イティラと一
「あなたは九位階ってことでいいですね」
僕は老人にそう問いかけると
はい、と頷いて
「私は九位階の一、『アブソーブ』です。どうぞお見知り置きを、イティラ様」
そう言うとアブソーブは深く頭を下げた。
「どうして僕の名を」
「ずっと見させて頂いていましたから。イティラ様だけではありません、ロニエ様にキョウカ様もです」
(学院長が『見られていた』と言ったのはアブソーブのことだったのか」
「イティラ様、人間、いやこの世に生きるものが共通して生きるために必要なものが何かご存知ですか」
(生きるために必要なもの……。食事とかって事か、いやそんな質問するわけがない)
「知りません」
「答えは魔力です。生き物は多かれ少なかれ魔力を持っているものです。その魔力が尽きたら人間はどうなるか」
──答えは死です。
「一般的に魔力切れと言われているものは身体が魔力を制御してある程度の量を残している状態です」
「だから、どうしたんですか」
戦闘が始まると思ったら突然そんな話をされてそう言わずにはいられなかった。
「あと少しお付き合いくださいませ。魔力を外部から吸い上げられたらどうなってしまうのか」
「その人の魔力がゼロになって死に至る?」
僕がそう予想して聞くと
「そうでございます。長くなりましたが私の魔法は『魔力吸収』です。つまり必殺の魔法なのです」
だから、と一言おいて
「今からでも遅くありません。魔王様の仲間になっていただけませんか」
「お断りします」
即決だった。当然だ、魔王を倒した勇者に僕は憧れたのだから。
「そうですか、それは残念です」
表情こそ変わらないが、その声からは心から残念だと思っていることが感じられた。
「さようなら、イティラ様。『魔力吸収』」
その魔法と同時に僕は横に避けた。魔力を吸うその魔法は半透明の管のようなものであった。
対象を捕捉できなかったから消滅するだろうと思っていたその管は予想に反して横に避けた僕を追ってくる。
僕はアブソーブを中心にして回るように避ける。
左右から、上下から、前後からあらゆるところから襲いかかってくる。
僕はしゃがんで跳ねて、全速力で駆け抜けて、あらゆる方法で管を避けつつ対策を考える。
(厄介だな、剣で斬れるか。斬れなかったら負ける)
僕は一か八かに賭けて、急に止まった勢いで振り返り
「一の塵──六切り」
管に向かって剣技を繰り出した。
剣は管を通過して斬り落とすことが出来た。
──それを見てよしっ、と思ってしまったのが間違えだった。
斬れたはずの管は一瞬で繋がり、油断していた僕の身体に刺さった。痛みはないが凄い勢いで魔力が失われていくのが分かる。
「イティラ様は物凄い量の魔力をお持ちのようですが、完全回復魔法『超回復』の多用によって殆どの魔力が尽きているはずです」
(確かにそうだ、常人なら一回発動出来るか出来ないかの魔法を僕は今日中に三十回以上使用してしまっている。早く中断させないと)
「四の塵──性質変化・剛、三の塵──五月雨斬り」
魔法を中断させるのために僕はアブソーブに剣技を放った。
「なに!?」
ところがアブソーブに剣が当たる瞬間に空中に止まっていた。
「魔障壁ですよ。お友達も使っていらっしゃったでしょう」
(魔障壁は加わる衝撃で消費魔力が変わったはず)
魂と肉体の結び付きを意識して
「五の塵──豪剣連斬、二連」
今の僕の最大火力の剣技を放った。
「おっと、流石の強さです、イティラ様」
障壁を破ると再生して破ると再生して、と繰り返して確実にアブソーブの魔力を削っていった。
「イティラ様、私に魔力を使い果たさせようとしているのでしたら、叶いませんよ。何せイティラ様から消費魔力を上回る速度で吸収しているのですから」
今のままでは倒せない、と宣言されてしまった。
「それよりも、これだけ吸ってもまだ倒れないなんて一体どれほどの魔力をお持ちなのですか。これでは私が負けてしまいますよ」
ほっほっほ、とまるで子供の悪戯に微笑むようにしてそう言った。
僕の元々多かった魔力は『魂の転移』を使用するごとに更に増加していった。
この学院では魔力測定を行っていないから今の量は分からないが元々の二倍ぐらいになっている気がする。
(私が負ける、と言ったその言葉が冗談混じりに本当のことであれば……一か八かに賭けるか?)
さっき失敗してしまったが迷っている暇はないと賭けてみることにした。
──四の塵を解除。
「一の塵──六切り、十連」
僕は出来る限り力をかけないように剣技を行う。
「どうされましたか。流石に魔力がなくなりかけてお疲れなのですか」
急に僕の攻撃が弱くなったことからそう考えたようだ。
「そうかもしれません。苦しまないように一気に吸ってもらえますか」
「了解致しました。『魔力吸収』」
一本だった管が三本に増えて僕の魔力を空にしようとしてくる。
(魔力の流れを掴め。管により多くの魔力を流すイメージで……)
自力でも魔力を流し始めると僕の中の魔力が滝のような勢いで無くなっていくのが感じられる。
「はは、自ら魔力を流されるとは。魔力が少ない状態は初めての経験ですかな」
魔力切れを起こしかけると天地が回るような眩暈と気持ちの悪さが襲ってくるらしい。
実際、そんな状態になっていないから僕はどんどん魔力を流す。
「んっ、ちょっとイティラ様。……まさか」
アブソーブも僕の意図に気付いたようで、管を僕から引き抜こうとしてくる。
しかし、僕は一本は離して二本の管を握りしめ、自分の身体に当てて目一杯魔力を押し込む。
「お待ちください、イティラ様」
「相手がもう倒れると油断して、対策を考えなかったことが今回の敗因です」
はああああああああ、と僕は叫んでありったけの魔力を管を通じてアブソーブに流し込む。
「ああああああああああっ」
常に余裕な態度と表情を崩さなかったアブソーブが初めて命を守ろうと叫んだ瞬間だった。
しかし、僕の魔力の流れは止まらなかった。
段々とアブソーブの身体からは魔力が溢れ出してきて
突然、ぼん、という鈍い音を立ててアブソーブが四散して光となって消えていった。
アブソーブがいた所には季節外れな冷たい風が吹き、大量の魔力だけが残っていた。
魔力は余分に持っても無くなっても死に至る。
イティラの魔力の底が見えない。




