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九話:閃光

「クソッ、どこだ……ッ!」


 グランデ村を出たロイドは草原を捜索し、そしてグランデ大森林に足を踏み入れた。

 だが既に陽は沈み、ただでさえ薄暗い森の中が更に暗くなっている。

 視界が利かない中での捜索は骨が折れる。


 そんな状況下で、ロイドの表情はいつになく険しく、焦りに満ちていた。


「――ッ、邪魔だ」


 突如現れた三体の犬型魔獣に向けて、ロイドは苛立ちながら魔法を放つ。

 不可視の刃は正確に魔獣の体を両断した。


「ガルァアァ……ッ!」

「……ッ、まだいやがったか。クソッ、どうしてこういう時に限って」


 倒された三体の魔獣の後を追うように、木々の奥から今度は五体の魔獣が現れる。

 それらを同じく魔法で排除しながら、ロイドは走り続ける。


 その間にも何体もの魔獣と遭遇した。


 この間から気になってはいたが、明らかに魔獣の量が多い。

 まるでグランデ大森林の奥地に踏み入ってしまったかのようだ。


「ッ、今はそんなことを考えてる場合じゃねえ。アイラたちはどこだ!」


 アイラと、そして森に迷い込んでいるであろう三人の子供たちのことを思い浮かべる。

 このまま闇雲に探していても見つけられそうにない。


 一旦自分自身を落ち着かせるためにその場に立ち止まる。

 それから大きく息を吐き出して呼吸を整えた。


「落ち着けッ、アイラなら魔獣と遭遇しても《迅雷(パラサン)》で凌げるはずだ。……問題はガキどもと合流していた場合だが……」


 アイラの性格から考えて、子どもを見捨てて一人だけ逃げることは考えにくい。

 彼女が自分の下に魔法を学びたいと現れた時。

 その時にアイラが口にしたことが嘘でなければ。


「――――」


 突然、ロイドは弾かれたように森の一点を凝視する。


「今のは、魔力か……?」


 魔力を感じたということは、誰かが魔法を行使したということ。

 この時間、こんな場所で魔法を使う者がいるとすれば――


「……ッ」


 ロイドはすぐさま表情を引き締め、魔力を感じた方向へと駆け出した。


 ◆ ◆


「はぁ、はぁ、はぁ……ッ」


 アイラの息が荒くなっていく。

 見れば、エイブたちももう限界といった様子だ。


 そして、アイラの魔力も底を尽きかけていた。

 走りながら、休む暇もなく数十回の魔法行使を行い続けてきたのだ。

 いくら世界樹(オルビス)の近くだとはいえ、回復が追い付かない。


「ッ、行き止まり……」


 絶望的な状況にある四人に、大自然がもう諦めろと告げてくる。

 魔獣に追われながら逃げた先。そこには深い谷が広がっていた。

 とても飛び越えられそうにない。


 すぐさま別の逃げ道がないかを探す。

 だが辺りは木々で阻まれ、僅かな隙間を魔獣が埋めていく。


 逃げ場を失い、周囲を魔獣が取り囲む。

 その数は未だ二十を数える。

 逃げ惑っている間に魔獣たちは合流し、更にその数を増やしていたのだ。


「アイラお姉ちゃん……」


 リナが不安そうにアイラの服を摘まんだ。

 エイブやロトも、口には出さないが怯えている。


 無理もない。修行で魔獣を幾度となく葬って来たアイラでさえ、この状況に恐怖を抱いているのだから。


「大丈夫よ。私が倒して見せるから」


 だがリナを勇気づけるためにアイラはそう笑いかける。

 ――そんなこと、出来るわけがない。


 魔獣たちはもう逃がすまいと、今度は全員で跳びかかってきそうな気配だ。

 瘴素で強化された肉体の影響で、魔獣たちには一切の疲れが見えない。


 そして複数の魔獣に一気に襲われでもすれば、それこそアイラに倒す手立てはない。

 それも背後にいるエイブやロト、リナたちを守りながら。


 どうにかして三人だけでも逃がすことはできないか。

 どれだけ考えたところで退路はない。


 最早これまでだ――と、思うことが出来ない。


 これ以上ないピンチに、しかしアイラは諦めない。

 諦めて、誰も守れずに死んでしまってはロイドの下で魔法を学ぶと決意したあの日の自分を裏切ることになる。


 なんとか、この状況を打開する策はないのか。


 考えて、考えて、考える。


 ――その時、アイラの脳裏にある言葉がよぎった。




『――ピンチになった時に使えば、どんなピンチでも乗り越えられる魔法だ』




「――ぁ」


 思わず、小さく声を漏らす。

 魔法の試験を合格したときに、自分の師匠に教わった魔法。

 ピンチの時に役立つ魔法。


 今がそのピンチではなくて、一体いつ使うというのか。


 光を放つだけのただの目くらましにしかならない魔法がなんの役に立つのかわからない。

 だがそれでも、ロイドは弟子は師匠を信じるものだと言った。


 なら――信じる。ロイドの言うことなら、信じられる。


「皆、少しだけ目を瞑ってて」


 エイブたちにそう声をかけると、彼らは戸惑いながらも頷いて目を瞑った。

 それを確認して、アイラは残る全ての魔力をこの一度の奇跡に注ぎ込む。


「《其は世界の理を示すもの、摂理を司り、万物を支配するもの。我は請う、理の内に在るものに、導きの理を》ッ」


 力の限りを尽くして詠唱を紡ぎあげ、体内を荒れ狂うようにして巡る魔力を集中させる。

 そして――


「――《閃光(フラソール)》ッ!!!!」


 その名を叫んだ瞬間、アイラの周囲が眩く光る。

 最早夜となり漆黒に包まれていた森の中に光が奔る。

 そして数秒後、周囲を覆っていた光はおさまった。


 ロイドがピンチを脱するときのために教えてくれた魔法。

 きっと、これで魔獣はこの場からいなくなっているはず――


「グルルァァアアアアアアッッ!!」


 そんなアイラの期待を裏切るように、魔獣の群れは咆哮した。

 アイラの魔法によって怯む様子は一切なく、むしろどこか苛立っているような。


 魔獣の眼光は冷たくアイラたちを射抜く。

 そしてその直後には、魔獣の群れが一斉にアイラたちへ跳びかかって来た。


「ッ、話が違うじゃない、ロイド――ッ!!!」


 弟子を裏切った師匠の名を恨むように叫びながら、アイラは最後の最後でせめてもの抵抗にエイブたちを抱き寄せる。

 魔獣たちに背中を向け、エイブたちを庇うようにして目を瞑った。


 次の瞬間――


「――いや、嘘は吐いてないぞ」


「……え?」


 全身に襲い掛かってくるはずの衝撃と痛みはなく、代わりに背後で魔獣の体が裂け、血しぶきが舞う音だけがアイラの耳朶を打つ。

 戸惑いと共に振り返ると、そこにはアイラの師――ロイドがいた。

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