴重なものを見た衝撃に、「良かったですね」とふわふわ笑うフランシーヌに向けるルドルフの目に混じる甘さ。無事だったご令嬢たちは『ああ、これは決まったわ』と悟った。
「おめでとうございます」
ある子爵令嬢が祝辞と拍手をしたのをきっかけに、隣の令嬢、そのまた隣の令嬢と拍手の波が拡がっていった。
特需を起こすほど国内の令嬢たちは「王太子妃になれるかも」という状況に踊っていたが、下位貴族の令嬢たちもそれは思わないでもなかったが王太子妃になったあとのことを思うと選ばれることに対しては消極的だった。侯爵家や伯爵家の令嬢たちを差しおいて選ばれでもしたら……その先にやってくるであろう凄惨な虐めのほうが不安だった。
彼女たちが考えるのは誰が王太子妃になるのが彼女たちになって得か。「あの方とかあの方とかが王太子妃になるよりよほどよい」と彼女たちはフランシーヌを祝福したのだった。
◇
「殿下、両陛下がお呼びです。『絶対に来なさい』とのことですが……」
フランシーヌを女性騎士に預けて指示した場所に向かわせたルドルフは、さっきまで会場で必要な挨拶回りをしていた。全てを終えてフランシーヌのところに行こうとして、侍従長が呼び止めた。そして内容は拒否権なしの召喚である。
「ルドルフ、お前はメンクイだったんだな。お父さん、驚いたよ」
「まあ、ルドルフの初恋の君はシーラ夫人ですのよ? 男は初恋を引き摺るというではありませんか……そう言えば陛下も……」
「やめなさい……やめてくれ……」
被せるように妻の言葉を止めさせた父親と、にこりと笑って優雅に扇子で口元を隠す母親を交互にみたルドルフはため息を吐いた。
「約束通り花嫁を見つけましたよ。お二人とも、例え公爵が反対してもの私の味方をするという約束を守ってくださいね」
「お前の言い分は正しいよ……でもね、怖いと思うのは仕方がないと思わないかい?」
この場にその公爵、フランシーヌの父フランクも同席していたのだが王族三人は一切彼のほうを見なかった。見たくなかった、怖いから。「父上」と息子に急かされ、自分は国王であると心の中で何度も唱えながら勇気を出して親友の顔を見た。
「……あれ?」
修羅を背負いながら冷笑を浮かべる公爵を想像していたが、そこにいたのはいつも通りどんなことにも動じることのない『頼りになる友』がそこにいた。
「そのお約束については御前会議で可決したこと、いまさら私がうだうだ言うことはできません」
「それは……」
「まあ、私はなぜかその日の朝に出張を命じられて代わりに息子が出席することになりましたが」
「公子でも代理は代理、賛同のサインは有効です」
しれっと答えるルドルフに、フランクは『にっこり』と音が聞こえそうな笑みを浮かべる。
「もちろんです。御前会議で可決したことに一貴族が文句など言えません」
「では……」
「ただ我が家門の伝統と歴史を私の代で違えるつもりもありません。我が家門のモットーは恋愛結婚。当主として娘に望まぬ結婚を強要できません。末の娘といえど私はあの子に『自由・自主・自律』を説いてきました。ああ、この考えで殿下を頭の硬い貴族からお助けしたことも一回、二回……おや、何回かありますね」
「どうしましょうかねえ」というフランクの、猛禽類の目力にルドルフは退きそうになる。国の最高権力者を見たが目を逸らされた。父であり王の助力は期待できない孤立無援状態。幼い頃に「フランシーヌを自分の婚約者にしたい」と言ったあと、フランクに睨みつけられたときのトラウマがぐりぐりと刺激された。
(……ここで引いたら終わりだ)
「フランシーヌ嬢が望めば問題ない、と言うことですね?」
ルドルフの発言にフランクの眉がピクッと動いた。「しめた」と思ったが相手は王相手でも一切怯まない不動の男。
「当然ではありませんか。娘が望んだならば、それが平民でも王子でも私は一切騒ぎません」
王子と庶民を同列に扱う公爵の発言は非常識だったが、実際に公爵家の嫁や婿は庶民出身の者が多いので重みが半端ではない。
(とにかく機会を作らなければ)
「それでは、フランシーヌ嬢が私の宮に遊びに来ることを許してくださいますか?」
「婚約するまでは許せませんな」
(即却下、か)
「騎士を二名以上同席させます(=二人きりにはなりません)」
「殿下の宮ではなく王宮内の殿下の執務室で、うちのヴェルナーの同席を認めるなら許しましょう」
「……王宮は魔物の森の深淵ではないぞ」
元王宮騎士団長で、いまはS級冒険者のヴェルナー。彼は炎竜を一人で討伐できるほどの猛者である。
「ヴェルナー殿を護衛役とするには、費用面も含めてやり過ぎでは?」
「王宮は魔物の森の深淵よりも危険です、いろいろな意味でね。ご心配なく、可愛い妹の護衛ならばヴェルナーは無償で護衛役を引き受けますから」
一切譲る気のないフランク。今まで好物件、好物件と扱われていたが自分は意外と悪物件なのかもしれないとルドルフは思いはじめていた。その考えを裏打ちするように、ルドルフと既成事実を作ろうと自分の娘を送り込んできた貴族の数は数知れず。行動に移す令嬢たちも、渋々という感じではなく乗り気のように見えていた。
「こ、公爵!」
ルドルフとしては意外なことに、ここで父王が奮起した。
「フランシーヌ嬢が王子の婚約者になってくれたら……私はとても嬉しい」
親友の睨みは怖いが、それは国王の本音だった。ルドルフもフランシーヌも優れた能力をもち、容姿も問題ないため他の貴族に付け入るスキを与えることはない。外戚も口煩くない。能力についてはひいき目ではなく、ルドルフは才能に溺れず努力を惜しまない勤勉な王太子として近隣諸国からの信頼は高い。フランシーヌも他国がその知力を熱望するほどの才媛であり、魔法薬師『フラン』として能力の高さも注目されている。
「王妃もそう思うであろう?」
「え、ええ……とりあえず王子がフランシーヌ嬢と二人で逢う許可くらいは……二人とも立派に成人しておりま……ヒッ」
短い悲鳴をあげた王妃が、手と首を高速で横に振る。
「別に推奨はしておりませんわ!! ええ、全く!! ただ、フランシーヌ嬢が産む孫なら可愛いに違いないなって! それに、王城と公爵家は目と鼻の先である上に公爵の勤務先。勤務先で孫に会えるなんて最高……「は、母上!」……ごめんなさい」
『成人』とか『孫』とか。フランシーヌを溺愛するフランク相手にパワーワードをぶちかます母親にルドルフは慌てたが……。
「……公爵?」
王妃の言葉がフランクに効いていた。かなり、効果抜群だった。
彼は『孫』と聞いた瞬間、その頭に「おじいちゃ~ん♡」と抱きついてくる孫が浮かんでいた。実際に孫がいるので想像するのは容易い。溺愛している妻に激似の末娘が産む、娘に激似の孫娘。つまり妻に激似の孫娘。
(いや、男でも女でも可愛いに決まっている!)
フランクは窓の外を見た。公爵邸の屋根が見える。王妃の言う通り、娘の嫁ぎ先は自分の職場、公爵家の窓から城の窓の数を数えられるほどのご近所さんだ。
「殿下、式を挙げるまでは節度をお守りください」
「え!?」
フランクの脳内劇場を知らないルドルフはフランクの豹変に驚いた。
「フランの意思が最優先となりますが、王子との結婚は悪い話ではないことも事実。無理強いはしませんが、それとなく後押しはさせていただきましょう」
「か、感謝する」
「二人きりは許しますが、シーラが作った魔道具の携帯許可を……あれならヴェルナーがいなくても魔物一匹くらい余裕で倒すでしょう」
「だからここは王城だ……全く、オーバーキルだぞ」
「“おーばーきる”?」
「あっと……『過剰防衛』とか『攻撃力過多』とか、まあそういう意味だ」
「流行に敏感なほうだと自分では思っていましたが、いまどきの言葉は苦手です。フランも時々不思議な言葉を話すのですが、これがまた意味が分からず……私も年をとったということですね」
娘の全てを理解できていないことに肩を落とすフランクにルドルフは何も言えず、この何ともいえない空気のときに近づいてきた側近に「いいタイミングだ」と特別ボーナスを私財から出すことを決定した。
「殿下、ご指示通りにフランシーヌ嬢を殿下の宮の客室にご案内しました」
年をとったというが聴力に一切の衰えはないらしく、ぐりんっと首を巡らせたフランクにルドルフの背に冷や汗が流れる。
「……殿下、その『指示』について詳しく……」
「すまない、これから令嬢と大事な約束があるので……父上、母上、失礼いたします」
ルドルフは誰とも目を合わせることなく、俊足を遺憾なく発揮して退室した。扉を閉まる直前にフランクの怒る声と父と母の弁明する声が聴こえたが、ルドルフは聞かなかったことにした。
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