T-3 事件が起こって……過去の出来事が浮き彫りになった 中編
大学に復帰すると共に樹里亜は、バイトをした海の家のオーナーへと連絡をした。
樹里亜から話を聞いたオーナーは、バイトの紹介者の姪『野口幸恵』にバイト代を預けてあると言ったそうだ。
樹里亜は幸恵と会い、バイト代のことを聞いたが、預かっていないと言ったらしい。何度か話しかけたら、逆ギレしてきたらしい。
話にならないと思った樹里亜はオーナーの深見さんに再度連絡をした。
事態を重く見た深見さんが、わざわざ大学まで来てくれて幸恵を捕まえて話をしてくれた。問い詰めると、手持ちのお金が足りなくて樹里亜のバイト代から少し借りたと言った。
「借りたと言い張るのならすぐに返せ」と深見さんが言ったそうだが、言い訳ばかりで返そうとしないので、両親に知らせることになった。
深見さんから話を聞いた幸恵の両親は、すぐに結城家に謝りに来た。
が、問題の幸恵は両親の隙を突いて、どこかに雲隠れしてしまったそうで、親だけで来ていた。
幸恵の両親と対峙したのは、結城の祖父、結城の義両親、佐野の大叔父の四人だった。
樹里亜には彼らが来ることを伝えずに、友人と出掛けさせた。
僕は部屋に居るようにと言われて、顔を出すこともこっそり聞き耳を立てることも禁じられた。
そろそろ話しも終わった頃だろうと、僕は部屋から出てどのようなことになったのか聞きに行こうとした。
そこに、誰かの話声が聞こえてきた。
「本当に美沙緒ちゃん、彩愛姉さんの美沙緒ちゃんなのね」
「叔母様……ご無沙汰をしてしまって……」
「いいえ、ここで会えたのも、姉さんのお導きなのだわ」
興奮を抑えるように話す佐野の大叔母……だよな。
聞こえてきた会話の内容を頭の中で吟味する。
佐野家は大叔母である咲良さんが祖父の弟である大叔父を婿に迎えて家を継いだ。咲良には彩愛というお姉さんがいたが、嫁いで十年ほどで病により亡くなってしまった。
数年は交流があったそうだが、彩愛の夫が再婚したことにより交流が無くなった……のだったか。
まさか……幸恵の母親が咲良の姪だとは思わなかった。
「私たちは、本当に申し訳なくて……。言い訳にもならないのですけど、私も働いていることもあり、姑が娘を見てくれていたんです。可愛がってくれるのはいいのですけど、何かあるとすぐに庇っていまして……。物事の善悪が判らない子に育っていたとは……」
ところどころ声が小さくなって聞き取りにくい部分があったけど、どうやら両親が厳しく躾けようとしても姑が甘やかして悪いことも良いように言っているみたいだ。典型的な害悪姑じゃないか。
「本当に樹里亜さんにはご迷惑をおかけしました」
「あらあら、いいのよ。うちの男共は樹里亜ちゃんのことを可愛がっているから今回のことでは怒っているようだけど、私はいい経験をしたと思っているのよ」
「叔母様……」
「どうもね、うちの人たちは樹里亜ちゃんの周りから悪しきことになりそうなものを遠ざけようとしているみたいでね。樹里亜ちゃんも理解力がある子だから、男共のそういった動きを肌で感じているようなの。それでも、樹里亜ちゃんに悪意を向ける人もいたわけだしねえ。もう少し経験をさせておくべきだったと、私はおもうのよね」
「経験ですか」
「そうよう。人は一人一人違うのだから、同じ考えを持っていることのほうが稀なのよ。そういうことを判るためには、いろいろな人と会うことは良いことではないかしら。真綿でくるむようにしていても、いつかは現実を見せなければならなくなるものよ」
「……そうですね」
しみじみと噛みしめるように言葉を返す美沙緒。
それからここまで聞こえるくらい大きなため息が聞こえてきた。
「それでも、幸恵がしたことは許されることではありません」
「そうねぇ。ああ、でも残念だわ。せっかく姪に会えたというのに、また会うだなんて、主人は許してくれそうにないわねぇ」
「それは……いえ。こちらが仕出かしたことを考えれば、今更親戚面は出来ません」
さいど、フッと息を吐きだす音が聞こえた。
「長話をしてしまい、すみませんでした。失礼させていただきます」
「ええ。美沙緒ちゃん、元気でね」
どうやら帰るようだとわかり僕もそっとそこから離れようとした。
「どうかしたの、美沙緒ちゃん」
なかなか立ち去らない美沙緒に咲良が聞いた。
「ああ、いえ。迷惑をかけた……樹里亜さんというのですよね」
「ええ、そうよ」
「私……娘が産まれたら『じゅりあ』という名前をつけたかったんです。それなのに気がつけば姑が『ゆきえ』で届けを出してしまっていて……。姑の『幸せに恵まれる』ようにという、いい分もわかるのですが、出来ればグローバルな視野を持った子になるようにと、名前を決めていたんですよ。二人目を授かることが出来ないと分かっていれば、なんとしても『じゅりあ』で届けを出したのに、と思ってしまって……」
「あら、うちの樹里亜ちゃんの名前がうらやましいのね」
「ええ」
その会話を聞いて、どうしても美沙緒の顔を見たくなった僕は、場所を移動してスリッパのまま庭へと出た。
植え込みの陰から再度咲良に挨拶をして出てきた女性、美沙緒の顔をじっと見つめた。




