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オタモイ海岸での蟹釣り

作者: 青海嶺

 翔太たちは、オタモイ海岸に来ました。家族みんなで、磯にすむ小さな蟹を釣って遊ぶつもりです。岩の隙間や、裏側には、蟹がたくさん隠れているのです。

 そのなかに、父蟹、母蟹、兄蟹、妹蟹の四人家族も住んでいました。父蟹は、このあたりでは名士です。去年、ある大発見をして、一躍有名になりました。その発見とは、水面の上から、不自然な動きで降りてくる磯ツブの肉切れのことです。その肉には、針金が付いていて、それは人間が作った恐るべき罠だということを発見したのです。さらに、釣られずに肉切れだけ食べる技も編み出し、この業績により、父蟹は勲章をもらいました。

 いっぽう、翔太のお父さんは、賞には縁のない人でした。会社でも家でも、ひっそり暮らしています。でも、海遊びのときだけは別人です。子供の頃から浜で遊び、浜で育った男です。磯カニ釣りはプロ級の腕前。もし、このお父さんに父の威厳というものを見せるチャンスがあるとすれば、蟹釣りのほかにありません。

 父蟹も、翔太のお父さんも、それぞれ蟹釣りには強い思い入れがあるのです。そして、いままさに、この二人の父親に率いられた両家族の、壮絶な戦いが始まったのです。

 「怪しげな動きをする肉切れには、くれぐれも気をつけるんだぞ」

 と、注意する父蟹の頭上に、大きな貝の肉切れが、ヒラヒラと踊りました。

 「おっ、これは大きい。逃してなるか。」

 父蟹が、ハサミでその肉切れをつかみ、口へ運んだとたん、父蟹の姿は、するすると水面の上へと昇って消えてしまいました。

 浜辺では、翔太の妹のナオちゃんが叫びました。「パパ! 釣れた釣れた。」

 お父さんは、青いバケツを覗き込みました。

 「ほー。こりゃデカイ。ここらのヌシかもしれないよ。だが、まあ、ビギナーズラック、つまりマグレというやつだな、うん。」

 もっとデカイのを釣らねばと、焦ったお父さんの表情が険しくなりました。

 「あっ、あっ、来た来た、釣れたあ!」

 次に叫んだのは、お母さんです。おっちょこちょいな母蟹が釣り上げられたのでした。バケツを覗きこんだお父さんの表情はますますきびしくなりました。

 たてつづけに両親を失った兄蟹と妹蟹は、あわてふためき、途方に暮れました。しかし、すぐに兄蟹は、肉切れだけを奪い取って、人間に一泡吹かせてやると、決意しました。

 なにがなんでも一番の大物を釣ろうと焦るお父さんは、大きな肉切れを針金の先につけては、岩のすきまを探りました。そして、両親の仇討ちを決意した兄蟹に、何度も何度もエサだけを取られていました。

 その兄蟹を釣り上げたのは、翔太です。一瞬の気のゆるみが命取りでした。兄蟹は、気がつくとバケツの底にいました。

 バケツの底には、たくさんの磯蟹がいました。ヤドカリや、小さなツブもいました。兄蟹は両親を見つけました。父蟹は、いじけてバケツの隅で肩を落としていました。とても声をかけられる雰囲気ではありません。

 また新たな蟹が、空から降ってきました。バケツの底はもう蟹たちで満員です。

 「おや、あなたもついに釣られましたか」

 「いや、面目ない。ご覧のとおりです」

 などと、なさけない挨拶が交わされました。

 一方、岩陰にたった一匹とり残された妹蟹は、泣いていました。この先、どうやって生きていけばいいのでしょう。

 夕方になりました。翔太たちは、そろそろ後片付けをして家に帰る時間です。蟹で一杯のバケツの底を覗きこんで、お父さんが言いました。

 「さあ、海に返してあげよう」

 「ええええ? せっかく集めたのに!」

 翔太がそう言うと、妹のナオちゃんが言いました。

 「釣ったら戻す、キャッチ・アンド・リリースっていうんだよ、お兄ちゃん。」

 でも実は、お父さんにはそんなご立派な考えはなくて、ただ、料理が面倒だし、食べても美味しくない、と思っただけなのでした。

 バケツを逆さにして蟹を海に逃してやるお父さんをみて、お母さんは思いました。まるで、負けそうになった将棋の盤をひっくり返す駄々っ子みたい、と。何しろ、お父さんは、今日、結局一匹も釣れませんでしたからね。

 妹蟹が、ひとり嘆き悲しんでいると、向こうのほうで、ドボドボという音がしました。あわてて駆け寄ってみると、いなくなった蟹たちが、みんな戻ってきたのでした。蟹たちは、たがいに抱きあい、再会を喜びました。

 やがて、日も暮れて、オタモイ海岸には平和が戻って来ました。

              (終)

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