ベンチの二人
プロ野球のオープン戦、球場に駆けつけたファンたちは、ひそひそ声で話し合っていた。
見慣れない人物が二人、ホームチームのベンチにいるのだ。立派な体格の外国人で、球団のジャンパーを着ている。
彼らは何者なのか。試合が始まるには、まだ時間があるものの、ああしてベンチに座っているのだから、もしかして・・・・・・。
「あの二人って、あれだよな」
獲得が噂されていた、助っ人外国人かもしれない。
たしか片方が投手で、百五十キロ越えの変化球を、数種類操るとか。しかも、精密機械のようなコントロールらしい。
そしてもう片方が、三十本以上のホームランを期待できる野手だ。打率も高く、チャンスに強い、そんな評判を聞いている。
この球団が去年の年末から、あの二人の獲得に動いていたのは知っている。
だが、春季キャンプの間でさえも、「交渉が難航している」と、スポーツ新聞には載っていた。
しかし、今こうしてベンチに座っているということは・・・・・・。
ファンたちの顔が、一斉に明るくなった。
正直なところ、「今年も戦力的には厳しい」と思っていた。「もっとしっかり補強してくれよ」と思っていた。
そこに、嬉しいサプライズだ。これには、涙ぐむファンも多い。
「でも、あの二人の入団会見って、いつやったんだ?」
「記憶にないな。この試合のあとにでも、会見するんじゃね?」
「それもそうだな」
ファンたちの話題はすぐに、「あの二人がどれだけ活躍できるのか」に移った。
もしかしたら、今年は本気で優勝を狙えるかもしれない。
ホームチームのベンチ、助っ人外国人がいるのとは反対側に、監督が表情を抑えて立っていた。
時折、腕時計に目をやる。
そこに、コーチが小走りでやって来た。
「たった今、交渉に失敗したと、連絡がありました」
監督は目を伏せる。もともと、成功の可能性は低いと聞いていた。
自然と口から出たのは、
「こういうこともあるよ。がんばってくれたのはわかっていると、交渉担当者に伝えてくれないか」
「わかりました」
そのあとすぐに、コーチがベンチの反対側に目を向ける。
「ところで、あれはどうしましょう?」
そこには、交渉していた外国人二人が、等身大で描かれていた。
かなり精巧に描かれているので、離れた場所からだと、本物が座っているように見えるだろう。
あの二人が入団してくれることを願って、験担ぎのつもりで用意してもらったものだった。
以前、似たようなことをして、大物助っ人の入団に成功している。あの時に絵を描いてもらったのは、ベンチではなく、ロッカールームだったが。
「清掃スタッフに言って、今すぐ消してもらいますか?」
監督は相手チームのベンチを見ながら、
「いや、この試合が終わってからでいいよ。あっちは絵だと気づいていなくて、警戒しているみたいだし」