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朱色 上

 古ぼけた、電車の中。

 僕のキャリーバッグが、振動と共に跳ねている。

 僕の他に乗客はいない。他の車両は分からないが、僕の乗っているこの車両には人が居ない。腕を組んで、窓の外に視線を向けた。

 手前には青々と立派な稲たちが、電車の走る風でなびいている。奥の方には白く霞んだ背の高い山々が連なっている。その上には、これでもかと言う程に蒼く透き通った空がどこまでも広がっている。そして、そんな空の中に、ぷかぷかと浮かんでいる雲がある。

 太陽は、丁度真上にあるようだ。どこを見ても姿が見えなかった。しかし、それでも電車の中は暑かった。灼熱と言っても過言ではない程にだ。窓ははめ込んでいるために開かないし、冷房なんてそんな気の利いたものは付いていない。

 蒸し風呂状態だ。

 しかし、それでも電車の揺れと言うのは、睡魔を誘ってくる。

 僕は、窓の外を高速で流れていった、案山子を見た後、顔の向きを戻して目を閉じた。

 直ぐに、夢の世界へと意識を手放した。




□□□□




 僕は、ベンチに座っている。この村にある唯一の駄菓子屋の前にある、ペンキの禿げたベンチだ。僕の隣には、肩に触れるような距離でソーダ味のアイスキャンディーを舐める、セーラー服の女子が居る。

 額に汗を浮かべながら、目を細めてアイスキャンディーを舐めている。彼女は、ベンチに深く腰掛けている所為で、靴の裏が地面に届いていない。その足をぶらぶらとさせている。

 僕は、その様子を一瞥して、直ぐに自分の手に握っている、彼女と同じアイスキャンディーに視線を戻した。

 空は、いつも通りに輝いている。

 アイスキャンディーを一舐めた。

 甘ったるく、そして冷たかった。


 ――さん。

 ――――ん。

 



 

 □□□□




 

 ――――――――ん。


 ――――――――――――よ。


 ――――さん。終点ですよ。

 

 僕はゆっくりと目を開けた。ぼやけた視界で、声のする方を見る。そこには、きちんとアイロンの掛けられた真っ白いTシャツに、紺の帽子を被った人が居た。

 電車の車掌。

 若い男。

 男は言う。


「お客さん。終点ですよ」




 □□□□




 

 電車を降りて、やる気のない初老の駅員に切符を渡して駅を出た。

「う……」

 あまりの眩しさに、目を細めて掌で日陰を作る。古びた駅を出た瞬間に襲ってくるあまりの熱気、そして湿度。サウナの中にいるような感覚に陥ってしまう程の気温の高さだった。

 キャリーバッグから手を放して、身体を伸ばす。青臭い空気を胸いっぱいに吸い込んで、肺の中でグリグル回し、そして吐き出す。

 

 懐かしい匂い。

 懐かしい雰囲気。


 まだ、ここを出てから五年しか経っていないのにもかかわらず、何十年も離れていたような感慨に浸ってしまう。

 鼻の奥が、ツンっと痛くなる。我慢しなければ、涙がこぼれてしまいそうだ。

 後ろを振り返る。

 そこには、この村唯一の駅の建物がある。見ようによっては、廃墟にも見える程のぼろさ、黒く風化した壁には建物とは真反対の、生命力にあふれた青々とした太い蔓(何の植物かは分からない)が這いまわっている。

 建物を乗っ取ろうとしているような、そんな風にも見える。

 ズボンの後ろポケットから、ハンカチを取り出して滴る汗を拭った。こんな所に突っ立ってたら直ぐに倒れてしまう。僕は歩きだした。

 

 ひび割れたアスファルト。

 道の脇を流れる、澄んだ水。

 木製の電柱の根元から生えているよくわからない植物。

 司会の隅に映る、田んぼで何かの作業をする年老いた夫婦。僕の澄んでいる都会とは違って、田舎の年寄は強い。僕なんか、既にこの熱にねをあげているのにも関わらずだ。


 歩く。

 五年前とほとんど変わっていない道を、歩く。

 

 小屋の横を通り過ぎた。

 アイツと、学校帰りによく買い食いした駄菓子屋。電車の中でも夢を見た。

 でも、もう閉まっていた。

 通り過ぎる時に確認したが、風化した扉のガラスに、紙が貼られていた。『膝を壊したので店仕舞いすることになりました。ありがとうございました』と、そう書かれた紙は、既に黄ばんでいた。

 アイツとよく座ったベンチは、撤去されていた。

 

 変わらない村でも、変わることがある。

 何かが静かに変わるからこそ、それは変わらないのかもしれない。


 ハンカチを取り出す。汗を拭う。


 取り敢えず、目指すは実家だ。

 暫く世話になる実家。あそこは変わっていてほしくないな。

 そう思いながら、暑さで重い脚を、引きずって歩いた。

 ひび割れたアスファルトに、キャリーバッグが引っ掛かり、ガラガラと大きな音を立てる。耳障りだが、僕の他に人もいないので、このまま引きずることにする。

 

 ガラガラガラガラガラガラ、ガラガラガラガラ、ガッ、ガラガラガラガラガラガラガラガラ。





 □□□□





「……暑い」


 そう呟いて、僕は後悔した。より周囲の気温が増した気がする。

 ……本当に暑い。

 くそっこんなことなら面倒くさがらずに水筒を持ってくるんだった……

 そんな後悔を頭の中で繰り返しながら、周囲に視線を走らせる。しかし、僕の目的の物は見つからなかった。

 まあ、それもそうだろう。僕が学生の頃ですらも無かったのだ。より少子化が進んだこの村に、自動販売機を設置するもの好きなんて、そうそういないだろう。

 小さく溜息を吐いて、歩くのを再開する。

 ふと気が付いたが、蝉の声がする。

 ツクツクボウシと、クマゼミの声。子供の頃、嫌と言う程に聞いた声――歌声だ。

 毎回、蝉の声を聴く度に疑問に思うのだが、どうして蝉の声と言うのはここまで景色に溶け込むのだろうか? 鈴虫の澄んだ音色でさえ、意識しなくても聞こえてくると言うのに、蝉の声はそれとは逆に意識して、それを聞こうと思わなければ、聞こえてこない。

 音のくせに、景色に溶け込みやがって……毎度、僕はこの季節になる度にそう思うのだ。

 と、どうでもいいことを考えている内に、僕の実家が見えてきた。

 少しばかり元気を取り戻て、この身を焼く陽射しから逃げるように、僕は歩を進めた。





 □□□□





 ピンポーン。

 と、間抜けな音が、くすんだ引き戸の玄関の扉を貫いて聞こえてくる。

 一歩、二歩と後退り、目の前の民家を眺める。

 「田舎 民家」と画像検索すれば出てくるような、そんな見てくれの家。

 あの駅ほどではないにしろ、すっかり風化してしまった木造の平屋。他の雑草に埋もれてしまった、琵琶の木。玄関の横に置かれている、植物の植わっていない鉢植え。所々黒くなった、異音のする室外機。

 汚れ具合が増したぐらいで、ほとんど何も変わっていない。しいて上げるとすれば、琵琶の木の背が高くなったくらいだろうか。

 古びた、僕の家。

 暫く待っていると、突然扉の向こうから、ドタドタと言う足音が聞こえてきた。そして、少しハスキーな女性の声が聞こえてくる。


「はーい」


 そして、次の瞬間には、玄関の引き戸が勢いよく横にスライドする。

 ガラガラガラガラ。

 少し太った、背の低い女が顔を出した。


「どちらさ――あら、あんた! 遅かったじゃないの」


 女性――僕の母親――は、僕の顔を見るや否や、顔を綻ばせた。


「久しぶり。お袋」

「久しぶり――って、お袋なんて言っちゃって、昔はかーちゃんって呼んでたのに」

「僕だって、もう大人なんだよ。いつまでもかーちゃんなんて呼べるかよ」

「ふーん。そんなもんなの……まあ、取り敢えず上がりなさいよ。暑いでしょう」


 そう言うと、母は踵を返して家の中へと戻っていく。僕もその小さな背中を追って、家の中へと脚を踏み入れた。

 途端、懐かしい匂いが鼻腔をくすぐる。木特有の甘い匂いに畳の青臭い匂い、それに少しばかり線香の匂いが混ざっている。

 駅を出てから、ずっと懐かしいとばかり思っている気がする。

 靴を脱ぎ、来客用のスリッパを取り出してそれを履く。今まで転がして運んでいたキャリーバッグを持ち上げて、居間を目指す。

 ギ……ギ……と軋む廊下を渡り、玄関を抜けてすぐ右にあるトイレの扉を通り過ぎ、左側にある襖の前で足を止めた。所々に染みのある襖に手を掛け――


「これ……」


 襖に、くすんだ赤の線が付いていた。それをまじまじと観察する。それは僕が昔にクレヨンで落書きしたものだった。

 この襖、まだ使ってるんだ。

 

 襖を開けると、真っ先に目に飛び込んでくるのは、既に色褪せてしまっている薄茶色の畳だった。その上には、座椅子が一つ置かれていて、さらにその上には男が座っていた。

 禿頭の男――僕の父親だ。

 親父は、音量の絞ったテレビのニュースを眺めていた。母の姿は見えなかった。台所にお茶でも入れに行っているのだろう。

 親父は、首だけを僕の方へと向ける。

 僕は口を開いた。少しだけ言うのが恥ずかしい台詞を、舌の上で転がした。……どうしてこの言葉は、久々に言うとなると少し恥ずかしいのだろうか。

 しかし、そんな顔は見せないように努めつつ、僕は言った。


「久しぶり、親父。……た、ただいま」


 親父はムスッとした顔のまま、口を動かした。何でもないように言う。


「お帰り」





 □□□□






 お袋が運んできた、麦茶をコップ一杯受け取る。キンキンに冷えた、濃い茶色の液体。歪な形の氷が三つ、そして、コップには水滴が付いている。

 真夏の灼熱で火照った身体を、冷たいコップで手のひらから冷やす。

 暫く、手のひらで冷たさを楽しみ、コップの縁に唇を付ける。そしてコップを傾けて、香ばしい茶色の液体を喉へと流し込んだ。

 刺すように冷たいものが、喉を通る。頭が痛くなるほどの冷たさを感じながら、火照った身体を落ち着かせた。氷だけになったコップをお袋が、背の低いテーブルの上に置いたお盆の上に戻す。

 親父は黙って、座椅子に座ってテレビを眺めている。

 お袋は、綻びながらあれやこれやと僕を質問攻めにした。

 元気にやっているのか。

 仕事は順調か。

 おそらく雑談と思わしき事を聞か、僕は当たり障りのない事を答えた。僕が立ちあがろうとすると、母が最後に聞いてきた。


「あんた、彼女はおらんのな?」

「……居ないよ。今はまだ、つくろうとは思えない」

「あんたはあの娘一筋やけんな」


 キャリーバッグを持ち上げる。襖をあけて廊下へ出た。

 冷房の効いていた居間とは違い、廊下はサウナの如き熱を持っていた。引いていた汗が直ぐに滲み出てくる。今の向かいにある襖を開く。中はカーテンが閉められていて薄暗かった。六畳ほどの正方形の部屋。僕が昔使っていた部屋だ。昔使っていた、本棚などは無く唯一あるのはパイプベッドの骨組みだけだった。段ボールが隅の方に積まれていて、今は物置として使われているらしかった。

 部屋の隅にキャリーバッグを置いた。中から財布を取り出してズボンのポケットに突っ込む。


「ああ、ごめん。片付けてなかったわ。後で布団出してあげるきん、段ボールを適当に寄せて使ってな」


 顔を覗かせていたお袋がそう言う。

 僕は頷いて、蒸し蒸しと暑い部屋を出た。居間に戻ろうとするお袋の背中に声を掛けた。


「今から、ちょっと出てくる」

「そう。どこ行くんな?」

「瑠美んとこ。近況報告を含めて、挨拶してくる」

「……じゃあ、帰りにでも、あの娘の家に挨拶しんよ。かーちゃんと顔を合わせる度に、あんたのこと心配してくれよんやきんな。元気な姿みせてきな。あ、あと、水筒持っていきよ、倒れるで」


 そう言って、居間に姿を消すお袋。その姿を見届けて、僕は台所へと向かった。

 食器棚を開けて、一番上の棚から小さな水色の水筒を取り出した。冷蔵庫から麦茶の入った容器を取り出して、水筒になみなみ注いで最後に氷を入れた。

 

 




 □□□□





 僕の実家から見て、この村の東側に唯一の駅がある。僕がこの村に来る際に利用した駅だ。そして、僕の目的地は、駅とは反対の位置、西側の山が連なっている場所にある。

 丁度、道も真っすぐになっている。

 西に向かって、歩き出した。


 しばらく歩いていると、前方の山の麓に、オレンジ色を基調とした建物が見えてきた。

 この村唯一の、スーパーマーケットだ。

 僕は、しっかりと地面を踏みしめて歩く。

 汗が一滴、顎を伝って地面に落ちた。カラカラに乾いたアスファルトに、黒い点が出来る。

 ああ、本当に暑い。






 □□□□






 小さく見えていたスーパーマーケットの自動ドアの前に立つ。すると少し遅れてセンサーが反応し、扉が横にスライドして開いた。

 ――瞬間、身体を包んだ鋭い冷気。一瞬にして汗が引き、それどころか肌が泡立った。

 サウナに暫く入った後の水風呂の様な気持ち良さを暫く味わい、店の奥に向かって歩き出した。やる気のなさそうな中年の女性を尻目に、買い物を済ませる。


 店から出て、再度暑さにうんざりしつつ、店の横にある山の中にのびている道を歩いて行く。

 暫くは、舗装された緩やかな坂道だったが、段々と周囲の木の密度が高くなっていき、道も細くなって、最後にはひび割れたアスファルトから、腐葉土の地面へと姿を変えた。

 その頃には、傾斜もかなりの角度になっていた。


「はあ……はあ……」


 肩で息をしながら、ゆっくりと登っていく。そろそろ傾斜も、登るのが苦しくなってきた頃にやっと坂道は、石の階段へと変化した。

 石の階段が現れたあたりから、道の左右には木だけじゃなく、ボロボロに風化した誰の物か既に判別の付かなくなっている墓と思わしき、石が現れだした。誰も参る人が居ないのか、雑草に埋もれるように寂しそうにたっていた。周囲を木で囲まれているお陰で、雨風の殆どは防げているはずだが、それでもここまで風化してしまっているのは、かなりの時間が経っているからだろう。

 多分、僕が生まれるより前から……。


 僕は登り続ける。

 上に登れば登るほど、階段の両脇を固める墓は、比較的新しく、綺麗な物へと変わっていった。それに伴って、場所もきちんと分けられて、綺麗に他の墓たちと肩を並べている。

 ぽつぽつと、花立に花が生けられている物もあるところから、ここらの墓は参ってくれる人が居るらしい。


「はあ……はあ……それに、しても……」


 この村には殆ど若者が居ない。少子高齢化の波に溺れかけている悲しき村だ。そんな年寄りばっかりのこの村で、こんな場所にある墓に花が生けられているところを見ると、この村――と言うか、田舎の年寄の強さが分かる。二十三歳の僕でさえ、こんなにも息が上がっているのに。階段だって、経年劣化で角が削れて丸くなっている。少しでも足を置く場所を間違えれば、この石の階段を血で汚すことになるだろう。


 僕は登る。

 背の高い木々のお陰で直射日光は当たらないものの、それでも蒸し蒸しとした熱気は遮られない。シャツがゲリラ豪雨に襲われたかの如く、びしゃびしゃに濡れている。

 ……少し、休憩しよう。

 立ち止まって、角の丸い階段に腰かける。そして、水筒から麦茶を喉に流し込んだ。

 刺すような冷たさが、とても心地よかった。


 心臓が跳ねる音。

 木々の隙間を縫うように走る薫風。

 数多の蝉が奏でる歌――こういうのを蝉時雨と言うのだったか。

 それらが互いに重なり合い、紡ぐ合唱を聴きながら、僕は息を整えた。






 □□□□




 

 薫風と言う言葉が僕は好きだ。

 かおる風。

 容易に真夏を感じることが出来る。元気な植物の青臭さ、澄んだ小川の微かな甘い匂い、雨上がりのアスファルトの独特の匂い。それらがごっちゃになったような匂い。僕はこの匂いが好きだ。だから、薫風と言う言葉が好き。

 薫と言う感じには、匂うと言う意味以外にも、穏やかな様子と言う意味もあるらしい。

 夏をあらわす言葉として、薫風はとてもぴったりだと思う。

 そろそろ山の頂も近づいてきた。もう、来ている短パンとTシャツが汗でグチョグチョになっている。とても気持ちが悪い。それに、右手に持っているビニール袋も邪魔だ。こんな事ならショルダーバッグくらい持って来るんだった。

 

 ――い。

 

 ――――ーい。


       ――――――おーい。


                      ――――おーい。



 ふと、まだ幼さの少女の声が聞こえてきた。

 弾かれるように、顔を上げる。心臓が早鐘の如く鳴りだして、顔に血液が昇っていくのが分かる。

 

「おーい。早くーぅ」


 そこには、セーラー服の長い髪の少女が、僕に向かって叫んでいた。

 階段の終わりで、片手をぶんぶんと大きく振っている。

 僕は疲れなど、すっかり忘れて駆け出した。風化してボロボロになっている階段を何度も踏み外しそうになりながらも、それでも一段飛ばしで駆け上がっていく。

 ああ、逢えた!





 □□□□





「久しぶりだね」

「ああ」


 僕は、必死ににやける顔を抑えながら、言葉を返した。

 僕の胸程の、髪の長い少女――瑠美は、五年前に最後にここで姿を見た時と、見た目が全く変わっていない。記憶にある彼女の姿と、完全に一致する。

 あの日のまま、変わっていない。

 否、変われない。彼女は、変わりたくても変われない。


「それにしても、よく僕が来るって分かったな」

「ずっと、見ていたからね。いつ君が来てくれるんだろうって。ほら、ここら辺は木の密度が小さいから、目を凝らせば、道が見えるんだよ。君がここに来るには、あの道を通らなきゃ来れないからね」

  

 私、視力はいいからね。そう言って、ささやかな胸を張った。

 僕は目を見開く。


「え、え? ずっとだって!? だって、僕がここを――この村を出てから五年だよ?」

「まあね、だって暇なんだもん。私が触れられるものと言えば、お供え物だけだしね。そのお供え物をくれる家族だって、年に数回しかここに来ないしね。……あと、この体になってから時間の感覚が狂っちゃってさ。小説とか、漫画とかで不老不死ってよく取り上げられるけれど、あんまりいいもんじゃないよ。悠久の時を過ごすのって。といっても、私はまだ五年しか経っていないけれどね」


 僕は言葉を無くした。

 彼女のそんな現状に。

 僕のそんな様子を見た彼女は、笑って言った。


「なに暗い顔してんの。君が私のことを考えて、同情してくれているのは分かるけど、それは間違ってるよ。私はこのことを知って、それでなお自分でこの体を選んだんだ。少々の退屈なんて、覚悟の上なの。それに、私に同情できるのは、私自身か、私と同じか、それ以上の経験をした人だけだよ」

 

 その後に「退屈を覚悟していたと言っても、君が五年も来てくれないなんて思わなかったけれどね」と、瑠美は小さく付け加えた。


「ごめん……」


 僕は、俯いた。

 己の弱さ、そして、彼女の強さに。

 僕は、あと事件の後、逃げてしまった。瑠美から、逃げてしまった。


「……はあ。君は変わらないね。折角の久しぶりの再会なんだからさ、そんな暗い顔しないでよ。……そうだね、じゃあ、定期的に私に逢いに来てよ。そしたら私、寂しくないからさ」

「……本当に、ごめん……。努めるよ。仕事の合間を見つけては、君の所に通うようにする」


 僕がそう言うと、瑠美は再び小さな胸を張って「よろしい!」と言った。


「まあ、こんな場所で立ち話もなんだし、私のお墓の所行こ? あんまりお墓から離れちゃうと疲れちゃうんだよね。死んでいるから、疲れちゃうって言うのも変だけれどね」


 そう言って、瑠美は絹の様に滑らかな、長い髪を翻した。踵を返して歩いて行く。

 その小さな背中を見ながら、僕はあの日のことを思い出した。

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