9 動けない朝……悠介の思惑
ああ~、朝日が眩しい……。
……嘘です。この部屋には朝日は入ってきません。
身動きするのでさえ辛い私を置いて、悠介さんは会社に出かけて行った。
……く~。今日こそは会社に行くつもりだったのに。だいたい人が動けないくらいのことをしておきながら、平然と仕事に向かえるというのはどういうことなの?
布団の中で悪態をついた(ただし心の中でだけど)私が、ちゃんと起きることが出来たのはお昼少し前だった。
とりあえずシャワーを浴びて、洗濯機を回し、服を取りに隣……といっていいのか?
まあとにかく、服を着ないことには何もできないから、昨日スーツケースを置いた部屋へと行って服を着替えました。
ブランチというより完全にランチの時間となってしまったけど、お腹が空いた私は冷蔵庫を漁って適当に料理を作った。
といっても、自分の部屋から持ってきた冷凍ポテトとトマトをいれたスペイン風オムレツと、玉ねぎを少し刻んでコンソメスープにいれて、おまけでソーセージを2本加えて少し煮込んだ。食パンをトーストしてバターと蜂蜜を塗った。
それを食べながら、昨夜のことを思い出していた。
情け容赦なく……そう、本当に情け容赦なく、抱きつぶされたのよね。何度「もう、無理」と言っても放してくれなくて……。
それだけ欲求不満だったとか?
……いやいや。ないない。女性に不自由している感じには見えなかったもの。
……
まさか? 本当に私のことを思ってくれていて、発散していなかったとか?
いやいや。それこそないっしょ。
……ポッ。
じゃないってば! 昨夜の濃厚なあれこれを思い出すんじゃなくて、悠介さんがどうして私を抱きつぶしたかでしょ。
そうなのよね。
仕事に関しては本当に尊敬できる人だったし、他人に厳しいけど自分にも厳しい人なのよ。そんな人が無理矢理休ませるようなことをしたということが、腑に落ちないのよ。
私はう~んと呻りながら、この二日間のことを思い出すことにした。
◇
一昨日に会ったのは偶然よね。主任は私を見つけて、本当に驚いていたもの。
泣き出した私を部屋に連れてきたのは……下心がなかったとは言わないけど、それでも私が泣いている姿を他の人に見せたくなかったからだと思う。
それに……たぶんだけど、私が翌日に会社で惨めな思いをするのは嫌だと再度泣きださなければ、手を出そうとは思わなかったと思うのよ。
うん。私が忘れさせてくださいと言わなければ、理性を総動員してキスだけで終わらせたはず。
うんうん、そうよ。だから、私が意識を飛ばすまで抱きつぶしてくれたのよね。
と、いうことだから、一晩目は私の自業自得でもあったわけで……。
そうなると、昨夜はどういうことなんだろう。
帰ってきて、私がいるのが嬉しかったから……とか?
それなら私の料理云々は無視して、すぐにことに及んでもおかしくなかったはずよね。
でも、私の話を聞いてくれて、悠介さんの部屋の空いている部屋を提供してくれるって言ってくれたでしょ。
う~ん。
そこまでは普通だったのよね。じゃあ、どこからおかしくなったのかしら。
名前呼びのところ?
それとも恋人になった、ならないのところ?
本気が伝わらないと言って……。
あれ? この時の悠介さんの表情。悪ぶってニヤリと笑っていたけど、その前に少しホッとしたような顔をしていなかった?
そうよ、そうよ。思い出したわ。悠介さんは帰ってきて私がいることに、目を丸くしたけどホッとしてもいたのよ。
私は、私が伊崎のことを引きずってなさそうだから安心したのかと思ったのだったわ。
でも、あの時から何かの思惑があったのだとしたら?
何かはわからないけど、私をこの部屋に引き止めたかったとしたら?
そうだとしたら、あれを片づけてどこかに閉まってあるんでしょうね。あれの捜索をしてみて、見つからなければ確信が持てるわね。
そう決めた私は、食べ終わった食器を片づけて、あれを探すことにした。
1時間後。探せる範囲のところにあれはなかった。
というわけで私が考え付いたことは確信へと変わったのでした。
◇
ガチャリ キィー バタン バタバタ パッ
「樹里亜!」
扉が開いて閉まり廊下に足音が響いて、リビングへときた悠介さんは、灯りをつけて私の名前を叫んだ。
私は瞑っていた目をゆっくりと開いて、悠介さんのことを見た。
戸惑った表情をしている悠介さん。私が何も言わないから、どう反応していいのか困っているようね。
それでも何も言わないでいるわけにはいかないと思ったのか、話しかけてきた。
「どうしたんだ、樹里亜。灯りを点けないなんて。……もしかして」
「言い訳はいいんで、選択してください。警察を呼ばれるか、私に真実を話すのか」
悠介さんの言葉をぶった切るように言ったら、悠介さんは目を忙しなく動かしてから、私のことをじっと見つめてきた。
「警察? 呼ぶってどうして」
「え~? 分からないとは言わせませんよ。これって立派な軟禁ですよね」
「軟禁……そんなことはしていないが」
「しらばっくれないでください。昨日渡してくれた合鍵を隠しましたよね」
「それは、間違えて持って出てしまったんだ」
言い訳にもならないその言葉に、私は目を眇めて悠介さんのことを見つめたのだった。