4 慰められると……泣きたくなる
ケラケラと笑いながら私はそう言った。主任は作っていたカクテルのグラスを渡してきた。
アイスワインを飲み終わったあと、何故かバイオレットフィズだとか、カルーアだとか、カクテル用の割るだけのお酒をテーブルに並べた主任。
ぱちくりと瞬きをすれば「貰いものが溜まっているんだ。酒は腐るものではないけど、よかったらこれも飲まないか」と言われた。そう言われれば、もう少し飲みたい気分だった私は素直に頷いた。
「佐野の見る目がないんじゃなくて、男共が見る目がなかったんだよ」
「慰め、おつです。でも、身の程は分かってますから」
明るくそう言って笑ったけど、フッと明日からのことを考えたら気持ちが沈んでしまった。
「どうかしたのか、佐野」
「あー、いえいえ。なんでもありません。それより、トイレを借りていいですか」
「ああ。場所わかるか」
「大体マンションの作りなんて同じでしょ」
「と云いながら、探索でもする気か」
「わかりました?」
おどけてそう言って立ち上がる。「そこを出て右側二つ目の扉」と言われ「探索できないじゃないですかー」と言いながら、リビングから出た。
そして、トイレに入って座り……。
いつも思うけど、トイレってどうしてこう落ち着くんだろう。やはり洋式になって座ることが出来るのが大きいのかなと、思考を明後日のほうへと向けた。
でもいつまでも座り込んでいるわけにはいかないから、立ち上がってトイレから出た。
こっそり斜め向かいのドアを開けて覗いてみたら、そこはハンガーがいっぱいある、衣裳部屋みたいな部屋だった。よくわからいけど、主任は服をかなり持っているみたい。一部屋が埋まるくらい置いてあったから。
というか、主任って彼女がいるんだろうか?
いや、あの素敵な主任に彼女が居ないわけがない。結婚しているとは聞いていないけど……。
でも、この部屋に女物の服はなかったし……。
って、何を考えているのよ、私。
扉を閉めて歩き出したら、リビングの扉があいてドキリとした。
「洗面所はそこな」
主任はトイレ側のリビングに近い扉を指さしてそう言った。私は笑って「わかりました」といい、洗面所の扉を開けた。案の定隣は浴室となっている。洗面台の隣の洗濯機を見て、主任が自分で洗濯をするのかと思ったら、なんか不思議な気分になった。
手を洗いリビングに戻ると入れ違いに主任が出て行った。「着替えてくる」と言って。私がギャン泣きからやけ酒モードに入ったため、主任は着替えも出来なかったようだ。自宅なのに寛げなくしてしまったことは、反省しよう。
改めてリビング内を見回して(洗練されたという言葉が似あう家具たちだ)時計に目を止めた。主任に会ったのは八時半くらいだった……はず。今は十時四十分。かれこれ二時間近くも私の愚痴に付き合わせたわけだ。
それに明日も平日で仕事がある。そろそろ家に帰らないと、明日に響くだろう。
◇
主任が戻ってきたので、帰ることを伝えたのに、何故か帰ることが出来ない。
というか、この体勢はどう考えればいい?
リビングの扉のところで顔を合わせたら、私がバッグを持っていることに気がついた主任に、バッグを取り上げられて壁際に追い詰められました。
そうなんです。顔の両脇に腕を突かれた、壁ドンからの囲い込み状態に陥ってます。
「そのまま帰ろうなんて甘いんだよ。さっき何を考えたんだ」
「いえ、大したことではないですから」
顔を横に向けて視線を逸らしたけど、顎に手がかかり強引に主任と目を合わせさせられる。
「目を逸らすということは、嫌なことを考えたんだろう。もしくはその可能性を思いついたかだ。違うか」
強引な態度なのに、その眼には心配そうな光を見つけてしまい、つい言いたくなかった気持ちが口をついて出た。
「だって……明日会社に行ったら、磯貝さんに会うじゃない。彼女たちのことだから、私から伊崎を奪ったことを言いふらすに決まっているわ。心変わりをしたのは向こうなのに、なんで私のほうが惨めな思いをしなきゃいけないの」
その言葉と共にポロリと涙が零れ落ちた。不意に頭の後ろと背中に手があたったと思ったら、主任に抱きしめられた。
「佐野、悪かった。だから、泣くな」
そう言われて、逆に涙がもっと溢れてきた。さっきの涙は……悔しさが大半だった。私の誕生日なのにという、惨めさもあった。
今の涙は完全に惨めさからだ。これから私は『浮気をされた女』と周りから後ろ指をさされるのだろう。
私が悪いわけではないのに、なんでそう言われなければならないのだろうか。
今までの彼氏たちと別れたあと、私が悪いもしくは悪くなくても魅力がない女だと、噂されてきたのだ。そういう積み重ねが、今になってどっと出てきたのだろう。だから、余計に涙が出てくるのだ。