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魔女の家  作者: 三里志野
13/14

番外編 「魔女の家」

「魔女の家を王宮に移すことは可能でしょうか?」


 執務の休憩中、並んで庭を歩いていたリベルトが唐突に言った。


「は?」


 ジェレミアはいったい何を言い出したのかと弟に視線を向けたが、リベルトは真剣な顔で前方を見つめていた。

 そこにはちょうど魔女の家がすっぽり収まるくらいの草地が広がっている。


「もちろん金と時間と手間をかければ技術的には可能だろうな。ただし、そうやってわざわざあの古い家を移築するとなればあちこちから反発が出るだろう。その大部分はおまえではなくヴェロニカに向かう」


 リベルトは兄を見て再び尋ねた。


「金も時間も手間もかからなくて反発が出ない方法は?」


「ない」


 リベルトは大仰に肩を落とした。


「ヴェロニカに頼まれたのか?」


 そんなはずがないとわかっていて、ジェレミアは尋ねた。


「私が勝手に考えただけです。ヴェロニカがあの家を『居心地の良い我が家だ』と言っていたので」


「おまえが移築を口にした時点で固辞すると思うぞ」


「……ですよね」


 リベルトは少しだけ拗ねたように表情を歪めてから嘆息した。


「どうしたらヴェロニカは戻ってきてくれるのでしょうか?」


「本人には伝えたのか?」


「返事はまだですが」


「まあ、ヴェロニカにしたら、昔と今とでは王宮で暮らす意味が違うだろうからな」


 ヴェロニカがリベルトの婚約者になる予定だったことは話したはずだが忘れてしまったのだろうかと、ジェレミアは弟の顔を見つめながら考えた。

 が、リベルトはきっぱりと言った。


「そうでなければ困ります」


「つまり、おまえはヴェロニカに求婚している自覚があるんだな?」


「もちろんです」


「それなら、ヴェロニカが簡単には決断できない気持ちを理解して待ってやれ」


「いくらだって待つと言いたいところですけど、私にはヴェロニカと過ごす時間がまったく足りないんです」


 リベルトはジェレミアをキッと睨んだ。

 ジェレミアが先月結婚してマリアンヌと一緒に暮らしはじめたことを羨んでいるのだろう。




 あれ以来、リベルトは執務の合間を縫って週に2回ほどヴェロニカに会いに行っていた。


 魔女の家は王宮から近いとは言えず、滞在時間よりそこまでの片道にかかる時間のほうが長いことがほとんどのようだ。

 今日だって、もう少し時間があれば兄と散歩などせずに、ヴェロニカに会いに行っていたのだろう。

 本人はともかくリベルトの護衛たちには苦労なことだが、この6年リベルトが纏い続けていた翳りがすっかり晴れたことを思えば、弟を止める気にはならなかった。


 とはいえ、ふたりが再会してまだ4か月なのだ。焦る必要はない。


 それに、ヴェロニカはヴェロニカで確実に変化している。

 リベルトと一緒に魔女の家から出掛けるようになったのだ。


 最初の外出ではヴェロニカにドレスを贈りたいと考えていたリベルトは、ヴェロニカがきちんと貴族令嬢らしいドレスを纏って現れたので愕然としたらしい。

 いつか着る機会があるはずだとヴェロニカにドレスを贈っていたのも、もちろん母だ。


 ジェレミアとマリアンヌがどんなに言っても頑として断っていた結婚式への出席も、リベルトの説得で決めた。末席ではあったが。

 その時のヴェロニカのドレスは、念願かなってリベルトが贈った。

 ヴェロニカの顔はあまり知られていなかったし、会ったことがあっても赤髪の印象が強かったので、彼女が第一王子の異父姉だと気づいた者はほとんどいなかったようだ。

 だが、第二王子にエスコートされ、第二王子の髪色を連想させる赤いドレスを纏った女性が注目を浴びないわけがない。当人たちは気づいていなかったが。

 ちなみに、リベルトがヴェロニカの元の髪色からそのドレスを選んだこと、そして本当はヴェロニカに自分の瞳の色のドレスを着てほしかったのだが、この日の主役の一方であるジェレミアの瞳も同じ色なので断念したことは家族しか知らない。


 式の直前には、ヴェロニカは父母とも6年ぶりに会い、言葉を交わした。

 父と母はどこか安心した表情をしていた。

 ヴェロニカの健やかな様子はもちろんだが、リベルトとヴェロニカが落ち着くべきところに落ち着きそうだと感じたことが大きいに違いない。




「そう言えば、魔女の家の由来やヴェロニカの先祖についてはもう聞いたのか?」


「いいえ。何せ時間が足りないので」


 ジェレミアは、ますますむくれて見せたリベルトに構わず尋ねた。


「どうしてあの家が『魔女の家』と呼ばれていると思う?」


「ヴェロニカが棲んでいるからではないのですか?」


「逆だ。魔女の家に棲んでいるからヴェロニカは魔女と呼ばれる。あの家はヴェロニカが祖父から受け継いだものだが、祖父の祖母までは代々あの家で平民として暮らしていた。祖父の祖母が貴族に見初められ、生まれた娘がクリオーネ家に嫁いだんだ」


 興味を引かれたらしいリベルトが機嫌を直してコクリと頷いたので、ジェレミアは続けた。


「さらに先祖を数百年遡ると、例の魔女に辿り着く。魔女が暮らしていたから、『魔女の家』だ」


「それって、あの王太子を誑かして王弟に断罪された魔女のことですか? ヴェロニカは魔女の子孫なんですか? というか、魔女には子どもがいたんですか?」


「数百年も前のことだから何が事実かはもう曖昧だが、様々な史料を調べて推測すると、魔女が王太子を誑かして王弟に断罪されたというのは作り話だ」


「でも、歴史の授業でもそう習いましたよ」


「私たちは王弟の子孫だ。どこかの時点で先祖に都合の良い話を史実にしたのだろう」


 そもそも、魔女ーーと後に呼ばれることになる、飛び抜けた魔力を持つ貴族令嬢を最初に見つけたのは王弟だった。


 当時の国王は病弱で、唯一の子である王太子はまだ若く、国政において王弟が不可欠な存在になっていた。

 自分こそ王になるべきと思いはじめた王弟は令嬢を利用して王位を得ようと、彼女を王太子に近づけた。


 しかし、王太子と令嬢は恋に落ちてしまった。

 このままでは自分の立場が危ういと考えた王弟は、令嬢を国を乗っ取ろうとする魔女だと告発した。

 令嬢は自身の魔力で王宮を守る結界を張ることで身の潔白を訴えた後、王宮から姿を消した。

 王太子はすべてを捨てて彼女を追った。


 令嬢に結界の代償を払ったことで健康を取り戻した国王の治世は長く続き、王弟が王位に就くことはなかったが、その息子が次の王になった。


「つまり、世が世なら王位継承権を持つのはヴェロニカだったのですね」


「いや、その王太子が王位を継いで魔女が王妃になっていたとしたら、そこから先の家系図は今とまったく違っていただろうから、ヴェロニカもおまえや私も生まれていなかったんじゃないか」


「ああ、そうか」


「ともかく、平民としてあの家で暮らしはじめた元王太子と魔女は、それぞれが持つ魔力や知識を近所の者たちのために使い、ふたりの子孫もそれに倣ってきた」


 ヴェロニカの曾祖母や祖父が魔女の家で暮らすことはなかったが、近所との交流は続けた。

 魔女の家を受け継ぐというのは、そういうものまで引っくるめてということなのだろう。


「だから、あのあたりの者たちにとって魔女の家は心の拠り所であり、そこに棲む魔女は敬うべき存在なんだ」


「そういう意味でも、魔女の家は動かすべきじゃないってことですね」


「そうだ」


「いっそのこと、私が魔女の家に棲めばいいのかな。あそこは確かに居心地が良いし」


「それもヴェロニカは拒否するだろ」


「わかってます。言ってみただけです」


 王子としての責任を理解しているリベルトが数百年前の王太子を真似るはずないのは、ジェレミアもわかっていた。


「おまえが魔女の家を居心地良く思うのは、そこにヴェロニカがいるからだろ。それと同じで、ヴェロニカだっておまえの傍は居心地が良いはずだ」


「そうでしょうか」


「でなければ、とっくに求婚を断っているさ」


 リベルトがいまいち自信を持てないのは、一緒に暮らしていた間にヴェロニカと積み上げたほとんどを覚えていないからだろうか。

 だが、それでもリベルトはヴェロニカに手を伸ばしたのだ。

 あの1年の記憶をふたり分抱えてきたヴェロニカがリベルトの手を取るのは時間の問題だとジェレミアは思っている。

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