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T-12 弟からのお願い 後編

 視線をついっと銀縁眼鏡の男に向けた咲良(さくら)


「手配済みです。六名ほど先行させました」

「結構。では、現場の指揮は嘉市(きいち)、貴方に任せるわ。もし、うるさく言うようなら、何を使ってもいいから黙らせてきなさい」


 咲良の指示に一瞬情けない顔をした男、嘉市。


「承りました」


 嘉市は一礼すると部屋を出て行った。それを見送って、咲良の雰囲気が少し柔らかくなった。


樹里亜(じゅりあ)ちゃんが行っているし、(らん)瑠那(るな)もついているから滅多なことは起こらないと思うわ。(のぞみ)ちゃん、嘉市たちを送ったのは、樹里亜ちゃんたちが子供と侮られた場合のためよ。あちらが本当のバカでなければ、結城の名前を聞けば、おとなしくするはずよ」

「えっと、咲良おばあ様、佐野の名前じゃなくて?」


 望の言葉に咲良はぱちぱちと瞬きをした。それからフッと息を吐きだした。


「そうね。今の樹里亜ちゃんは佐野だったわ。そうなると……まあ、あの子たちってば、このことも見越して、今日望ちゃんに話をさせたのね。いやーね。どこまで私の心を折る気なのかしら」


 言葉とは裏腹に楽しそうな咲良。だけどその目は笑っていなくて……またも背筋をゾクリとするものが走っていった。


「それでは、説明するわ。先ずは誤解から解くわね。佐野家(うち)は結城家の分家ではないの」

「「はっ?」」


 思わず僕と望の口から疑問の声が漏れてしまった。慌てて口を押えたけど、大人たちから叱責の声は出てこなかった。


「そう思われていた方が都合がいいので、誤解をそのままにしていたのよ。美沙緒(みさお)ちゃんと哲郎(てつろう)さんにもまだここまで教えてなかったわね」


 名前を出された二人が頷いた。


「佐野家はね、女系の家系なの。私の親も私の代も女性ばかり。従姉妹(いとこ)どころか再従姉妹(はとこ)も女性だけだったわ。晃良(あきら)は数世代ぶりの男子だったの。でもねえ、どうしたことか、佐野家の家業を纏めるのは女性のほうが向いているのよ。実は樹里亜ちゃんを養子にして育てていく間に、樹里亜ちゃんは佐野家の家業を継ぐ資質があると認められたの。他の煩い分家が色々言って来るけど、黙らせる準備は出来ていたわ。他に該当する資質を持つ子は居なかったから。だけど状況が変わって融ちゃんと結婚の話が出ているでしょ。それでも私は心配していなかったの。将来二人の子供をこちらに養子にもらえばいいと考えていたの。それまでは美沙緒ちゃんが継いでくれるから」


 ここで小さく咲良は息を吐いた。


「だめねえ。歳を取ったことを言い訳にしたくないけど、現状に満足して他の候補を考えていなかったなんて。もう一人該当者が現れていたのに気がつかなかったなんて。ああ、椿姫(つばき)ちゃんの資質は疑ってないわ。佐野家の当主を見極める、門倉と灰塚の次代が認めた者ですものね。そして、あの子たちが認めた樹里亜ちゃんを動かしたのですもの。今は嵐と瑠那が全力で二人を守っているわ」


 そのあとも咲良は物思いに耽りながら、つらつらと言葉を並べていった。


 要約すると、佐野家は結城家と同じ村で、結城家が村長、佐野家が次に力のある家だったそうだ。結城家が村を纏める分、佐野家は情報を仕入れて回っていたらしい。現代までその関係は続き、株式会社YUUKIでも情報収集部門を担当しているそうだ。

 それとは別に佐野家は警備会社を作っていて、上流階級向けの要人警護をしているそうだ。

 嵐というのは銀縁眼鏡の優男風の嘉市(きいち)の息子で、灰塚家の者になり実務担当。瑠那はもう一人のがたいの良い門倉東鉉(とうげん)の娘で、驚くことにこちらの方が頭脳派だという。

 この二人が警備会社を動かしているそうだけど、情報の精査は咲良がしているそうだ。


 普段穏やかに笑っている咲良しか知らなかったから、裏の顔……ではなくて、そういうことをしていると知って驚いた。

 つい裏読み……警備会社と言っているけど、本当のところは? とか、情報の精査って? とか考えていたら、笑ってない目の咲良と目が合って、またも首をぶんぶんと横に振ることになった。



 数時間後、樹里亜たちが戻ってきた。もちろん椿姫を連れて。痛々しいことに、袖の隙間から青あざが見えた。椿姫があの家でどういう扱いだったのかわかるというものだろう。


 翌日にはうちの顧問弁護士が書類を持って行き、椿姫は佐野家の養子となった。


 さらに一週間後に、茉季が家を訪ねてきた。顔を会わせた途端に、怒り心頭に罵詈雑言の嵐だった。応接室に通す間もなく玄関先でやらかしてくれたけど、そこに現れた椿姫に冷ややかな対応をされておとなしくなった。


 応接室で椿姫に起こったことを、両親が亡くなってからこれまでのことをまとめた資料を渡されて説明された茉季とその夫は、診断書を見て顔色を変えていた。


 それでも椿姫を引き取りたいと言ったが、当の椿姫に拒絶され……というか、樹里亜が間に合わなかったら自分がどんなおぞましい目に遭っていたかを、淡々と冷たい口調で言われて黙るしかなくなったようだ。


 結局、茉季夫妻は失意のまま帰って行った。


 そうそう、予想した通り茉季夫妻はアメリカに住んでいた。椿姫の両親が亡くなった時に椿姫を引き取らなかったのは、椿姫の叔父に言いくるめられたからだった。

 曰く、両親を亡くしたばかりで友人たちから引き離すのはかわいそうだとか、見知らぬ地でそれも言葉が通じないのは……ということを言われて、椿姫に心を残しながら託したそうで。


 結局、その叔父を信用して椿姫の状況を知ろうとしなかった夫妻の、自業自得だよね。椿姫に拒否られたのは。


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