その6 改めて彼女の事情を知らされる 後編
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あまりの内容に、顔から血の気が引いて行くのがわかった。
これ以上話を聞きたくないと思ったが、水穂さんが容赦してくれるわけがなかった。
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樹里亜は三週間ほど入院し、退院後もしばらくは家から出ることが出来なかったという。
深見さんに連絡できたのが退院からひと月近く経ってからで。
連絡をもらった深見さんは樹里亜がそんな状態だったと知らなかったので、とても驚いていたそうだ。
そして樹里亜のバイト代は姪に預けてあると言ったそうだ。
大学に通えるようになり、樹里亜は幸恵に会ってバイト代のことを聞いたが、幸恵は最初は知らないふりをしたらしい。
連絡を受けた深見さんが来て問い詰めたら、大学が始まってしばらく樹里亜に会えなくて、そのうちに購入した物の支払いにお金が少し足りなくて、樹里亜のバイト代から借りたと言ったそうだ。
深見さんがすぐに返せと言ったが、言い訳をしてお金を出そうとしないので、親に知らせることになった。
結局、樹里亜のバイト代はほぼ使い切っていたという。
聞かされた野口の親は仰天して、すぐさま結城家に謝りに赴いた。
野口の親は樹里亜に会わせてもらえず、結城家を辞することになった。
が、帰り際、佐野の祖母が玄関口に居たことで、急展開となった。
野口母、美沙緒は佐野の祖母、咲良の姪だった。美沙緒の母、彩愛は咲良の姉で、彩愛が亡くなったことにより、母の生家の佐野家と交流が無くなっていた。
咲良と美沙緒はしばらく話をし、美沙緒は帰って行ったそうだ。
咲良は結城家に入り、まだ応接室にいた結城家の人々に伝えた。
美沙緒が姪だったことと「樹里亜という名前を娘につけたかった」と言っていたことを。
美沙緒と樹里亜が酷似していることに気がついた結城家の人々は、そのことを話しあっていたところへの咲良の発言だった。
結城家の人々はその言葉を聞いて、急いで調べさせたという。
その結果、樹里亜を佐野夫妻に渡した年配の女性が、野口家の姑だということが判った。
そこから野口夫妻と樹里亜のDNA鑑定をした結果、親子だと判明。
ついでに幸恵と野口夫妻、幸恵と祖母の鑑定もして、こちらも野口夫妻とは親子ではないこと、祖母とは血のつながりがあることが判明した。
このことから、野口夫妻は幸恵及び姑(夫の義母だった)と絶縁し、佐野家の養子となり樹里亜も美沙緒夫妻の養子になって真の親子として暮らすことになったそうだ。
そして……樹里亜の五石商事への入社のことだが……樹里亜が希望したそうだ。
理由は樹里亜が話していたように、俺に会いたかったから。
結城家としては樹里亜には自社に入って欲しかった。
が、これまでの過酷な運命と、結城家に貢献してくれた(二人の義弟にいい影響を与えていた)ことから、樹里亜の望みどおりにさせたという。
それに両社で事業提携の話も出ていたことから、そちらのほうでも縁続きになることは望ましいことと、判断されたようだ。
ただし、樹里亜にそのことは知らせていなかったし、俺にも知らされていなかった。
◇
「本当に残念だったわ。樹里亜さんはとてもいい人だし、親戚になれば事業もやりやすくなったもの」
水穂さんは本当に残念そうにそう締めくくった。
俺は何も言えずに蒼い顔で水穂さんのことを見ていた。
そんな俺の様子を見ていた裕翔が深々とため息を吐きだした。
「今更蒸し返すつもりはないが、あの時もう少し自重してくれていたら、違った結果もあったかもしれなかったな」
俺は小さく頷いた後、俯いた。
◇
思い返すのはあの後のこと。樹里亜の弟を彼氏だと誤解していたことがわかり、落ち込んだまま週末を過ごし出社した月曜のことだ。
始業時間から少し経ち、俺と課長は社長室に呼び出された。呼び出された内容は……伊崎のことだった。
俺と課長が伊崎のことを勝手に査定しなおしていたことがバレたのだ。説明を求められて、伊崎の評価に怪しい点があったこと、調べた結果そのような事実はなかったことがわかったと報告した。
話を聞き終わった裕翔から、雷が落ちた。俺と課長がしたことは越権行為だと言われた。怪しい点が判明した時点で、人事部に報告を上げるべきだったと。その通りだと思った俺たちは、真摯に小言を聞いていた。
話が終わり課長は部屋を出て行ったが、俺は残るように言われた。
裕翔の口から出た言葉は……樹里亜のことだった。
不当に会社を休むことを強要したと、彼女の親族から苦情が入ったと言われた。
そのことの説明を求められるかと思ったが、何も聞かれなかった。
代わりに彼女がしばらく会社を休むことになったと告げられた。
理由は……本当に祖父の具合が悪くなったそうだ。
そして……樹里亜が出社しないまま日々が過ぎ、会社を辞めることになったからと、挨拶に現れた。
樹里亜を囲んで名残を惜しむ女性社員たち。
男性社員も樹里亜に声を掛けていた。
俺は……その輪の外から見ているしかなかったのだった。




