T-9 今更だけどと、それからのこと 後編
樹里亜は途中から相槌も打たずに咲良の話をじっと聞いていた。
「結果は、野口夫妻と娘である『幸恵』との間に血のつながりはないということと、姑と幸恵の間に血のつながりがあると出たそうよ」
ひゅっと息をのみ込む音が聞こえた。
「それでねえ、樹里亜ちゃんにお願いがあるの。もしよければ樹里亜ちゃんと美沙緒ちゃん夫妻とのDNA鑑定をおこないたいと思うのよ。駄目かしら」
小首を傾げて訊く咲良。樹里亜は……一瞬期待を込めた眼差しを野口夫妻に向け、それからハッとした顔をして、結城の義両親のことを見てから咲良へと視線を戻した。
僕は……樹里亜の気持ちが手に取るようにわかった。本当の両親かもしれない美沙緒夫妻。鑑定で立証されることを望んだけど、結城の両親の前で気持ちを表すのはどうかと思ったのだろう。
何も言えずに黙り込んだ樹里亜に結城の義母、奈織美が話しかけた。
「樹里亜、あなたの気持ちは分からないでもないのだけど、良ければ私たちのためにも、美沙緒さんとのDNA鑑定を受けてくれないかしら」
義母の言葉に訝しげな眼を向ける樹里亜。その様子を見て、にこりと笑った義母。
「私たちは樹里亜がどこの誰の子でも構わないのよ。だけど、それでもね、晃良さんの従姉弟の美沙緒さんの子供だと、はっきりわかると嬉しいわ」
樹里亜は瞬きを数度してから呟いた。
「お義父さんのいとこの子供……」
呟いてから実感したのか、真剣な顔をして義母のことを見つめた。
「ええ、そうよ。だからね、いいかしら」
コクコクと頷いて了承した樹里亜だった。
◇
それから……のことは言うまでもないだろう。
樹里亜に不審がられないためにもう一度DNA鑑定が行われた。この時、一応ということで咲良と美沙緒のDNA鑑定も行った。
結果は、野口夫妻と樹里亜との親子関係と、咲良と美沙緒との血縁関係が立証された。
鑑定は二度目ということと結果もわかっていたので、鑑定結果が届くまでに大人たちは様々なことを話しあって進めていった。
まず、野口夫妻には仕事を辞めてもらうことになった。再就職先はもちろんうちの会社だ。
坂田氏……美沙緒の父親はもう定年退職していたので、こちらは問題がなかったが、その息子・恭介にも会社を辞めてもらうことにした。もちろん恭介氏もうちの会社に入ってもらうことになった。
それから、それぞれの家族は引越しの準備に忙しくなった。坂田恭嗣夫妻と恭介夫妻は一時マンションに住んでもらうことにして、その間に新しい家を建てることになった。
野口夫妻も引越しの準備を着々と進めていった。それと共に家の名義の書き換えと、ローンの残りの一括返済の手続きが行われた。このローンに関しては祖父のポケットマネーからだすということにしたようで、結城義父を筆頭に反対の声が上がった。
が。
「いやいや、ローン返済くらい安いもんだよ。あの女(幸子)は碌なことをしなかったが、ただ一つ良いことをしてくれたからな」
その言葉に困惑する僕たちに祖父はいい笑顔を向けて言った。
「もし、本来のとおりに『幸恵』がこの家に来ていたらどうなっていたと思う? 私たちも樹里亜を甘やかしたものだが、樹里亜はそれに甘えきることなく育ってくれた。が、幸恵ではどうなったか。想像するに難くないだろう」
思わず……報告書でしか知らない……けど、あの女が姉として暮らしていたらと考えて……。
「うわ~」
思わず嫌悪の声が出てきた。祖父は「そうだろう」と頷いた。
「手切れ金代わりに払ってやることにしたのだよ」
そうして年度が替わる三月、すべての手続きを終えて野口夫妻改め、佐野夫妻となった美沙緒と哲郎、その娘となった樹里亜、祖父母となった咲良と信明の五人は、ぎこちないながらも家族として暮らし始めた。
それでも、樹里亜が幸せそうに笑っているので、良かったと思う。
そうそう、野口の家の事だけど、幸恵は両親が帰ってこないことになかなか気がつかないようだった。
美沙緒たちが家を出る前に話をするはずが、幸恵はまたも雲隠れしてしまったようで。
なので、話し合いは姑・幸子と美沙緒夫妻にこちら側の弁護士の四人で話したという。
そう、話し合いではなくこちらの要求を一方的に話しただけだったらしい。最初は赤ん坊のすり替えについて、謂れのないことだと幸子は言っていたらしいが、DNA鑑定の結果を見せたら観念したらしい。
それでも最後まで『幸恵』のこと(主に大学の学費の事)などを言っていたらしいが、爺様から伝えるようにと言われた言葉に、黙り込んだそうだ。
幸恵は野口夫妻が居なくなったことに……いや、戸籍の親の名前が変わったことに気がついたのはそれから二年近く経ってからだった。
爺様はあんなことを言っていたけど、ちゃんと手を回してきちんと戸籍を正しい形に戻していた。
なので、幸恵の親の欄には母親の名前、佐藤恵のみ記載されていて、その後に祖母の野口幸子の養子となったと書かれていた。
そのことを知った幸恵は両親が勤めていた会社に問い合わせたそうだが、もう退職してかなり経っていたこともあり、そのような人物はいないと言われた。
納得できなかった幸恵はそれぞれの会社に突撃して、父母に会わせろと騒いだという。
その結果……というか、どういう神経をしていればそのような行動が出来るのかわからないのだが、それぞれの会社に入社試験を受けに行き、騒ぎを起こした時に顔を覚えていた人が面接官にいたようで、使用されることはなかったそうだ。




