第四話 先っぽだけだからって言う発言、一口ちょうだいに近しいものがあるよね
「その右足さえ治れば、夢を追いかけられますよぉ。断念しちゃった夢をねぇ。それにぃさっき小林がいったような、体格によるぅ有利不利はないから、純粋な勝負になると思うわよぉ?」
「あの……私も……出ます!!」
「あらぁあらあらあらあらら池田ちゃん、あなたが一番渋ると思ったのにぃ」
「私も出よう。ルールも既に把握したし、頭を使う戦略ゲームなら私に分がある」
「ゾクゾク参戦ねぇ。何を叶えたいのかしらねぇ。ワクワクしちゃうわねぇ」
「正気!?あんたら!!」
二人は椎名の声も聞かずに、転移していった。
「彼女らは正気よぉ。というかぁ、この条件を聞いてなお参加するような人たちが集められたんだものぉ。むしろあなたが異端なのよぉ?椎名っち?」
「お姉さま!!質問していいですか!!」
「黙りなさい、下僕!!あんたはぁ、私の踏み台なんだからぁ喋っちゃダメよぉ」
「ブヒィ」
「と言いたいところだけど、一応進行役として答える義務があるのよぉ。言いなぁ」
「はい!お姉さま。このゲーム同盟を組むのはアリなのでしょうか」
「もちろん、もちもちロンロン、おおありよぉ。でも勝者は一人。この意味はわかるわよねぇ」
「もちろんです!!お姉さま!!」
小林は踏まれたまま、器用に目だけぐるりと椎名に向ける。若干いまだに唇の端がだらしなくさがっているのは、気のせいではないだろう。
「椎名組もうぜ!!」
キラリ!なんていう効果音がぴったしな笑顔を向けて、言い放つ。
「絶対嫌」
当然の如く、地球は丸いなんていう真理の如く、敢えなく撃沈。
「なん……だと……」
口ではこんなことを言っているが、キッパリと答えられたことに快感を覚えたのか、はたまた新たなご主人様候補を見つけた喜びからか、さらに口角は気持ち悪くあがり、目は爛々と輝いている。
そんな小林を見ないように椎名は言う。されど高圧的に、腕を組みながら言う。
「キグルミに踏まれて喜ぶ変態と誰が組むのよ。有能な敵より、無能な味方の方が害悪なのよ。それにそもそも私は参加する気はないわ」
「あららぁ、まじですかぁ」
珍しく心の底から落胆しているような声音を出す。ただ表情が見えないので、それが本当なのかどうかは窺い知ることはできない。
「当然よ。私はもう夢を……諦めたの。もう普通に生きるって決めたのよ……」
椎名は血が出そうなほど、歯を食いしばっていた。自分の夢と人間の命を冷静に天秤にかけたのだろう。その判断は考えようによっては苛烈だ。夢を叶えるためには大抵、人を蹴落とさなければならない。用意されたイスはそう多くはない。そのイスに座るために人を蹴落とすのは世の常だ。けれども、だけれど、それでも、彼女はその蹴落とし方が、殺すことであるのが許せなかったのだろう。たとえ自分の夢を失うこととなっても、人の死を許容することはできなかった。
そんな葛藤を知ってか知らずか、キグルミに踏まれながら小林は椎名のその苦しそうな表情をじっと窺っていた。
「おっとっとっ、どうしようかにゃぁ」
キグルミはサッと小林から足を離すと、ブックと唱えルールを確認し始めた。ボソボソと独り言を話す様子はさっきとは違う人間のようで、少々不気味さを覚える。あれこれ体勢を変えながら、ルールを確認しているようだ。
小林はそのキグルミの姿を見ると、目つきを厳しくさせ椎名に呼びかける。
「椎名。ブックって言ってみ?」
「なんでよ」
「いいから」
「嫌だわ。あんたのいうこと聞くくらいなら、知らん男に犯された方がマシよ」
「えっ……じゃあ……」
「いやよ」
「頼む一生のお願いだ」
「軽々しく土下座するんじゃないわよ!!あんたの頭どんだけ軽いのよ!!」
「なんも入ってないもので。頼むって、出すだけでいいから。ほんのちょっと。先っぽだけ」
「先っぽだけって言うやつは全部入れるのよ!!」
「やけに解像度が高いですな?実体験がおありで?それとも薄いえっちぃ本でも読みました?」
「うっうるさいわよ!!もう分かったわよ!出せばいいんでしょ出せば!!」
「隙あり!!」
「なっ!?」
その一連の動きは特殊部隊を彷彿とさせるような動きだった。床に手をつき、軽く体を浮かしながら立ち上がると、驚いてのけぞった椎名の手を強引に掴み取り、椎名のブックを触らせた。
「右よし、左よし、それでは出発進行。快適な転移の旅をお楽しみください。」
「あんた覚えときなさいよ!?」
前に消えていった四人と同様に瞬間的に消えていったが、小林をにらむキッツイ目つきだけは残っているような気がした。小林はブルルっとわざとらしく震え、自分の体をキツく抱きしめる。
「おおこわっ。あとで何されんだろ。殺されんのだけは勘弁だな。それ以外ならご褒美だ。あんな美人さんに叩かれるんなら本望だ」
二人だけとなった小部屋に戯けながらも冷たいキグルミの声が響く。
「にゃはは、小林ぃ。勘がいいねぇ。そして優しいねぇ」
表情が窺い知れず、どんな感情を持っているのか判断できない。しかしながら、あまりいい感情は持っていなさそうだ。背中にキラリと煌めくものは見間違えではなかったかと小林は思った。
「やっぱりかぁ。お姉さまぁ。それはちょっと説明不足なんじゃないですか。言ってくれたら椎名もスルッと参加してくれただろうに」
参加しないものはそのナイフで刺すなんて野蛮っすよ
ちょっと戯けながら、小林はそういった。その顔には先ほどまでの軽薄な笑みはなく、真面目そのものだった。