10 指示を出したのは……
私のことを見つめていた悠介さんは、ふう~と息を吐きだすと、まるで降参だというように両手を肩まで上げた。
「樹里亜は鋭いということを忘れていたよ」
「それじゃあ、話してくれるんですね」
「ああ。どっちにしろ、話すつもりではいたからな」
表情からその言葉に嘘はないと分かったので、私は椅子から立ち上がりながら言った。
「それでしたら着替えてお風呂に入ってきてください。その間に夕食を作っちゃいますから」
「今から作るんじゃ大変だろう。どこかに食べに行くか」
「いいえ、大丈夫です。下準備は出来ているので、三十分あれば出来上がります」
私の返答に悠介さんは口を開けて何か言いかけて、何も言わずに口を閉じた。そして「わかった」と言ってリビングを出て行った。
それを見送った私は小さく息を吐きだして、キッチンへと向かったのだった。
◇
作っておいたスープを温め、メインのシャケのムニエルを焼き、付け合わせとして用意していたジャーマン風ポテトを添える。サラダを冷蔵庫から取り出し、他にも小鉢をいくつかだしてテーブルに並べた。
お風呂から出た悠介さんは「うまそう」などと言ってくれたけど、私から冷たい視線を向けられて、黙って食事をした。
気まずい雰囲気で食事は終わり、片づけはやってくれるというので、その言葉に甘えて私はソファーに座っていた。
コーヒーの香りと共にこちらに来た悠介さんは、私の前にマグカップを置いた。
「ありがとう」
「いや」
私の向かいのソファーに座った悠介さんは気まずそうに眼を逸らした。
まあ、こんなふうにじっと見つめられたら居心地が悪いだろうと思うけどね。
「それで、少しこみ入った話になるのだが、いいか」
「ええ、構わないです。でもその前に一つ聞きたいんだけど」
「ああ、何でも聞いてくれ」
「今日、私が出掛けられないようにとしたのって、誰かからの指示だったの?」
私の言葉に悠介さんは息をのんで、目を見開いた。
「どうしてそう思ったんだ」
「なんとなくの勘なんだけど……でも、普段の主任との違和感が大きかったからですね」
そう答えたら、悠介さんはローテーブルに肘をついた拳に頭を当てるようにした。
「やっぱり課長の言う通りだったな。佐野には小細工は効かないって」
課長という言葉に、私は納得がいった。というよりもその可能性が一番大きかったのだけど。
「課長はなんと?」
「ああ。……いや、それに答える前に、時系列順に説明をした方が分かり易いな」
「時系列?」
「疑問に思うだろうが、まずはこちらの話を聞いてくれ。だがその前に佐野はうちの会社の創立のことを覚えているか」
「もちろんですよ。我が社は五人の方が集まって会社を作られましたよね。その最初の五人にちなんで『五石商事』と名付けました」
「そうだ。それなら社長に関することも覚えているだろう」
「ええ。いまの社長は初代社長の孫になりますが、六代目の社長になるんですよね」
「そうだ。ちゃんと社史を知っているとはすばらしい」
悠介さんは大袈裟に褒めてくれるけど、こういうことは社員として当然のことだと思う。
◇
五石商事は先ほど言ったように、五人の人物が集まって作った会社だ。ある物作りに特化した人が、自分が作ったものを良いように使われそうになって、信用が置ける友人四人に声を掛けて会社を興したという。
五人それぞれの得意分野が違ったことにより、スムーズに会社運営ができたそうだ。
二代目社長になったのは営業を得意とした人。初代社長が病に倒れたため、急遽就任した。
二代目は自分より会社に貢献しているからと、会社を作るきっかけになった人に社長の座を譲ろうとしたが、彼から拒絶をされた。理由は会社を作る時に自分が言ったことだと彼は言った。
それは『おいらは物を作りたい。それに価値を見出されることはうれしい。だけど、勝手に承諾なく使われるのは我慢できないんだ。だから、君たちにお願いする。おいらと一緒に会社を立ち上げて、おいらを助けてくれないか。君たちの得意分野は違うだろう。それぞれが出来ることをやっていけば、上手いこと会社が回ると思うんだ』というものだった。
これは会社のパンフレットにも記載されている。
◇
私が社史に書かれていた、会社立ち上げの時に初代工場長及び開発担当部長の言葉を、一語一句間違いなく言えば、主任は重々しく頷いた。
「そう。それでわかるように、我が社の社長は世襲制にはなっていない。だが、社長の座が嫌だった二代目は初代社長の息子を鍛え上げて、三代目に押しあげた。三代目は期待通りに社長として過ごされたが、五十代になろうとした時に事故により半身不随となられてしまった。二代目同様、急遽四代目社長になられたのは、当時副社長をしていた方だった。その方は会社創立メンバーのお一人の息子だった。この方は不況の時代の社長で、かの方のおかげで会社は存続できたといわれている」
主任の言葉に私は頷いた。それを見て、彼は再び口を開いた。
「そしてその後を継いだ五代目の社長は、会社の創立には関わっていない、一般から入社をした人だった。彼は六代目となる人を教え導いた人だった。本人は六代目が育つまでの中継ぎのつもりでいたらしい、ということは有名な話だよな」




