その5 改めて彼女の事情を知らされる 中編
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領司さんは旧姓を坂田といった。
再婚して姉になった美沙緒さんとすごく仲が良かったようだ。
ただ、年齢差が七歳あったことと異性ということもあり、美沙緒さんが大学に進学すると少し距離が出来たらしい。
美沙緒さんは就職したのち、友人の紹介で出会った人と結婚し、野口美沙緒になった。
野口家は夫になった人とその母、姑と暮らすことになった。舅は夫が大学を卒業してすぐに亡くなっていた。
夫婦仲は良く、数年後に女の子を生んだ。
領司さんは高校の同級生の友達だった深見京香さんを紹介された時に、「婿入りしてくれる人、希望!」と言った京香さんに猛アピールして結婚したそうだ。
坂田家は弟が継ぐというか、その弟が結婚をして両親と同居しているという。
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「ここまではいいかしら? いいのなら、樹里亜さんのことにいくわね」
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樹里亜の話は……義両親になった佐野夫妻の話から始まった。
佐野夫妻にはなかなか子供が出来なくて、不妊治療をしていたという。
そして、子供が望めないということが決定的になった日に、夫妻は樹里亜の母と知り合った。
体調を崩した佐野夫人に親切に声を掛けたそうだ。
樹里亜の母は『さいとうはるこ』と名乗った。彼女は妊娠していたけど、暗い表情をしているように見えた。
次に偶然出会った夫妻とはるこ。この時は、はるこのほうが具合が悪そうで、夫妻は気に掛けたそうだ。
三度目に会った時。この時も偶然の出会いだったのだが、三度目ともなればただの偶然で済ませられないようにおもい、それぞれの事情を話したそうだ。
はるこにとってこの妊娠は、望まぬ妊娠だった。交際相手の子であったが、子供が出来たことがわかると男のほうは雲隠れしてしまい、連絡がつかなくなった。
一人では育てられないと子供をおろそうとしたが、検査により別の病気が発覚したそうだ。子供を産んでもおろしても、長くは生きられないと医師に告げられた。
はるこは悩んだが、生きた証として子供を産もうかと考え始めていると言ったそうだ。
そして、佐野夫妻の事情を聞き『この子が無事産まれたら引き取ってもらえないか』と言った。
佐野夫妻は悩んだ。子供が望めないと知らされ、まだ先のこと(養子を取るなど)は考えていなかった。否。考えられなかったという方が正しいかっただろう。
だが、時は待ってくれない。はるこのお腹の中で子供は着実に育っていった。
夫妻が決断したのは、はるこが臨月に入ってから。生まれた子を養子にもらうと決めた。
その三週間後、子供が産まれたと連絡が来た。指定された日に病院に行くと、年配の女性が赤ん坊を差し出してきた。それと共に出生届と養子縁組届も渡されたそうだ。
出生届の子供の名前の欄に『樹里亜』の記載があり、母親の名前は『さいとうはるこ』ではない名前が書かれていた。
年配の女性は『はるこ』の生みの母で、『はるこ』を置いて婚家を出ることになった、と。
再婚し義息子の嫁がここで出産したことで、『娘』に再会できた、と。
『娘』は父親の再婚相手と合わず、高校を卒業したあと家を出て、実家とは疎遠である、と。
自分も『孫』を引き取ることは出来ないから、『娘』が決めたように養子としてもらえると助かる、と。
『娘』は数時間前に息を引き取った、と。
それだけ告げると、年配の女性は立ち去ったという。
佐野夫妻は愛情をこめて樹里亜を育てた。血のつながりがないのが嘘のように、可愛がられて育ったそうだ。
が、樹里亜が七歳になった時に大きな変化が起こった。
佐野家の本家である、結城家の後継者が事故により亡くなった。
結城の当主は残された孫のために、『両親』となる人物を用意した。
それが佐野夫妻だった。佐野父の父親は結城氏の実の弟で、結城氏は孫が育つまでの後継として甥に白羽の矢を当てたのだ。
それにより、樹里亜には二人の弟が出来た。
樹里亜は結城家に求められたように、弟たちにとって良い姉となった。
その樹里亜に次の変化が起こったのが、大学に入ってから。
大学で顔なじみになった女性に、夏休みの間のバイトを紹介されたことが発端になる。
バイトを紹介した女性、野口幸恵にどういう風に頼まれたのかはわからないが、幸恵のふりをすることになっていたそうだ。
夏休み一杯海の家に居るはずが、結城の祖母が突然倒れたと連絡が来たそうで、急いで実家に戻ったそうだ。
祖母が亡くなり、その連絡を深見さんに入れたそうだ。
八月の最終日、樹里亜は海の家に行くはずだった、という。
実家がある駅で高校の同級生に会ったせいで、事件に巻き込まれた。
同級生の男と少し話して直ぐに離れたのだが、突然現れた女にナイフで腹部を刺された。
女はすぐに取り押さえられ、樹里亜は病院へと運ばれた。内臓を傷付けられてことにより、一時は危ぶまれたが、乗り越えたそうだ。
樹里亜を刺した女は、同級生の男と交際していた女だという。男は女癖が悪く、次から次へと手を出していたらしい。夏休み前に捨てられた女は、駅のところで男と樹里亜が親しそうに話しているのを見て、樹里亜のせいで捨てられたと思い凶行に及んだそうだ。




