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第三話 いいですか自分にMっ気が一切ないものだけ、このドMに石を投げなさい。多分喜ぶから。

「やめなさいよ」


 凛としている声がそこまで広くもない部屋に響く。声の主はそこまで鋭い眼をさらにキリッとあげる。


「おっとっと、どうしたんだい。椎名ちゃーん。そんな眉間にシワ寄せてると、癖になっちゃうよぉ。ああ、もうアイドルじゃないからいいのかぁ。メンゴ、メンゴ」


「っっ、あんたねぇ」


「いいねぇ。その顔。ゾクゾクするよぉ。私、イっちゃいそうぅ」


「気持ち悪い!!」


 釣り上げた目尻を更に釣り上げる。金剛力士像も斯くやといった表情ではあるが、あいも変わらずキグルミは余裕そうな姿勢を崩さない。


「その不安と精一杯の強がりが混ざった顔……ごちそうさまでしたぁ。堪能したし、質問に答えてあげようかなぁ。君たちは勝者のみが、お家に帰れる。敗者は死ぬんだから帰れるわけがないよぉ。わかったかなぁ?」


「だってこれはコロシアイのゲームなんだもん」


 一呼吸おいてそう言い放つ。今までの軽薄さを微塵も感じさせることのない、その真剣な声はその場の人間たちに本当に今から殺し合いをさせられるのかもと意識させることに成功する。


「誰がそんなゲームやるのよ。ばっかじゃないの。そんなゲーム辞退よ、辞退」


「そのとおりね。まったくもって不合理ね。家に帰れるかどうかを聞かせなさい」


 今までとはまた違った女性の声がかかる。その声を一言で言い表すのならば、静寂だ。声を発している時点で、静寂とは程遠いのだが、何故か彼女の声からは静寂を感じた。雨が降っているのに、静かだと感じるような、そんな静けさだ。


「あらあら、自称天才の松本ちゃんじゃないの、難しい言葉使ってぇ、本当に意味わかってるぅ?」


「下劣な品性を持つ人間は、言葉遣いまで下劣になるのだな。覚えておこう。人の神経を逆なでにして優位に立つ貴様の姿勢には飽きた。いいから質問に答えろ」


「あらあらお強いこと。つまんないのぉ。まあいいわ。その質問に答える前に、勝った人がもらえるものについて話しとくわぁ。コロシアイのゲームをするご褒美に、神に謁見できるわぁ」

 

「……ナッナンダッテーー」


 自分の出番がなくて、困っていた小林が嬉しそうに奇声を上げる。


「…こう言い換えてもいいわぁ」


「無視ですか!!」


「っとにキモい」


 マジトーンだった。ずっとふざけていたきぐるみから出た声とは思えないその冷たさに、つい小林も謝罪する。


「すんませんでした」


「はぁ、勝った人は何でも一つだけ願いが叶うわぁ」


 全員が息を呑む。そして一様に全員の眼に疑惑以外の何かが宿った。文字通り目の色が変わった。


「いい表情ねぇ。滾っちゃうわぁ。君たちは他を蹴落としてでも叶えたい願いがあるから、ここに呼ばれたんだものぉ」


「先生!!なんでもってなんでもですか!!」


「キャハッ。頭ゆるそぉ。小林くんはほんとにめげないねぇ。そのとおり。なんでもはなんでもよ。女を抱きたいだってそうだし、生き返りたいだってそうだし、足を直してほしいだってそうだし、なんだっていいのよ。だって叶える人が神なんだもん。モ・チ・ロ・ン、性欲に塗れた小林くんは、私を抱きたいなんていう願いも叶うわよぉ」


「まぁ本当になんだって叶えてくれるわよぉ」


 キャハッとキグルミは空虚な笑い声を上げる。誰かが生唾を飲む音が聞こえた。そこにいる誰かの喉の音であることは間違いないが、誰のものか特定することはできそうになかった。それほどに彼らは目の色を変え、前のめりになっていた。


「それは倫理を無視した願いでも構わないのか」


 ゾッとするような低い声が皆の耳朶を打つ。その声は低いだけではなく、感情を感じさせなかった。松本の声が静寂だとするのならば、彼の声は冷ややかであると言えた。


「あはは、みんな都合よく順番に質問してくれるねぇ。紹介の手間が省けていいねっ。殺人鬼の山田くん。君の場合、もっと人を殺したいとかのお願いかなぁ?」


「まぁな」


「なるほどなるほどぉ、ごまかしますかぁ。手強いねぇ。答えはイエスっ。小林くんの言う通り。何でもは何でもだよぉ」


「ごまかしたつもりはない。殺したいんだ」


 その瞳にはランランと確かな光が宿っており、その場にいる全員は人を殺すことをなんのためらいもなく、語る山田に恐怖感を覚えた。


「ちょっとまってよ。待ってくださいよ。キグルミさぁん。こんなやばいやつと殺し合いなんてできるわけ無いでしょ。しかも他にも、ガチムチの強面のおじさんいるし、勝てるわけない。辞退させて辞退っ」


 キグルミに抱きついて、懇願するその姿はもはや哀愁を誘うまである。しかしながらその主張はまともだ。単純な膂力比べ、あるいはシンプルなコロシアイをするのであれば、小林、以下女性陣の負けは確定だろう。


 小林のその体はあくまで一般的な成人男性のそれである。勝利は望み薄だろう。


「キグルミってあたしのことぉ?いいねぇ。小林にしてはやるぅ、いい名前じゃない。私はキグルミとよんでぇ。それでこの小林……どさくさに紛れて、あたしに抱きつけて興奮しているこのゴミの質問に「ああーーー、もっとなじって!!」……黙れ」


 キグルミは小林を振り払う。しっかりと絡みついて、なかなか離れなかったが、数秒の後引きがすことに成功した。


「やだぁ、キグルミのお姉さまったら、い ・け・ず ハート」


「っとに死ね」


 小林を足蹴にする。キグルミの奥ではきっと軽蔑の眼を向けているのだろう。


「我々の業界ではご褒美ですぅ」


 ダメージはどうやらないようだ。むしろ恍惚としているまである。


「ちょっとあんた。いつまで話の邪魔すんのよ。だまりなさい」


「椎名ちゃーん。たすかるぅ。このゴミまじでうざいぃ」


 ぐりぐりと更に小林を踏む足の力を強める。ああああと嬉しそうに嬌声を上げる。考えうる限り最悪の絵ができあがっていた。突如として集められた男女数名、そんな中鶏のキグルミを着た女が男の頭を踏みにじる。そして踏まれて喜んでいる男。それを軽蔑した眼で眺める男女。控えめに言っても地獄であるし、控えめに言わなければこの世の終わりと形容できる。


「まあいいわ、このゴミはほっといて、続けなさい。キグルミ」


「はぁい。そろそろ転移始まっちゃうよぉ。本当勘弁だわぁ。なんで私がこんなことしなくちゃならないのよぉ。じゃあ話すわよぉ。君たちに今からやってもらう殺し合いゲームは陣地取りゲームよ。あなた達は王様。それぞれの国の王よぉ。……」


 ようやくルール説明が始まった。


・勝利条件は他のプレイヤー全員の領土を奪い取ること。

・敗北条件は他のプレイヤーに領土をすべて奪い取られること。その時王様は捕虜の後、公開処刑されることとなる。

・最初に持っている領土は五つ。

・兵力は生産力や経済力と同一の数値にて表される。それを単に国力と呼ぶ。


「と、まぁ大まかにはこんなかんじだにゃぁ」


「おい待てよ。どうやって領地取るンだよ」


「良い質問だねぇ。飯田クゥン。まぁこれは実際やってもらったほうが早いんだけど……誰かさんのせいで時間がないから、ざっくり説明するねぇ」


 チラリと小林の方を見るが、あいも変わらず小林はキグルミの足の下で嬉しそうに踏まれている。


「まず領土の戦争を起こすには、宣戦布告が必要となるわぁ。そこから挑戦された側が、戦場となる場所を選べるわぁ。山中であったり、平原であったり、自分に有利な場所を選択できるのぉ。

そして実際戦う兵士は3種類。騎兵、歩兵、弓兵よぉ。じゃんけんみたいな三すくみになってるわぁ。騎兵は歩兵に強い。歩兵は弓兵に強い。弓兵は騎兵に強い。そんな感じよぉ。

大体有利な兵士は二倍くらいの強さになるわねぇ。百の騎兵を倒すには、二百くらいの歩兵が必要ってことよぉ。まぁそんな単純ではないけどねぇ。

というのもぉ、君たちにはジョーカーがあるの。文字通り切り札ねぇ。これは何でもできるわぁ。ゲームバランスが崩れないくらいなら何でも。例を上げると、騎兵の強さを二倍にするとか、兵力の回復が一瞬で終わるとかなんでもよぉ。このジョーカーの切りどころが勝敗を左右するかもねぇ。質問はあるぅ?なければ転移始めるよぉ」


「ちょっと待ちなさいよ!!なんでもう参加することになってるのよ!」


「あらぁ。全員一生懸命聞いているから、もうやる気でいるものだとばっかりぃ」


「全部聞いてから判断しようと思ってたのよ!」


「質問だ。戦争中にプレイヤーが殺されたらどうなる」


 椎名がキグルミに噛み付くが、意にも介さず山田が質問する。椎名がキッと山田をにらみつけるが、そもそも眼にすら入っていないように無視をする。


「あー細かいルールはルールブックに書いてあるわぁ。山田くん”ブック”って唱えてみてぇ」


「ブック」


 すると山田の目の前に百科事典ばりの分厚さの本が現れる。ふわふわと浮いており、全くその重量を感じさせない。その超常現象に周囲の人間の動揺した空気が漏れる。


「それに手を当てて、知りたいことを念じればシステムが答えてくれるわぁ。ジョーカーのできうる範囲もそれで知れるよぉ。あと国の内政もそれでできるわぁ。他の人達もできるからやってみてねぇ。ちなみにさっきの質問の答えは殺された人の負けよぉ。だって君たちは王なんだもん。殺されたら一巻の終わりよぉ」


 ブックと他の人達が唱えている中、山田は目を閉じてブックに触れていた。納得したかのようにこくりとうなずいた。


「俺は参加する」


「なっ!!あんた正気!?負けたら死ぬのよ?冗談かもしれないけど、今このブックとかいう謎なシステムを考えると、本当に殺し合いをさせられる可能性のほうが高いのよ!?」


「面白い娘だな。俺は殺人鬼だぞ。ここにいる数名殺したところで良心の呵責はない」


「もちろんあんたを殺すことにも躊躇はない」


 山田は静かだけれど確かな殺意がこもった目を向ける。椎名は一瞬ビクッとするが、気丈に睨み返す。けれど殺意の質が違いすぎた。潜ってきた修羅場の数の差とでもいうべきか、そこに大きな差が現れていた。山田は馬鹿にするように鼻を鳴らすとキグルミに向き合った。


「話が早くて助かるぅ。ようこそ神謁戦争へ。もう一度ブックを触ってねぇ。そうすれば転移するよぉ」


「わかった」


 ボソリと一言発すると、なんの躊躇もなくブックに触れる。その眼は覚悟の決まった眼をしていた。すると一瞬で山田はいなくなった。本当に一瞬で。そこにいたのかすら怪しいくらいに。


「俺も参加するぜぇ」


 飯田はそう言うと、すでに出現していたブックに手を触れた。山田と同様飯田も瞬間的に消えていった。


「命知らずしかいないのかしら!!」


「そうとも言えないですよぉ。命をかけてほかプレイヤーを殲滅すれば、何でも一つ願いが叶うのですからぁ」


「その右足も治るんですよぉ」


 ざらついた声で椎名の心に土足で踏み入る。椎名の顔が大きく歪んだ。けれど目つきだけは気丈にキグルミを睨んでいた。その目には様々な感情が浮かんでいた。怒り、諦念、屈辱。しかしながらその感情のうち、どれもが負の感情であった。

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