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 あの日、学生にとっての一番の幸福の期間――夏休みと言う長期休みのあの日。

 幸福であるはずの夏休みを、最悪の夏休みに変えた出来事。


 僕と瑠美は、近所の子供たちを連れて近くの川へと遊びに来ていた。

 毎年、この時期になれば僕と瑠美を含め、子供たちは子供たちだけで川に遊びに行くのだ。一番年長の、僕と瑠美が子供らの保護者代わりに。

 これは、その日の出来事だった――




 □□□□





 燦燦と輝く太陽。その何もかもを焼こうと降り注ぐ日光は、不規則に揺れる水面に当たって、乱反射する。それによって、水面がギラギラと輝いている。

 そんな川のほとりで、僕は独り、五人の天真爛漫な子供たちを落ち着く様にと諭していた。


「あ! 蝶々!! 蝶々だ!!」

「え、何処? ねえ、何処?」


「おい! 落ち着けお前ら! 怪我して怒られるのは僕なんだぞ!!」


 子供たちは、僕が何を言おうとそれが聞こえていないかのように、川辺を駆けている。日光で皮膚が焼かれる中、僕は必死に子供たちの面倒を見る。


「おい! あんま遠くに行くな! そこッ石を投げない!! ちょ!? こらッ水着を引っ張るな! 脱げる!!」


 好奇心が服を着て歩いているような年ごろの子供。それが友達同士で集まって、更に川を目の前にしてはしゃぐなと言う方が無茶だろう。そんな子供たちは、川に入る前からこの騒ぎだ。僕は、へとへとになりながら、瑠美がまだ来ないのかと辟易していた。

 くそう……瑠美が居れば……あいつならこいつらも魔法がかかったように素直に言うことを聞くのに……。

 瑠美は今、この村から二駅先にある学校に行っている。あいつが入っている吹奏楽部の練習のためだ。近いうちに、大きなコンクールがあるらしい。僕にも観に来いと言っていたが、どうしようか。

 瑠美は昼過ぎには帰ってくると言っていた為、もう少しでアイツも帰ってくるとは思うが……それまでは僕一人でこの元気の魔物達の子守をしなければならない……。


「お、おい! 水草食うな!! 腹壊すぞ!?」


 僕がこいつらくらいの時、こんなにも底なしの体力だったっけ!? 

 そんなこんなでアタフタしていると、遠くの方から風に乗って微かに声が聞こえてきた。


「おーい、大丈夫ー?」


 僕は弾かれたように、その方向を見る。

 そこには、画工指定のセーラー服を着た瑠美が、片手を大きく振りながら、こちらに向かって走ってきていた。

 僕はその瞬間、救世主が現れたような気持ちになった。

 

 少し息を切らした瑠美に、僕は顔を顰めて、文句を垂れる。


「遅いよ。本当に疲れた……」

「ごめんごめん。ミーティングが長引いちゃってさ、電車一本逃しちゃって……これでも、出来るだけ早く来たんだよ?」


 瑠美は、ポケットから取り出したハンカチで、汗を拭いながら、笑って謝る。そんな瑠美の姿を見ながら、僕は疑問を口に出した。


「て、あれ? 一回家に帰らなかったの? その肩に背負っているやつ、トランペットだろ?」


 学校指定の鞄と、もう一つ、黒い特殊な形をしたケースを背負っていた。

 

「うん。返らずに、直接駅から走って来たからね。君は子供の扱い下手だから、今頃困ってるだろうなって思ってさ」


 そう言いながらも、瑠美は子供たちの相手をしている。

 流石だ。と言うよりも、僕と瑠美で子供たちの態度が変わり過ぎだと思う。瑠美の言う事は素直に聞いているのだ。

 僕は、瑠美の姿を見て言った。


「あれ、水着は? 泳がないのか?」

「うん。学校に持っていくの忘れちゃって、家にも帰ってないから水着無いんだ。……もしかして、私の水着姿が見られなくて、残念?」

「ち、ちち違うよっ。単純に、気になっただけで……」


 瑠美がにやにやと意地の悪い笑みを浮かべながら、僕の顔を覗き込んできた。

 僕の耳に、囁くように言った。


「もう、素直じゃないなあ。君は」


 僕は自分の顔が熱を帯びていくのを確かに感じながら、顔を背ける。

 瑠美は、「まあ」と言って続ける。


「もともと、水着があっても泳ぐ気は無かったしね。私、泳ぎが苦手なんだ。だから、靴下を脱いで、足を水に浸けるだけにするよー」


 瑠美が、子供たちを相手にしているのを見ながら、僕達は雑談を繰り返していた。

 心なしか、天頂で輝く太陽の光が強くなり始めた様な気がした。ちりちりと肌を直射日光が焼いて、「ああ、風呂に入るの地獄だろうな」と思った。

 と、その時だった。


 プルルルルルル……プルルルルルル……プルルルルルル……


 日陰に置いてあった僕の携帯電話が、鳴り出したのだ。

 僕は立ち上がる。


「ごめん。電話だ。ちょっと出てくるね」

「うん」


 携帯電話の所まで駆け足で行き、拾い上げてディスプレイを見た。『母』と表示されているのを確認し、通話ボタンを押し込んで、携帯電話を耳に当てた。


「もしもし、どうした? かーちゃん」

『今さっき、スイカを貰ったんや。子供たちと食べる?」


 スピーカーを通した母の声は少し違和感がある。

 僕は、相手に見えないのにもかかわらず、小さく頷いて言う。


「あー、うん」

『じゃあ、家まで取りに来な。台所のテーブルに置いとるきん。勝手に持っていき』

「りょーかい」

 

 僕は携帯電話を耳から離し、通話を切った。

 振り返って、子供たちに腕を引っ張られていた瑠美に言う。


「ちょっと、家まで帰るから、子供たち頼んでもいい? 直ぐに帰ってくるつもりだけど」

「うん。いいよ。撒かせて!」


 瑠美はセーラー服に隠された小さな胸を張って言った。

 僕は頷く。


「じゃあ、行ってくる」


 




 □□□□






 家に戻った僕は、二人が居る居間には顔を出さず、そのまま台所に向かってスイカを担ぎ、自分の部屋によって再び家を出た。

 右手にはスイカを。

 左手には木刀を握りしめている。

 子供たちにスイカ割でもさせてあげようと言う、僕のささやかで、粋な計らいだ。スイカ割と言うのは名前こそ有名だが、実際に、棒切れでスイカを殴ったことのある人はあまりいないんじゃないかと思う。


「ふふふ」


 子供たちが喜んでいる姿を想像しながら歩いていると、前方から水着姿の女の子が走ってきているのが見えた。女の子は確か、美望(みえ)ちゃんと言う名前だったと思う。

 美望ちゃんは、懸命に走りながら僕に向かって何かを叫んだ。


「お兄ちゃん! 花ちゃんがッ花ちゃんが!!」


 僕は、そのあまりの必死さに、ただならぬものを感じて、美望ちゃんへと駆け寄っていった。


「どうしたの!?」


 美望ちゃんの小さな背中に手をやって問う。少女は僕の顔をうるんだ瞳で見上げると泣きそうな声で言う。


「あのねっ、あのねっ瑠美お姉ちゃんが……瑠美お姉ちゃんがねっ」


 そこまで言うと、美望ちゃんは箍が外れたように目尻から涙の雫をこぼし始めた。その場に座り込んで、両手で目を押さえて、わんわん声をあげて泣き始める。

 

 ――瑠美に何があったんだ?


 それを訊きだそうとしたが、しかし、目の前の号泣少女からはこれ以上何も訊きだせないなと悟り、僕は立ち上がった。

 何か、良くないことが起こっていると言うのに、それでも太陽はその輝きを増し、そして蝉たちの合唱も盛り上がっていく。

 僕達を嘲笑うかのように、無慈悲に、そして陽気に、僕達を包み込んでしまう。

 僕は美望ちゃんに「落ち着いたらでいいから、川に戻ってきてね」と言い、その後荷物となるスイカと木刀を道の端、塀の日陰に寄せて置いた。

 そして、何かがあったらしい川に向かって駆け出した。

 走りにくいので途中でビーチサンダルを脱ぎ手に持って、川を目指す。


「はあ……はあ……」


 川までの距離は歩いて数分程近いだが、それでも全力で走れば息が乱れる。頭部から落ちてくる汗を乱暴に拭う。

 何度か角を曲がると一気に視界が開け、視界の全てを空の群青と、川の淡青の輝きが支配した。すぐそこには青々とした芝生の生えた土手があり、その土手の斜面を下った二メートル程の所にごろごろとした砂利の転がる川のほとりがある。そして、その向こうに川が流れている。

 川のほとりには数人の子供が居て、何かを囲むように立っていた。その中で一番初めに目についた少年――将太に向かって声を張り上げた。からからに乾いた口内が、喉が、ずきんっと痛む。


「将太ぁ! 何がっ、何があったんだ!!」


 言いながら、土手を駆け下り、ビーチサンダルを投げ出してそれをつっかけて砂利の上を走る。

 将太は、弾かれたように僕の方を見た。その目には涙が浮かんでいた。駆け寄っていく僕に向かって将太は叫び返す。


「お、お兄ちゃん……っ! 花ちゃんが……花ちゃんがあっ!!」


 将太たちに近づいて行くと、子供たちに囲まれたその中央でペタリと地面に座り込んでいる少女が見えた。座り込んでいる少女は花ちゃんと言う名前の大人しい子だ。今は顔を真っ赤にして肩で息をしている。


「どうしたんだ!? 何があったんだよ」


 子供たちの元まで行き、再び問う。今度は将太だけではなく、ここにいる子供たち全員に向けてだ。

 しかし、今回も将太が答えた。


「さっきねっ、花ちゃんがっ、花ちゃんが溺れちゃったんだっ。それで瑠美姉ちゃんが川に飛び込んでねっ、そしてね、瑠美姉ちゃんは花ちゃんを助けてくれたんだけどっ代わりに瑠美姉ちゃんが溺れちゃってっ……」


 将太は、言いながら段々とパニックになっていく。

 今にも泣きだしそうになっている将太はそこまで話すと、気管になにかを詰まらせているかのようにぐぅぐぅと言うだけになった。


「瑠美……が……溺れた……?」


 僕は目を見開き、目の前の川を眺める。

 川は、今さっき人一人を飲み込んだとは思えないほど美しく輝いていた。

 吐き気を催すほどに――

 いっそグロテスクなほどに――


 ――美しかった。






 □□□□



 



 向こう岸まで、目測二十メートル程だろうか。向こう岸は、再び土手が作られていてその上には田んぼが広がっている。

 この川は今僕達が立っている川のほとりから、上流と下流それぞれ十五メートずつ、合計三十メートル程が浅くなっている。一番深い所でも、精々一メートルほどの深さしかない。

 しかし、その三十メートル程以外はかなり深くなっている。僕はクラスの中でも比較的長身なのだが、それでも場所によっては足が着かない場所があるほどだ。

 山が真横にある影響で流れはかなり速い。それ故に深い所では、たとえ足が着いたところで水泳選手並みの泳ぎの技術がなければ、その水流に流されてしまうだろう。

 そんな川に、泳ぎが苦手と言っていた瑠美が飛び込んだ。それだけでも、かなり危険な行為だと言うのに、その上セーラー服を着たまま飛び込んだらしい。その証拠に何処にも脱ぎ散らかしているセーラー服が見えなかった。

 そんな瑠美がこの川に飛び込んで、無事ではないことは想像に難くないだろう。子供たちは、瑠美が溺れたと言っているのだ。


「……助けを、助けを呼ばないと」


 そうだ、ぼうっとしている場合じゃない。一刻も早く誰かを呼ばないとっ!

 やっと我に返った僕は、将太に向き直った。将太はまだパニックになっているのか涙目でオロオロとしていた。そんな将太に、まだ苦しそうに咳き込んでいる花ちゃんを任せ、駆け出した。

 土手を駆けあがり、周囲に素早く視線を走らせ、一番初めに目についた民家に駆け込んでいく。表札には「佐藤」と書いてあった。

 自分で110番しようかとも思ったが、しかし、今の自分にまともに説明できるとは思えなかったので、大人に頼ることにしたのだ。

 インターホンを押すのももどかしく思い、玄関の扉を力任せに叩く。

 

 ――頼むっ! 誰か、誰か出て来てくれっ!


 すりガラスの嵌められている引き戸の玄関は、ガシャガシャと耳障りの音を響かせた。割れないようにと力加減をする余裕なんて残っていなかった。

 少しして、バタバタと足音を響かせて近づいてきた。すりガラスに、背の低い丸いフォルムの影が映った。扉が開かれる。

 

「なんですかっ騒がしい――」


 でてきた女性は眉間に皺をよせ、あからさまに不愉快な態度を見せたが直ぐに僕の様子を見て、ただ事ではないと察したようだ。取り敢えず話を聞いてくれた。

 半ばパニック状態の僕のまくし立てるような話を直ぐに理解した佐藤さんは、慌てて家の中に戻り、警察に電話を掛けてくれた。

 そのまま警察への連絡は佐藤さんに任せ、僕は川に戻る。そのまま瑠美が流されていったであろう下流に向かって駆け出した。

 太陽は、既に西の空の低い場所で浮かんでいる。まだ辛うじて空は青色を保っているが、それも時間の問題だろう。

 僕は、走っていく。

 川に視線を向けながら――走っていく。


 何処かで、瑠美が見つかるかもしれないと言う希望を胸に、走っていく。







 □□□□






 結局瑠美は見つからず、川は雑木林にぶつかった。そこで僕は脚を止め、暫く突っ立っていた。

 雑木林の中を流れる川は、とてもじゃないが追跡が出来そうもなかったからだ。やがて、僕はゆっくりと踵を返し、元来た道をトボトボと歩いて戻っていく。

 頭の中は、真っ白だった。

 何も、考えられない。

 ただ、足元を見つめながら、足だけを動かした。

 気が付くと子供たちが居る川に戻っていた。しかし、まだ警察は来ていない様だった。やっと回復した花ちゃんは、僕の姿を見るなり顔をそらした。

 それが、自分の代わりに瑠美が溺れたことによる罪悪感からか、それとも僕の様子がおかしかったからか。それとも――両方か、それは分からない。

 佐藤さんは子供たちの子守をしながら、「大丈夫だからね」と繰り返していた。僕はその様子を土手に腰かけて、ぼうっと眺めた。

 僕が戻ってきてから、およそ一時間程の時間でサイレンが聞こえてきた。

 土手の上にパトカーと救急車、そして特別救助隊の乗る救助工作車が到着した。

 しかしその頃には、太陽は夕日を通り越して完全に沈んでしまっていた。辺りは蒸し暑い夜の帳が降りている。

 そして、通報からかなり時間が経っているという事もあり、生きている可能性は低いと判断したのか、少しだけ捜索した後は、引き揚げていった。

 捜索は明日の早朝にすると言い残して。


 子供たちの親には、僕から連絡をして迎えに来てもらった。

 迎えに来た親たちには、全て説明し、帰ってもらった。 

 親たちは、瑠美のことを心配している表情と、瑠美に起こったことが自分の子どもじゃなくて良かったといった二つの表情をしていた。

 しかし、言葉では前者のことをわざとらしいくらいに感情を込めて言い、そして嘆きながら踵を返し、帰って行った。

 それが、本来の人間の姿だと分かっていても、僕は無性に腹が立った。

 しかし、彼らを責めることは出来ない。いくら親しい仲だとしても、血がつながっていなければどうしても他人なのだ。どんな善人だって、我が子の方が大事だろう。

 この場で、自分の子ども達の心配ではなく、瑠美のことを本気で悲しむことが出来る方が、人間として失敗作なのだ。

 でも、それが分かっていても、この子見上げる感情は消えなかった。必死に唇を噛みしめて耐える。

 

 子供たちが全員帰って行き、特別救助達の人たちも引き上げた頃、瑠美の両親がやって来た。佐藤さんが連絡をしてくれていたらしい。二人共仕事終わりなのか、それとも途中で抜け出してきたのかは分からないけれど、父親の方は緑色の作業着を、母親の方はスーツを着ていた。

 二人共、佐藤さんからは大雑把にしか説明を受けていない様だったので、僕は細かく事の経緯を説明した。

 父親の方は険しい表情で黙って聞き、母親は途中で崩れ落ちて泣き始めた。

 僕はそんな二人に、何度も何度も頭を下げ、「すみません。すみません」と謝った。しかし、瑠美の母親は、泣きながらも僕に向かって優しい声音でいい諭した。


「あなたのせいじゃない」


 そう言って、僕のことを責めなかった。

 責めてはくれなかった。

 父親も、優しかった。僕の肩に手を置いて、言う。


「辛いとは思うが、落ち込まないでくれ」


 あなたの方が辛いはずだとは言えなかった。目尻に浮かんでいる涙を見た僕は、黙るしかなかった。

 優しさと言う刃が僕を貫くように、その気持ちが痛かった。

 いっそ、僕の所為だと怒鳴り、馬乗りになって気絶するまで殴ってくれた方が、まだ楽なのに。そう思った。


 誰も居なくなった川のほとりに突っ立っている僕は、気が付くと拳の筋肉が硬直するほどに握りしめていた。爪が、皮膚を貫き、血が滲んでいた。

 僕は、家に帰った。そして、寝た。






 □□□□





 次の日、瑠美は見つかった。

 瑠美は、助からなかった。


 瑠美が溺れた場所から約一キロ下流へ下ったところ、この村と隣の村との境界線辺りで、川の脇に生えていた木の枝に引っかかっていたらしい。

 足首には水草が巻き付いていて、その所為で川の中に引きずり込まれていたようだ。

 それを聞いたとき、だから、昨日は見つからなかったんだと思った。


 川の中で水草で動きを封じられ、窒息した後も水面には上がってこれなかった。どれほど、苦しかったんだろうと想像しようとしたが、貧血で倒れそうになったのでやめた。

 一晩中、水中で水の流れに揺られ、朝方にその水草の根っこが千切れたか、引っこ抜けたかしたんだろう。

 僕はその報告を瑠美の母親から電話で聞き、その後は部屋に戻ってベッドに寝転がり、毛布を頭から被って泣いた。

 

 慢心だった。

 そもそもの話、子供たちだけで川で遊ぶのが間違っていたんだ。

 川で遊ぶのが恒例行事となり始めた頃、初めの方は子供たちの親も見に来ていた。しかし、転んだり尖った石で切ったりなど、はあったものの大きな怪我はなく、僕も瑠美も高校生だという事でいつしか親たちは来なくなった。

 そして、今回のことが起こった。

 起こって、しまった。


 瑠美が見つかって、直ぐに通夜があった。僕も勿論呼ばれたが、顔は出さなかった。

 瑠美の変わり果てた姿を見たくなかったからだ。

 その翌日には葬式が行われた。その頃には何とか人前に出ることが出来る程度には回復したため、僕も制服を着て参列した。

 瑠美が自らの命と引き換えに助けた花ちゃんの家族は、土下座をする勢いで瑠美の両親に頭を下げていた。

 それを眺めながら、拳を握りしめた。

 結局、瑠美が骨壺に入る最後の瞬間まで、その顔を見ることは出来なかった。






 □□□□





 

 瑠美が死んでから、一年が経った。

 僕は高校を卒業し、県外の企業に内定を貰った。

 もともと僕には将来の夢なんてものはなく、ただ漠然と、地元で親の仕事を手伝うか適当な大学にでも行くんだろうなと思っていた。

 けれど、瑠美が死んでから、僕は今までは大嫌いだった勉強に精を出し、底辺を彷徨っていた成績を一気に中の上までのしあげた。

 成績の悪い高卒など、雇ってくれるところは少ないからだ。


 僕がここまでした理由は、ひとえにこの村を出ていくためだ。

 この村には、いや、この近くの村や町には瑠美との思い出が数多に転がっている。

 その近くを通るたびに、瑠美のことを思い出す。瑠美が死んだ日の夜のあの喪失感が、胸の中を蝕んでいくのだ。

 心に空いてある穴が、

 今まで瑠美で埋まっていた穴が、

 古傷が開くようにぽっかりと空く。それが耐えられなかった。

 逃げていることのなんてわかっている。だけど、それでも僕は耐えられなかったんだ。


 村を出ていく日の早朝。

 僕は瑠美の墓の前に立っていた。

 村から出ていく前に、せめて、最後に挨拶を。そう思ったからだ。

 心が、張り裂けそうになりながら。


 手を合わせて、線香をあげ、踵を返す。

 立ち去ろうと一歩踏み出したその、瞬間だった――――


「私、待ってるよ」


 僕は弾かれたように背後を振り返った。

 そこには――セーラー服を着た瑠美が、満面の笑みで立っていた。


「――ど、どうして……」


 瑠美は、僕の問いには答えない。


「君は、また会いに来てくれる。今のは最後の挨拶だったのかもしれないけどさ、でも、君は来てくれる」


 ――――信じてる――――

 

 次に瞬きをした時には、もう瑠美の姿は見えなかった。

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