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その1 彼女が消えてから 前編

ここから藤川悠介目線の話になります。

「はあ~」


 煌びやかな会場の片隅から、俺は会場内を見回して深々とため息を吐いた。

 探しても居るわけがないと分かっているのに、どうしても探さずにはいられない。


 あれから半年が過ぎたのに、未練たらしくも彼女のことが忘れられなかった。


 まだ、パーティーが始まるまで暫し時間がある。俺、藤川悠介(ふじかわゆうすけ)は会場内を見ながら物思いに沈んでいった。


 ◇


 彼女、佐野樹里亜(さのじゅりあ)と初めて会ったのは、俺が大学三年生の時だった。再従兄弟(はとこ)である裕翔(ゆうと)の婚約者(当時は)の水穂(みずほ)さんから、「行け」と言われて、始まった海の家のバイト。大学一年から三年続いたのは、オーナーの深見さんの人柄と海の家で出会う奴らとの関りが楽しかったからだった。


 そんなところに樹里亜が現れた。彼女は……最初『野口幸恵(のぐちゆきえ)』と名乗った。

 そう言えば今思い出すと、深見さんから彼女の紹介があった時に、すごい顔をしていた……と思う。苦いものを口に含んだ時の、何ともいえない顔だった。

 その時は、オーナーに何があったのだろうと思ったけど、すぐに関心は樹里亜に移ったのだった……。


 樹里亜はとても綺麗な子だった。海の家でバイトするような子に見えなかった。それに言葉の端々に育ちの良さが伺えるものがあった。

 俺たち……その時のバイト仲間は樹里亜を不埒な客の魔の手から守ろうと決めていた。いや、樹里亜だけでなく、バイト仲間の女子が嫌な思いをしないようにと、毎年気を配っていたのだけど。

 案の定、「夏だ、海だ、遊び倒すぜ! ついでにいい女をひっかけてやるぜ!」という男たちが、群がってきた。俺たちのガードにやつらは手を出せなくて、悔しそうにしていた。


 樹里亜と俺は家から通うのではなく、深見さんの本職である民宿に泊めてもらっていた。なので、他の奴らより接点の多かった俺は、他の人よりも彼女と親しくなっていった。

 八月のお盆の時期を過ぎ、海水浴客も少なくなってきた。余裕が出来た俺は彼女との距離を詰めようと考えていた。彼女の中の俺は頼れる先輩として、好感触だと分かっていたから。


 なのに、彼女は突然いなくなった。いや、いなくなったという言い方は正しくないか。

 深見さんの話では身内に不幸があり、家に戻ったということだった。


 なんとも燻ぶった気持ちを抱えたまま、海の家のバイトは終わりを告げた。彼女が最後の日に現れないかと期待したけど、来ることはなかった。


 大学も始まり精彩の欠いた俺を心配した友人が話を聞いてくれた。


「それで悠介はどうしたいんだ」

「もう一度会いたい」

「なんだ。答えは出ているだろ」


 俺の即答に友人は笑った。俺もそう言われて苦笑いを浮かべた。

 そうだ。彼女の名前も通っている大学名も聞いていた。それならその大学まで会いに行けばいいのだと。


 九月の終わり頃、彼女が通う大学に行き『野口幸恵』を探した。そして『野口幸恵』に会うことが出来た。が、現れた幸恵は彼女じゃなかった。

 幸恵という女は、可愛らしい感じの女だった。そして俺の嫌いな、嫌な感じのする女だった。自分の可愛らしさに絶対の自信を持っていて、男に媚びを売れば何でも言うことを聞いてくれると思っているのが、透けて見えた。そして男と女とで態度を露骨に変えるのだろう。

 現に自分を探している人がいると聞いて、戸惑った中に不快感を醸し出していたのだが、俺の姿を見た途端に、満面の笑みを浮かべて近づいてきたのだから。

 だから、幸恵が話した「自分の名前を語って、好き勝手にしている女がいるの」などという言葉を信じることはなかった。


 同姓同名の『野口幸恵』がいるのではないかと思って探して見たが、他に『野口幸恵』はいなかった。


 俺はそれでも彼女に会えるのではないかと、時間を見つけてはあちらの大学に行った。


 それと共に『野口幸恵』のことも調べた。

 調べた結果『野口幸恵』という女は最低な女だった。見た目の可愛さを利用して、少しでも見目好い男に愛想を振りまいては、自分の言いなりにさせていた。

 高校の時から恋人がいる男を落としては、自分に振り向いた途端に捨てるということを繰り返していたようだ。

 バイトの時に撮った『野口幸恵』の画像を見せて聞いたから、彼女と最低女が別人だということははっきりしていた。


 十月も終わる頃、五度目の訪問時に彼女の姿を見ることが出来た。フェミニンな装いもよく似合っていた。少し痩せたのか雰囲気が変わって見えた。

 出会えた喜びに俺は彼女に近づいて……話しかけるつもりだった。

 彼女に近づいて声を掛けてきた男へと、笑みを向けるのを見るまでは。

 真摯に彼女を見つめる男に、彼女は親し気に笑いかけていた。彼の視線を当然だというように受け入れて……。

 それを悟った俺は踵を返して、そこから立ち去った。


 ◇


 この時、彼女に話しかけていれば、何かが変わっていたのだろうか。それとも次に再会した時にこちらから話しかけていれば、今の俺の隣に樹里亜は居てくれたのだろうか。


 後悔というのは、本当に後から悔やむものだと、半年前に実感した俺だった。



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