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敬語でだらだら、でもリズミカルな文体でコメディ

いきなりですが、彼女にロボットをプレゼントしたのは私です

 いきなりですが、彼女にロボットをプレゼントしたのは私です。

 彼女は本来はとてもいい子なのですが、ちょっとばかり自己管理能力が欠如しているというか、お酒が好きで、夜更かしもよくやり、ご飯もちゃんとは食べていない節があって、粗暴でいい加減で、まぁ、とにかく、生活態度がだらしない一面があるのです。なんだか悪口ばかりを書いているような気がしますが、本当に本来はいい子なんです。

 そんな子ですから、ただでさえ男性が寄り付きそうにもないのに加えて本人に男性に対する偏見がかなりあるので、面倒見のいい優しい男性が現れて世話をしてくれるなんて事も私同様ありそうにもありません。

 私はそんな彼女のことをかねてよりちょっとばかり心配をしていまして、それであるロボットをプレゼントする事にしたのでした。

 そのロボットは通常のものとはコンセプトが異なっていまして、あまり便利ではありません。その代わり小さめでとても可愛いです。そして、その小さめでとても可愛いロボットがご主人に尽くそうとするのです。ただ、とても小さいですから、満足に奉仕し切れません。そんな健気なロボットを見た持ち主は、母性本能を刺激され、保護したい欲求が惹起され、結果として自らの生活態度が直っていくという、そんな狙いの為に作られたロボットなのでした。

 偶然知り合った方から、私は試作品だというそのロボットを安く譲ってもらえまして、それで彼女にプレゼントをする事にしたのです。

 実に彼女にピッタリだと思って。

 本来はいい子の彼女なら、きっと健気なロボットに心を打たれて、生活態度を改善してくれる事でしょう!

 健気で可愛いロボット。(生活態度はだらしないけど)母性が強い彼女。

 この二つの条件を演繹的に発展させたなら、そんな結論に至るのは必然なのです。

 ところがです。

 物事はそんなに上手くは運ばなかったのでした。

 

 ここでちょっとばかり演繹的思考について説明をしましょう。

 演繹的思考というのは、前提となる条件から新たな結論を導き出すという思考方法で、数学はこの演繹的思考のみで成り立っています(数学的帰納法は、“帰納法”ってな名前がついていますが、実は演繹的思考を行っています)。

 例えば、三角形の内角の和が180度というのは、(説明が長くなってしまうので割愛しますが)ユークリッド幾何の公理から導く事が可能です。

 この演繹的思考は厳密かつ厳格に成り立つのですが、弱点もやっぱりありまして、例えば前提となる条件が誤っていた場合、結論は誤ったものとなってしまうのです。

 

 始めの頃、彼女の家を訪ねると、彼女はロボットと一緒にお皿洗いをしていました。酷い時には一週間以上、食器を流しに放置していた彼女としては驚きの行動です。

 「どうしたの?」と私が訊くと、

 「だってぇ、マメたんが私の為に一生懸命にお皿を洗ってくれようとするんだもん」

 彼女はクネクネと身体を動かしながら、そのようなことを述べました。ちょっとばかり気持ち悪いです。

 (どうやら、彼女はロボットにマメたんという名前を付けたようです)

 それだけでも驚きの行動なのですが、それから彼女はロボットと一緒に料理を作ってそれを私に食べさせてくれたのでした。

 驚くべき効果です!

 やはり私の考えは間違ってはいませんでした。母性本能が強い彼女には、このロボットが合っていたのです。ちょっとばかり気持ち悪い点を除けば大成功です!

 「マーメたん。明日も一緒に料理を作ろうね。あー、マメたんもご飯を食べられたら良かったのにぃ」

 などと言いながら、彼女はマメたんを抱きしめています。

 「ご主人の役に立てて、ボクはとても嬉しいです」

 彼女に抱きしめられながら、マメたんはそんな健気な事を言いました。なんだか、とってもラブラブなご様子。

 

 その次に彼女の家を訪ねた時、彼女はテレビを観ながら寛いでいましたが、マメたんは一人で部屋の掃除をしていました。簡単な拭き掃除で、彼にでもできるからでしょう。彼女は手伝わないのでしょうか?

 「マメたんが、もっと私の役に立ちたいって言うのよ! だから私は、その願いを叶えてあげようと思って、こうして一人でできる仕事を用意したってわけ!」

 疑問に思った私の視線に気が付いたからでしょうか? 彼女はそんな事を言いました。

 「はい。ご主人の役に立てて、ボクはとても嬉しいです」

 そうマメたんも言います。

 「もう、可愛い~」

 それを聞いて、彼女はマメたんを強く抱きしめました。

 相変わらず、ラブラブではあるようです。

 

 その次、彼女の家を訪ねた時、私は我が目を疑いました。何故なら、マメたんが一人で料理を作っていたからです。背の低い彼は台所の上で忙しなく駆けずり回ってがんばって作っていました。簡単な料理のように見えましたが、それにしたって彼にそんな能力はないはずなのです。私は不思議に思いました。何故、作れるの?

 「マメたんが、もっと私の役に立ちたいって言うのよ!」

 私の驚愕の表情を受けた彼女は前と同じ様にそう言います。それからマメたんを指差しながら彼女はこう続けました。

 「だから私は、その願いを叶えてあげようと思って、こうして一人で料理を作れるよう彼を改造してもらったってわけ!」

 なんですとぉぉ?!

 私はその説明にぶっ飛びました。

 まさか、そんな方向に発想が行くとは夢にも思っていなかったのです。

 「お陰で、私はこうして料理ができあがるまで、ゆっくりとお酒を飲んで寛いでいられるのよ!」

 そう言った彼女の片手にはビールが握られていました。

 「はい。ご主人の役に立てて、ボクはとても嬉しいです」

 台所でマメたんはそう言います。

 「もう、可愛い~」

 それを聞いて駆け寄ると、彼女はマメたんを強く抱きしめました。

 やっぱり、ラブラブではあるようです。

 

 彼女は確かに母性が強いかもしれません。しかし、私の予想以上にマメたんの忠誠心は強く、そして私の予想以上に彼女のだらしなさ…… いえ、子供っぽさは酷かったのです。このままでは、彼女は前以上に駄目になってしまいかねません。

 前提条件が異なっていたなら、演繹的思考は誤った結論を導いてしまう。その事例の一つがここにあると言えるでしょう。

 私はそう思っていたのです。いたのですが……

 

 「だからね、君があまり彼女を甘やかし続けると、彼女はどんどんと駄目になっていっちゃうんだよ」

 

 ある日、彼女の家を訪ねた私はそんな聞き慣れない声を聞きました。

 何?と思って見てみると、なんと男がいます。前述しましたが、彼女は男性に対して酷い偏見を持っていまして、だから誰か男の人が家に来るなんて有り得ないと私は思っていたので、大変に驚きました。

 「これ、誰?」

 それで私が尋ねると、彼女はこう言うのです。

 「この前、外で酔っ払って寝ていた時に、頼んでもいないのに家まで運んで来てくれた、お節介焼きよ」

 私はその返答にビビります。思わずこう言いました。

 「つまり、酔い潰れて寝ている女として終わっている姿をさらしていたあなたに興味を持った奇抜な趣味の男性がこの世の中に存在していたってこと?」

 「違うわよ」と、それに彼女。

 「こいつが興味を持ったのはマメたん。マメたんに会いに来るついでに私の生活態度にとやかく言って来るのよ」

 その男性はそのセリフに「本当に恩知らずだなぁ。誰のために言っていると思っているんだい」などと返しました。

 なんだか彼は面倒見のいい優しい男性であるようです。

 

 いきなりですが、彼女にロボットをプレゼントしたのは私です。

 まさか、こんなヒドゥンパラメーターが影響してこんな結末に至るなんて、そんな奇跡が誰に想像できるでしょう?

 隠された要素の影響で、どんな展開を迎えるか分からない。

 これも演繹的思考の弱点の一つではある訳ですが、ロボットを彼女にプレゼントせずに自分の手元に置いておいたらと、これでは思わない訳にはいきません!

 

 本当は私のロボットだったのに!

 羨ましい!

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