第二話 万年童貞って字面だけ聞くと、四文字熟語っぽくてちょっとかっこいいけど結構ひどいこと言ってるよね
ぱんぱかぱーん。君たちは神謁戦争に参加できまーーす」
そんな頭の悪そうな声が狭い部屋の中に響く。その部屋には男女が複数名。誰もがその奇天烈な姿をしたその声の主に訝しげな目を向けている。彼らの目には一様に疑惑が塗りつけられていたが、しかしながら各々が微妙に違う目の色をしていた。猜疑、憤怒、あるいは恐怖、はたまた絶望を、人それぞれの感情が疑惑の上に載せていた。
「あらあらまぁまぁ、そんな熱烈な目線をいただけるな・ん・てハート」
突如として現れた人間はひどくデフォルメの効いた鶏のキグルミをかぶっていた。声の感じから女性であることは判断できるが、それ以外の情報は与えられない。強いて言うなら奇人であることぐらいか。自分で語尾にハートをつける人間がまともな人間なわけがあるまい。友人との会話ならともかく、初対面の複数の人間に対して仕掛けるのはネジが飛んでいるとしか言えないだろう。
「ふざけんじゃねぇ!!一体ここはどこなンだ。説明しろ!!このキグルミ野郎」
いち早くそのキグルミに反応したのは、顔に大きな傷を負った男だ。その大きな肉体はスーツをハチ切らんばかりで、非常に強そうである。そんな男が、眉間にシワを寄せ、ひどく不快そうに声を荒らげている。だと言うのにキグルミは余裕そうにくるりと男の方を向く。
「あらあら、怒るとシワが増えちゃいますよぉ。ただでさえこわ~いお顔が更に怖くなっちゃう。キャハッ。そ・れ・に 私はぁ野郎じゃなくて女郎ですよぉ」
「てめぇ」
強面のスーツを着込んだ男がキグルミに殴りかかろうとする。だがそのキグルミは避ける様子も見せない。
「暴力はだめですよぉ。山崎組副組長の飯田さーん」
「っっ」
大きく息を吸ってそう言い放つと、飯田と呼ばれた男はぴたりと振り上げた拳を止める。待てをされた犬のようにピタリと、止まる。その目には不安がちらついた。なぜ面識もないのに、俺の名前を知っているのだろう。そんな胸中がありありとその目に映る。
「しってますよお。なんでもではないですけれど。おっとっとっと、折角のチャンスだったったった。言い直させてくださいな。
なんでもは知らないわよ。知ってることだけ。
くーーーー。言ってみたかったんですよねぇ、このセリフ」
「おい!てめぇ…」
少々落ち着いたのか、名前を言い当てられたからと言って、拳を止める理由にはならないと気づいたのだろうか。もう一度拳を振り上げる。
ぶん殴るぞ。野蛮そうな飯田の性格からするとそんな言葉が飛び出す予定だったのだろう。
「加藤さんは元気でいらっしゃいますかぁ?」
ねっとりと人の心を荒らすためだけの声の調子でキグルミはそう言う。
その一言にまた飯田は拳を止めた。だが先程と違って、ぎりぎりとその拳は強く握られ、顔は真っ赤になっていた。
「てめぇがなんでアイツのことを…」
「だから言ったじゃないですかぁ。
何でもは知らないわよ。知っていることだけって。
キャハッ。二回も言えちゃった。今日はいい日だなぁ」
抵抗する気力を失ったように飯田は拳をゆっくりと不満げに落とす。しかしながらその目には憤怒が宿っている。
「さすが引き際をわきまえてますねぇ。加藤さんのことまで知っている正体不明の私を殴って、機嫌損ねてこの状況を説明してもらえないのが一番困りますからねぇ。賢い、賢い。さすが副組長なだけありますよぉ」
その発言に飯田は不快そうに鼻を鳴らし、黙れと言い放った。額には青筋が浮かんでいる。
「うふふ。いいですぇ。私のドS心に火が付きますぉ」
飯田はその他の人間と同じように腰を下ろすと、キグルミを睨みつけて、顎で次を話せといったふうに指示した。
「ご所望の通り本題に入りましょっか。裏切られた飯田っち、足が動かなくなって夢諦めた椎名ちゃん、殺人鬼の山田くん、犯されまくった池田さん、かつては神童だった松本ちゃん、そして…ぷふっ…万年童貞の小林くん。君たちにはゲームをしてもらいますぅ」
一人ひとりを指差し、軽い説明を付け加えながら名前を呼ぶ。最後まで言い終わったあと、一人が勢いよく立ち上がる。
「いや、俺の紹介どないなってんねん!?」
「どうしたの…ぷふっ….万年童貞の小林くん。なれない関西弁まで使ってさぁ」
「いやいや、明らか俺だけ浮きすぎだろ。どうなってんだよ。やってらんねーなぁ!!みんなみんな重い事情抱えてそうなのに、俺だけ万年童貞って……なんだよシリアスシーンかと思って、黙ってたら…」
「うーん。うるさいなぁ。話進まないなぁ。もう結構時間ないのよぉ。あのことバラしちゃおっかなぁ」
「はっはっは。残念だったなぁ。万年童貞をバラされた俺にもう怖いものなし。何でも来いや」
「あかりちゃんとのお話しちゃおうかなぁ……」
「ぐっ、いや大丈夫だ。やつは四天王の中でも最弱。まだ俺の傷は浅い」
「じゃあまりちゃん?」
「すんません。本当に勘弁してください。それだけは!!」
小林はキグルミに全力で土下座する。周りの人達から軽蔑の視線が刺さるが、自己保身に夢中の小林は気づかない。気づかないふりをしているのかもしれない。
「その土下座に免じてぇ、告られて童貞卒業するチャンスだったのに、振ったあかりちゃんについても黙っといてあげるねぇ」
「ほぼ、言っているんだがそれは…」
「そういうとこキモいから多分童貞なんだよぉ」
「すんませんした…」
ここにヒロインがいたのならば、やめて小林のライフはもうゼロよ!と言ってくれるのだろうが、残念ながらそれをいってくれるほどの好感度を持ったヒロインはこの場にはいない。
「まぁゆるしましょー。じゃあ続けるねぇ」
キグルミは大きく息を吸うと、大事なことを言うように言い放った。
「えー、それでは皆さんに、ちょっと殺し合いをしてもらいまぁす」
そこにいる全員が、更に疑惑の目の色を濃くした。その発言が事実なのか、冗談なのか判断がつかず、その場に沈黙の帳が降りた。それを冗談と笑い飛ばす証拠もなければ、事実であると言う証拠もなかった。
「……ナッナンダッテーー」
降り掛かった沈黙に耐えかねたのか、その沈黙の意味を知ってか知らずか、小林がチャチャを入れる。キグルミは気にくわなかったようで、低く唸った。
「……まりちゃんとはぁ……」
「ほんとすんませんした。それだけは勘弁してください」
「もぉ。話の腰ばっかり折ってぇ。腰は振るもんだよ?童貞くんにはわかんないかぁ。せっかくシリアスシーンに戻したのにぃ……」
「あっ、あの……ごめんなさい」
気弱な、今にも消え入りそうな声だ。
「どうしたんだい。池田さぁん」
「ごめんなさい……私は……私達は……お家に帰れるのですか?本当に殺し合いを…しなきゃですか?ごめんなさい」
庇護欲を誘う潤んだ瞳で、キグルミを見つめる。
「ほほう。それがお得意の男を堕とす眼ってやつかい。犯されまくった池田さぁん。過去形にするのは間違いかなぁ。犯されまくっている池田さぁん。本当に君は帰りたいのかなぁ。学校にお家に君の居場所はあるのかなぁ」
「それは……ごめんなさい」
「謝ってるだけじゃわかんないよぉ」
キグルミのその声音には池田を試すような雰囲気をはらんでいた。ドS心といったのも嘘ではないのだろう。その雰囲気は挑戦的で嗜虐的だ。
キグルミがじっとりとした眼で、池田を眺める。野暮ったい眼鏡の奥に潜む潤んだ瞳、肩口で揃えられたサラサラな髪、庇護欲を誘うようなその表情に、陶磁器のような美しさをはらんだその肌、男の好きを詰め込んだかのような容姿だ。制服を大きく押し出すその胸は身長150センチ程度の彼女には釣り合わないほど大きい。膝上5センチのスカートから伸びる、足は程よい肉付きで、白くスラッとしている。
「やめなさいよ」
凛としている声がそこまで広くもない部屋に響く。声の主はそこまで鋭い眼をさらにキリッとあげた。