彼らが重ねる秋休み
主人公:視点主。特殊嗜好らしいが不明。闇医者の伝手があるなど、頭のぶっとんだやべーやつ
中性:名前不明。性別不明。己のことを語らない。結構やべーやつ
「ねえ君、ゲームは上手い?」
俺の部屋に居座ってごろごろしている豚こと、中性はほざいた。うちの食料を荒らし、俺の部屋をかき乱しただけでは満足しないのか、こいつ。
今に限った話ではないとはいえ、迷惑なやつだ。気だるく思いながらも、視線を中性の方に向ける。
肩で揃えられ、儚げな様子を醸し出す黒髪に、少女漫画のようにぱっちりとした瞳。控えめな鼻筋に、少し色っぽくなった唇。美しい、それを体現するかのような美貌を持っていながらも、数々の悪行によって誰からも愛されない、それがこいつこと中性だ。
本人もそれを自覚しているが、誰からも愛されるつもりはなく、このまま自分の思うがままに行きていくつもりらしい。
ちなみに、三年前から聞いていることではあるが、中性の性別は今だ謎である。どう聞いても、何をしようとも。コイツは自らの性別をひた隠しにする。そろそろ、と幾度となく思ったことだろうか。それでも中性は、己を明かさない。
俺にとってそういった情報は必要ではない。しかし、自らのことを何も話さないとなると、今後のこいつが気になるのだ。人間らしく、世話焼きな性格なのだ、俺は。
「ねーねー、どうなの?」
首をコテン、とさせ上目づかいで訪ねてくる中性。艶のある髪が動きに合わせて揺れ、草原のような匂いが漂う。人は、この何が可愛らしいと思うのだろうか。俺にとって、この所作はこちらをじっとりと観察してくる女豹のようにしか見えない。こちらを見つめる細められた瞳には、恐怖を感じてしまう。
「知らん」
「やったことは?」
「ある」
「何を!?」
「ゲーム」
「じゃなくてさ、ジャンルだよジャンル!」
「ジャンルとは?」
「そっからかー」
矢継ぎ早に言葉を重ねてくる中性。それでいて、こちらの言葉には一言もかぶせない。相変わらず、コミュニケーション能力が高い。それにしても、突然ゲームとはどうしたのだろうか。例年通りのコイツなら、ゲームと騙って一般市民を巻き込んだデスゲームを開催するようなやつなのに。
そんなこいつが突然、二次元の話を始めるなんて。どうせろくなことじゃないだろう。退屈をしのぐための娯楽さがしに付き合わされるのはごめんだ、断ろう。
「すまんが、俺は忙しい。ゲームの誘いなら、俺の友人たちにしてくれ」
俺がそう言うと、途端に中性は泣きそうな顔をする。いつもそうだ。俺が誘いを断ると、この顔をする。しかし、ここで俺は意見を変えてはいけない。この程度のことでなびいていたら、コイツの相手などできない。
「やらなきゃ殺す」
あ、無理だわこれ。俺が断る姿勢を変えなかったのを見て、中性は俺の首元に抱き着いた。しかも、後ろから。いつの間に背後に回ったんだ、以前よりも確実に、速くなっている。そろそろ俺がついいていけるのも限界かもしれない。これ以上は俺も人間から離れなければならない。こいつはいったいどうやってこの域まで達したというのだろうか。
「じゃあ、何をする?」
この体勢を取られては、もうだめだ。俺がどのように抵抗しようとしても、即座に対応されてしまう。とりあえずは、返答しておく。これで本当に殺されてしまったら、もったいないからな。
「ローグライク!」
また、中性の説明が始まった。時刻を見ると、現在時刻は午後の一時。ああ、今夜は定刻通り眠れるのだろうか。
説明が終わり、理解しきれていないままにキャラクターを作成する。どうやら今回やるゲームは二人での協力プレイ、というやつらしい。ただし、プレイヤー同士攻撃できるようになっていて、スリルもあるらしい。
「ひゃー、すっごーい!!」
目をキラキラさせて、画面に表示されるステージを見る中性。その中には、ぴょこぴょこと上下している二体のキャラクターがいる。俺がコントローラーの十字ボタンを触ると、片方のキャラクターが動く。すると、派手な演出が加わり、まだ動いていないキャラクターを動かせ、という指示が出た。
「これ、面白いか?」
思わずそう訊いてしまう。常識的に考えるとかなり失礼なことだったと、言ってから後悔する。しかし、訊かずにはいられなかった。
「まだまだ序盤だからね。こっからこっから」
うひょー、などとつぶやきながら、中性も操作をする。このテンポの悪さ、どうにかならないあろうか。
俺が無言で操作する間も、中性はいちいちリアクションをしながら、ゲームを進める。
「ねえ」
一階層のボスとやらに辿りついた。ここまでくると、俺のコントローラを握る手にも力が入る。
「ねーえ」
これまでに鍛えた武器とスキルで、一回でクリアしてみせよう。
「きーみ!」
「……どうした」
俺がゲームに夢中になっているのを、ニコニコと見つめていたようだ。情けない、気付かなかった。
「……あのさ」
自分から声をかけてきたくせに、何を渋っているのだろうか。近づけた顔そのままに、口をパクパク動かそうとしている。そこから紡ぎだされようとしている言葉の束は、なかなか重いようだ。
「どうした?」
言葉というのは、他人から引き出されるものではない。会話は、話し手が気持ちよく話せるようになるための聞き手がいれば十分成り立つ。それゆえ、聞き手は受動的であればよいのだ。無理に聞きだそうとするのは、話し手の機嫌を損ねる可能性がある。
そうと知っている。ただ俺は、口に出した。深い意味なんてない。
「ボクさ、わかんなくなっちゃったんだ」
表情は、いつも通りニコニコと。それでいて、雰囲気は重く。唐突に、そんなふうに語りだす。
「……」
どう反応しろというのか。まともに反応を返していい類の話なのか、これは。それとも普段のように俺をからかうために雰囲気をつくっているのか。
「楽しいことないかなーって色々やってるつもりなんだけどさ」
確かに中性は何事にも積極的に動き、何かのチャンスを得ようとしているように見受けられる。もしかして、これは真剣な話なのか。こいつが、そんな話をするなんて、何か今日はヤバいことでも起こるのだろうか。
「どれも、最後には飽きちゃうんだ」
その通りだ。コイツは、いつも自分から始めて、自分で終わらせる。道楽で世界の半分を滅ぼしてきたのには、さすがの俺も反応に困った。現実で世界の半分が欲しいか、と言われるなんて想像すらしていなかった。
「飽きないように次、次、そのまた次」
次、次、と。とんとん指を机にあてる。
「じゃあ、その次がなくなったら?」
机が、消える。
「……あはは」
泣きそうな顔をした中性が、俺の隣に座っていた中性が、俺の背後にいた。
「……もう、わかんないや」
咄嗟に振り向こうとするも、中性はそっと俺の背中を包み込む。それは、捕えがたい何かにすがりついているようで。背中に感じる熱が、妙にこそばゆい。中性の体温が常人より高いからだろうか、俺まで熱に浮かされているようだ。
「ああ……」
本当に、俺は不器用だ。何かをやろうとしても、成し遂げられないことが多い。肝心な時に、何かをしたいのに。その、何かが掴めない。一番求めているものは、握った瞬間に俺の手から滑り落ちてしまう。
今回も、そうだと思ってしまった。
「……うん」
中性は、もう一度俺の身体にギュッとしがみついた。細身なのに、人外の力を持つこいつに抱きしめられると、心臓もキュッと締め付けられる。
「なあ、中性」
どうしようもなく、苦しく。どうしようもなく、ふがいなく。俺は力を持たない。でも、そんな俺だからこそ、いままでに手に入れることができたものがある。
思えば、俺たちの仲が決定的となった、三年前の秋からずいぶんと時間が経ったものだ。
「俺は、そういうことはよくわからない」
中性が、俺の背中に顔を押し付ける。
「そもそも、中性のことすら、よくわかってない」
「……そう、だろうね」
「でも、お前と時間はそこまで短くない」
「……ボクは、君にボクを語っていないんだよ?」
「言葉で説明できるものばかりが、この世界にあるわけじゃない」
「言葉は、人である以上欠かせない重要な道具だよ」
「だからこそ、言葉以外で表されることは、きわめて重要となる」
「そう?」
「さあ?」
プハッ、と中性が噴き出す。
「なーんだ、そうじゃんね」
すぅ、と深呼吸をする。そして、うんうんと、ひとりでにうなずく中性。
Γありがとう、分かったよ」
嬉しそうに笑顔で告げられる。俺の言葉が、中性に伝わったのだろうか。それはわからないが、少なくともこの想いは伝わってくれたようだ。
Γそうか」
俺が反応を返した瞬間、再び中性は俺をぎゅっと抱き締める。今度は俺もその抱擁を受け入れた。
抱き締められてわかる、こいつの弱々しげな体躯。普段から強気に過ごしているくせに、本体はここまで脆いのだ。その事実が、より俺を感傷的にさせる。
「えへへ、すき!」
……急にどうしたというのだ、こいつは。俺でもわかる立派なシリアスな場面だったはずなのに、唐突に退行化しやがった。俺の背中に顔を擦り付けているように感じる。
真剣なシーンはすぐ終わるものだな。特にこいつは。
「ねえ」
身体を乗り出したのか、俺の耳にかなり近い距離で声が聞こえる。
「ボクのモノ、なってみない?」
「は?」
反射的にそう返してしまった。そう誘われたことは初めてではないが、この言葉には間違いなく今までより強い想いがこもっており、中性の確固たる意志を感じ取れたからだ。
そうは言っても俺の意見は変わらないが。
「なって……くれないの?」
吐息が耳にかかる。中性の指先が、俺の首筋を伝う。そのしぐさに俺は悪寒を覚えてしまい、背筋を思わず震わせる。
「何度も言っているが、ならない」
「どうして?」
どうして、と言われても困るものだ。
「俺は変化を望まない」
「ってことは今が一番良いってこと? やった!」
頭の回転がいい。そうとは言い切れないが、現状に俺は満足している。
「普通に高校に通って、普通の友人と交友して、たまに変な奴とも絡む。俺の思い描いていた理想だ。必要な変化はあっても、過度なものはいらないと思っている」
「……変な奴ってボクのこと?」
「そうだが?」
それ以外に誰がいるというのか。
「……君に普通の友人はいないと思うのだけれども」
ポツリとつぶやいた言葉はしっかりと俺の耳まで届いた。なかなかにひどい言い様だ。
「中性のものになる、という意味はわからないが、俺はそうでありたいとは思っていない」
「えー、いいじゃーん」
「お前より下だと思いたくない」
「……それが、本音か」
「ああ」
仮にも三年前までは殺伐としていたライバル同士だったのだ。まだ決着もついていない。してもいない勝負を、放棄したくはない。
「なーるほどね」
あは、と中性は嬉しそうにほほ笑む。そして、一呼吸おいて、言った。
「じゃあ、最終的にボクのものになってもらうよう、頑張るね!」
今まで過ごしてきた中で一番ではないだろうか。そう強く思わせるほど、すがすがしい表情で、とんでもないことを中性は告げた。
「そうはならないよう、頑張るとしよう」
気の利いたことは返せなかったが、宣言に対する意志くらいは述べておく。こいつの本気は、いまだに見たことがない。怖いもの見たさも相まって、俺は中性を近くから眺め続けることを、心の奥底で、小さく誓った。
「今年の秋休みも楽しかったね」
「珍しく家でだらだらしているだけだったな」
「大事なこと、あったでしょ?」
「……あったか?」
「ほら、ボクの告白」
「はあ」
「こ・く・は・く!」
「……思えが言うそれは、男女間におけるものではないだろうか」
「ボクたちが同性だと……誰が証明できる?」
「じゃあお前が女の証拠を見せてくれ」
「いやーん。君はえっちだね」
「人の更衣を覗くようなむっつりに言われたくない」
「……それ、根に持ってたんだ」
秋休みシリーズ四年目の作品だったりしますが、知らなくても割と大丈夫かもしれないです。
昔のもので、読みづらいかとは思いますが、よかったらそちらもどうぞ。
読了ありがとうございました!