26 おとうとに話して分かったこと……そこから、信用されていなかったなんて
玄関の中に入り促されるまま靴を脱ぐ。鍵を掛けた融はリビングへと入って行った。部屋の中を見回して私は小さく息を吐きだした。
「呆れたわ。ねえ、もしかしてここに住んでいるんじゃないわよね」
「常にって意味なら住んでないよ」
当たり前だというように返ってきた言葉に、脱力した私は私の部屋にあるのと同じソファーへと座り込んだ。
「ねえさん、何か飲む?」
「そうねえ、アルコールじゃないものをお願い」
「了解」
キッチンへと行った融はすぐにグラスに飲み物を入れて戻ってきた。
「麦茶だけど」
「うん、ありがとう」
受け取ってすぐ口をつける。ゴクッと喉がなり、続けてゴクゴクと飲んでから、喉が渇いていたことに気がついた。
ふとおもって、時計を探して部屋を見回して見つけた。あれから……悠介さんと夕食を食べたあと話をしだしてから、一時間ちょっとしか経っていないことに驚いた。
「それで、何があったの」
「いや、その前にいいかしら。何時、この部屋を契約したの?」
「うーん、確かねえさんがここに引っ越した二カ月後くらいかな? 佐野の祖父母がすごく心配していて、ちょうどこの部屋が空いたのがわかったからって言ってたよ」
一瞬監視のためかと思ったけど、心配だったからだと言われて心の中で反省をする。はあ~と息を長く吐き出して、気持ちを切り替える。
「それで? 彼に告白したんだよね。うまくいかなかった、とみていいんだね」
若干嬉しそうな声に、恨みがましい目を向けた。自分の声に喜色が滲んでいたことに気がついたのか、わざとらしく「ごほん」と咳ばらいをして誤魔化す融。
私は考えながら口を開いた。
「うまくいかなかった……以前の話だったのかもしれない」
「ん? 何それ。えっ? あいつ、ねえさんに惚れてなかったの?」
融の目から見て、悠介さんが私に好意を持っていたことは明白だったようだ。……私が確信を持てたのが三日前だというのに……。
「そうじゃなくて……混乱していて、考えが纏まらないのよ!」
当てはまる言葉が出てこないことに苛立って、叩きつけるように言ってしまった。それだけでなく、テーブルへと拳を叩きつけた。
「ちょっ! ねえさん!」
向かいに座っていた融は席を立って隣に座ると、私の両手を包むように握ってきた。
「さっきの泣きそうな顔といい、何があったのさ。混乱しているのなら、何があったのか話してみてよ。そうすれば纏まるかもしれないだろう」
真剣な融の顔に、私は少し迷った後に頷いた。整理する意味でも誰かに話すのはいいかもしれないと思ったから。
◇
だったのだけど、昨夜のことだけを話そうとしたら、事情がよくわからないからと言われて、火曜日の私の誕生日の食事会のことから話すことになった。
おかげで、ところどころで融の機嫌が悪くなった。曰く……。
「へえ~、ねえさんの誕生日の食事なのに、昇進の打診に浮かれて暴言を吐いて台なしにしたんだね。そいつは!」
「えーと、その時はそうなんだけど、私も事情は知らなくて……」
「ね・え・さ・ん・の! 誕生日の日、だったんだろ!」
「はい、そうです」
「ふ~ん、傷心の姉さんに付け込んで手籠めにしたと」
「いや、手籠めにされたわけじゃ……(ギロッと睨まれて)なんでもないです」
「ねえさん、言いたくないけど、動けなくされたなんて言わないでくれないか」
「融が話せって……いえ、なんでも、ないです!」
「ちょっと待てよ。それって越権行為じゃないのか? 課長もそうだけど、社長の親族でも今の立場は主任なんだろ」
「あー、だよね。私も昼間に考えていて、そんな気がしてたのよ」
「で、なんで八年前のことが、そうなってんの? 調べたって何を?」
「だよね、だよねえ」
「ちゃんと調べたのなら、悪行はあの女がおこなってたってわかっただろう。大学にまで来たのなら、なんでねえさんに会わなかった? というかさ、片方の言い分だけを聞いて信じるってどうよ」
うん。それは私も思った。探してくれていたことは嬉しかったけど、ならなぜ会ってくれなかったんだろう。
「可能性があるとしたら、あの事件の時なんだろうね。ねえさんは二か月大学に行けなかったから、その間に来たのなら会えなくて仕方がなかっただろうし」
「そう思う。けど……それでもさぁ、一緒に働いた仲だったのよ。その私じゃなくて、一見可愛らしい姿の嘘つき女のほうの言葉を信じたなんてねぇ」
ため息交じりにそういえば、融は気遣わしい視線を向けてきた。それからゆっくりと動くと私の頭を抱えるようにして抱きしめてきた。
「と、融?」
「泣いていいよ、ねえさん。ごめん、辛いことを話させて」
そう言うと、ゆっくりと背中をポンポンと軽く叩きだした。
優しく一定のリズムで叩く動きに、強張っていた心が解けていく。
それと共にじわりと涙が込み上げてきた。
目を瞑った私の脳裏に様々な悠介さんが浮かんできた。
なんで?
ねえ、なんで、あんな女の言葉を信じたの?
私だって自分の名前を名乗りたかったよ。
でも、事情があったんだから仕方がないじゃない。
偽名を使っていたという、たったそれだけのことが許さないと思われたのなら、どうしようもないけど……。
あの時から……信用も信頼もされていなかったのね。
気がついた事実に涙が溢れて嗚咽が漏れる。
「もう一度……会いたかったの」
「うん」
「好き……だったの」
「……うん」
「嘘……ついた……のが、悪かった……のかな」
しゃくりあげながら思いつくままに言っていく。
「嘘って?」
「本当……は、つき合った……人はいない……ってこと」
「ああっ。でもあれはかわいい嘘だろ」
「でも……」
「惚れてたんなら、過去の恋愛ごと受け止めろって! だから、樹里亜は気にしなくていいんだよ」




