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郭公拝  作者: 伊藤むねお
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13/19

幻覚

 昔とはいってもいつの昔からなのか分からないのだが、はっきりと覚えているのは仙台の高校に通っていたころだった。当時、バスの停留所から家までの道筋には多くの屋敷林があって、私は行きも帰りも色々な鳥の鳴き声や姿を楽しめたのだった。


 なかでも初夏の郭公の鳴き声は格別だった。声量の豊かさ、透明感、そして間あい。これがまたなんともよくて、カッコウ、というひと鳴きごとに無垢の大自然が波紋のようにぱあっと頭の中に広がるのだった。

 ところが、当時小学生だった妹によれば、その内の半分はなんと人間が郭公の鳴き真似をしながら歩いているのだという。そして、学校では皆、その人を郭公爺さん、と呼んでいるのだと。

(友子。どんな爺さんなんだ)

 そう尋ねても、なぜか妹も友だちも曖昧に笑うだけで、はっきりと答えようとはしなかった。

(分からない)

(分からない? 変じゃないか)

 しかし、いくら尋ねても、妹は首を傾げてやはり曖昧に笑うだけなのだった。

 ともかく実に意外なことを聞いてしまったわけだが、私は是非その人に会いたいと思った。たとえ鳴き真似にせよ、無垢の自然を人の頭の中に広げてみせるというのはなんと素晴らしいことではないか。郭公と全く変わるところがないのだから、それを偽者といってはあたらないのではないか。

 けれども悔やまれることに、私は結局一度もその爺さんの姿を見ることが出来なかった。いや、一度だけ、並んで歩いていた妹が、あ、郭公爺さんだ、と叫んだことがあった。夏の日の黄昏れ時だったが、妹の指先をみると、横縞模様のちゃんちゃんこのようなものを着た人が、丁度遠くの鎌工場の板塀を曲がって行くところだった。

 あの人か!

 私は下駄を鳴らして夢中で角まで走った。だがいってみるとそこにはもうだれの姿もなく、暗く拡がる水田と黒ずんだ屋敷林が見えるだけだったのである。

「カコさんは、ひょっとして郭公爺さんなの?」

 私は、カコに向かってそう尋ねずにはいられなかった。先ほどの声はそれほどに素晴らしいものだったのである。

 ところが、その質問を発して一拍ほどの静寂のあとだった。みんなが弾けるように笑いだしたのである。それも霧のカーテンがわいわい揺れるほどの大爆笑でヨシまでがテーブルを打って笑っている。

 なんという理不尽なことだ!

 私はみんなの反応に恥ずかしさと怒りで席を立った。今度はカコも止めない。それどころかむしろそういう私の様子を興味深そうに見上げている。

 しかし、私が鞄を取り上げて、いよいよ席を離れようという段になったときだった。

「カッコウ! カッコウ! カッコウ!」

 再び口を開いて鳴いたのである。

 とてもとてもいい声なのだ。さっさっと吹き渡る高原の風のようなその声に私は完全に負けてしまい、再び椅子に腰をおろしてしまった。あの声を聞いては私にはどうしようもない。

「先生。郭公爺さんって、友子さんが小学校六年生のときにいった話でしょう」

「え? 妹のことまでよくご存じですね」

「あれはですね」

 カコはそういってまた笑いかけたが、私がまた席を立つかもしれないと考えたのか、殊更に顔をひきしめてこういった。

「あれはですね、先生。私です。正確には私の仲間なんです。本物なんです」

「本物? といいますと」

「本物の郭公なんです」

「じゃ、妹は嘘をついたんですか」

「いえいえ、そうじゃないですよ。その爺さんが実は本物の郭公だったのです。あれは子供だけにしか効かないゲンカクでして、先生も小学校の頃までは見ていたはずです。でも、中学生くらいになると自然に効かなくなり、見たという記憶さえも失くなってしまうんです」

 幻覚?

「まあ、そんなわけですから、ヨシキリさんも今日は機嫌を直して下さい。その為の日なんですから。モズさん。アオジさん。ウグイスさん。センダイムシクイさん。オオルリさん。ホオジロさん。セキレイさん。他の方々も聞いてましたよね」

 あっ!


 やっとわかってきた。みんな鳥なのだ。今、カコに名を呼ばれた人たちは歳はまちまちだがおおむね小柄だった。夫婦者らしいペアもいたが、夫もやはり小柄な人だった。そうすると、残りの大柄な連中は・・・

「カッコウだ。カッコウ類だ」

 私は大声で叫んでしまった。


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