8 ……からの同居の提案
悠介さんの発言に呆気に取られたけど、言われた言葉の中に聞き捨てならないものがあった。
これについては勘違いされることなく、ちゃんとしておきたいと思う。
「どこがカッコイイんですか。ヒョロヒョロのこいつらのど・こ・が?」
一言ずつ区切って強く言ったら、悠介さんは目を瞬かせた。
「えっ? ヒョロヒョロ?」
納得できないように呟いたけど、もともとの私の好みが伊崎のような男ではないということは、わかって欲しいと思う。
「そうです。見た目ガチ筋肉じゃなくてもいいけど、脱いだら凄いんですくらいの細マッチョ的な筋肉はついていて欲しいと思います」
力説する私のことをしばらくあ然と見てきたけど、悠介さんは口角をあげるとクックッと笑い出した。
「そうか、樹里亜の好みは伊崎とは真逆だったのか」
そう言ってひとしきり笑った後、真顔に戻った悠介さん。
「話は戻るが、部屋なら空いているから、樹里亜はここに居ろ、なっ」
「えっと、お言葉ですけど悠介さん、私もここのマンションだったと言いましたよね。階が変わったからって、部屋の間取りは変わらないですよね」
そう言ったら、悠介さんはリビングの奥のところに行き、私のことを手招きした。そこにはブラインドが降りていて……って、ブラインド?
不自然な位置のブラインドに私は首を傾げた。
「樹里亜、ここはマンションの最上階だろう。で、だな、この階を出入りして何か気がつかなかったか」
悠介さんの謎かけに、この階のことを思い出す。そういえば……。
「もしかして……ううん。もしかしなくても、この階って下の階よりも部屋が広いの?」
「そうなんだ」
ニヤッと笑って悠介さんはブラインドを上げた。そこには私の部屋にはない扉があった。扉をくぐると、こちらの部屋のようにソファーが置かれていた。後ろを振り返ると、扉の横の壁は移動可能となっているようだ。
「この部屋は下の階の二部屋がひとつになっているんだ。違うのはキッチンの代わりにこちらにはバーカウンター仕様にしていることと、玄関がないことだな」
ということは、バストイレはこちらにもあるということね。
こちらのリビングに近い部屋の扉を開けた悠介さんは「ここを使ってくれ」と言った。そこは……何もない部屋だった。
「隣も何も入れてないから、すぐに引っ越してくることが出来るぞ」
「いやいや。引っ越すんじゃなくて、一時避難ですから」
「まあとにかく、部屋が余っているというのは嘘じゃなかっただろ」
心持ち胸を張るようにそう言った悠介さんに、私は苦笑を返した。
「そうですね。えーと、それじゃあ、とりあえず今夜はお邪魔させていただきます」
スーツケースを部屋の中に置くと、私たちは向こう側のリビングへと戻った。
「コーヒーでも飲むか」
「いいですね。私が入れましょうか」
「そうだな、頼むか」
二人でキッチンに立ってコーヒーの準備をする。意外なことに、ちゃんとしたコーヒー豆から、マグカップにセットするドリップのものに、インスタントでスティックタイプの袋入りのものまであったのには驚いた。私が悠介さんの顔を見ると、言いたいことがわかったのか教えてくれた。
「ちゃんとドリップしたものを飲むのが好きだけど、たまにめんどくさい時があるんだよ。最近はインスタントだって馬鹿に出来ないだろ。スティックのは会社に置いてあるのを飲んで、たまにならいいかと思ってな」
「わかります。私もお茶が好きなんですけど、急須でいれるのってめんどうな時がありますもの。特に夏はペットボトルの冷えたお茶が手軽でいいですものねえ」
そんなことをいいながらマグカップにセットしたドリップコーヒーにお湯を注いだ。それを持ってリビングへと戻りソファーへと腰を下ろした。
……って、あれ? なんで隣合って座っているんだろう?
「そういえば樹里亜。食事のことでなんか後で説明するとか言ってなかったか?」
「ああ、そうでしたね。ネタ晴らしではないんですけど、あれは買いに行ったのではなくて、私の冷蔵庫に入っていたものを持ってきただけなんですよ」
「そういうことか」
「そういうことなんです。冷凍室に入りきらなかったのと、いつ戻れるかわからないから、ちょうどいいんで使っちゃおうかと思ったんです。いやー、主任と同じマンションでよかったー」
明るく笑いながら言ったのに、なぜか悠介さんが睨むように見てきた。はて?
「樹里亜、呼び方」
「あー、そのことですけど、やはりおかしくないですか」
「何がおかしいんだ?」
「だって、昨日の今日ですよ。いきなり名前呼びをするだなんて」
「それは昨日言っただろう。俺はずっと待っていたって」
「だからっていきなり恋人になるのもどうかと思いますし」
「樹里亜は伊崎と別れたんだからおかしくないだろう」
というと悠介さんはグイっと私のことを引き寄せた。
「というよりも、どうやら樹里亜には、俺の本気が伝わってないようだな」
ニヤリという擬音が聞こえそうな笑みを浮かべた悠介さんは私の顎を捕らえるように掴んだ。
「骨の髄まで身に染みるように可愛がってやるよ」
宣言と共に唇を塞がれて、呼吸を奪われるようなキスをされた。
どうしてこうなったー!