襖
襖が少し開いている。冬なので隙間風が冷たい。ひとり暮らしなので犯人は私なのだが、自分ではちゃんと閉めたつもりなのになぜかいつも少し開いているのだ。気付いて閉めに行った時には次はちゃんと意識しよう、と誓うのだが、そんなことはすぐに忘れる。
ほら、また開いている。⋯⋯おかしいな。隙間があったから今閉めたんだ。それが開いているのはさすがにおかしい。少し怖くなってきた。
「誰かいるのか!」
わざと大声で叫んでみる。泥棒とかなら逃げていってくれるだろう。少し間を置いて閉めに行こう。怖いから。
そろそろ泥棒もいなくなった頃だろう。いたのかどうか分からないが。私は立ち上がり、襖に手をかける。その時、ふと足もとが気になった。
手だ。私の足もとに手がある。私は猛スピードで襖を閉めた。なぜ手が。もう一度確認してみるか⋯⋯いや、とりあえず水を飲もう。飲んでからもう一度見よう。
今の一瞬の出来事のせいで喉がカラカラになっていた。水が美味い。今の私ならテレビのコマーシャルにも出られるはずだ。
さて、確認してみるか。もう一度襖の前まで行き、立ち止まる。緊張する。合格発表のような緊張感だ。襖に手をかける。寒気がする。でも気になる。私は襖を開けた。
やはり手だ。手袋でも軍手でもなく、人間の左手のように見える。ここは事故物件だと言われていたが、私は幽霊など信じていなかったため気にせず住んでいた。まさか本当に居たとは。
「⋯⋯カエ⋯⋯セ」
手のほうから声が聞こえる。いくら幽霊でもこれはおかしい。手が喋るなんて許されない。しかも何を返せと言っているのか分からない。主語を言わないやつはみんな嫌いだ。
「カエ⋯⋯セ」
馬鹿の一つ覚えみたいに同じことばかり言うやつも嫌いだ。だいたいなんなんだこいつは。男か女かも分からない、こんな手だけの幽霊なんてなんの面白みもない。やたら白いから女の手だと思うが、それがなんだと言うのだ。
「カエセ⋯⋯」
いつも襖が少し開いてたのってこいつのせいなんじゃないか? こいつがいつも私が閉めた後に開けていたに違いない。
「オマエ⋯⋯コワク⋯⋯ナイノカ」
「いいか幽霊、そもそも幽霊なんぞ人間の死んだ後の怨念だろう。私は生きていて怨念もある。この時点で私の方が強いんだ。お前は幽霊のたった一部でしかない、ごくごく小さな存在なんだ。そんなお前が私を怖がらせようなんて4年半早いわ」
社会の厳しさを教えてやった。といってももう死んでるんだろうけど。
「フフ⋯⋯オマエ⋯⋯オモシロイ」
「いや、左手単品のお前の方がよっぽど面白いよ」
「ハハハ⋯⋯」
次の日大家さんにこのことを話した。すると、過去に起きた事件の話をしてくれた。私の部屋には引きこもりのおじさんが住んでいたらしい。賃貸でも引きこもりってあるんだ。
ある日おじさんの父親が訪ねてきて口論になり、左手を切り落とされたらしく、私の家に出る幽霊はその左手なのではないかという。ちなみに引きこもりのおじさんは父親の家に戻ったらしい。
「オソカッタナ⋯⋯ゴハンサメルゾ」
そんな左手とも仲良くなって、今では私のいない間にご飯を作ったり掃除をしたりしてくれている。引きこもりのおじさんの手なのに優秀だ。
「ごめんごめん、すぐ着替えるよ」
「ビールノムカ」
「買っといてくれたんだ。ありがとう、飲むよ」
左手がいればもう一生独身でもいいかなぁ。
怪異データ
[おてて]
手の亡霊。所詮手なので私の敵ではない。




