ドラフト珍事
プロ野球のドラフト会議、その会場は今や、異様な雰囲気に包まれていた。
会場にいる千人の野球ファンは、息をする間も惜しいという形相で、ステージ上の巨大モニターを凝視し続けている。
ここまで十一の球団が、ドラフト一位の指名選手を発表していた。
この時点でもすでに、ものすごい珍事が起きているのだが、もっと上を見てみたい。
そんな欲望によって、異様な雰囲気が生まれている。
いよいよ最後の球団だ。
その指名選手は、はたして・・・・・・。
司会者の声が、選手の名字を告げた瞬間に、会場にいる野球ファンからは、歓声が起こった。次々と椅子から立ち上がっては、この珍事に対して、賞賛の拍手を惜しまない。
十二球団が指名した選手、その名前が現在、巨大モニター上に並んでいるのだが、すべて同じなのだ。
ずらりと並ぶ、十二の「佐藤清」。
学校名も同じだが、ポジションが違う。
外野手の「佐藤清」が四球団。
内野手の「佐藤清」が四球団。
捕手の「佐藤清」が四球団だ。
どうしてポジションが異なっているのかというと、そこには込み入った事情がある。
実は、この「佐藤清」、一人の人間ではない。三人の人間なのだ。
同姓同名で、しかも同じ大学で、同じ学年。さらには、全員が投手で、そろいもそろって、一位指名される逸材だった。
この三人、ドラフト会議の前から、かなり話題になっていた。
野球の実力もそうだが、ドラフト会議で指名される時、どのように区別するのか。
これに対して、大学側から提案があった。三人のポジションを、本来の「投手」ではなく、「外野手」「内野手」「捕手」としたのである。
こうしておけば、三人の誰を指名したのか、ちゃんと区別できる。
そして、めでたく三人とも、複数の球団から一位指名された。
その結果、巨大モニター上に並ぶ、十二の「佐藤清」!
これを珍事と言わずして、何と言おう。
ところがである。
来年にもいるのだ。同姓同名で、しかも同じ高校で、同じ学年。さらには、全員が投手で、そろいもそろって、一位指名される逸材だ。
そんな注目の「田中実」が、なんと五人!
次はどうやって区別するのだろう。
野球ファンは早くも、来年のドラフトが楽しみだった。