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八話:過る選択

「……ん、くぁああー」


 ベッドの上で伸びをしながら、ロイドは窓の外に視線を移す。

 オレンジ色に染まる空を見て、今が夕方であることに気付いた。


「アイラにどやされるな、これは」


 さすがに寝すぎたかと、一階にいるであろう弟子に怒られるのを覚悟する。

 重たい体を何とか動かしてローブを羽織り、杖を手にして部屋を出る。

 そして階段を降りて一階に行くと、そこにアイラの姿はなかった。


「……ん? 買い物か?」


 いつもキッチン近くに置いてある買い物かごがなくなっていることに気付き、ロイドはそう断ずる。

 それならもう少しだけ寝るかと自室に引き返そうとしたところで、ロイドは足を止めた。


「――――」


 北の方を睨むように見つめるロイドの表情は険しい。


「なんだこの気配。……厄介な魔獣でも現れたか?」


 ロイドが感じ取ったのは嫌な気配。それが北の方から感じられる。

 この感覚をロイドは知っている。

 時々、長い間森の奥で潜伏し力を蓄え続けていた魔獣が現れることがある。

 そういう時、ロイドは殆どと言ってもいいぐらいこの感覚を抱く。


 つまり、魔獣が放つ瘴素。それを感じるのだ。


 壁につけられている時計に視線を移す。

 時間を確認してからロイドは面倒そうに小さくため息をついた。


「アイラが帰ってくる前にさっさと倒しとくか」


 テーブルに立てかけておいた杖を持ち直し、ロイドは家を出る。


 そして北門へ向かう道中、やけに村全体が騒がしいことにロイドは気付いた。


「どうかしたのか?」


 近くにいた村人の一人に世間話程度の感覚で話しかける。

 村人は声をかけたのがロイドであることに気付くと、表情を明るくした。


「ロイド様! そ、それが子供たちがこの時間になっても帰ってこなくて、村人総出で探してたんですよ」


「ガキどもが? ……まー、そういう時もあるだろ。俺も昔夜遅くまで外出して怒られたもんだ。帰って来たら叱ってやりな」


「そうなんですが……」


 ロイドが苦笑しながら返すと、村人は憂いを帯びた表情で俯く。


「まだ何かあるのか?」


「それが、同じことをさっきアイラちゃんにも話したら、血相を変えて北門の方に。……あ、これ、アイラちゃんから預かったんですけど」


「アイラが?」


 村人が差し出した買い物かごは、確かにアイラのものだ。

 しかしどうして……。


 そこまで考えて、ロイドは「ん?」と思考を止める。


「待て、北門の方にと言ったな」


「はい。私が連れ戻してくるって言って……」


「――ちっ、なんだってこのタイミングで……! 状況はわかった、俺が何とかする。他の奴らにもそう伝えといてくれ」


「は、はい!」


 ロイドの言葉に村人は安堵の表情を浮かべる。

 だがロイド自身はその真逆。厳しい表情で北門の方へと走り出した。


 ◆ ◆


「はぁ、はぁ、はぁ……! こっちだ!」


 魔獣と邂逅してから数分。エイブたちは後ろを一度も見ることなく一目散に森の中を走り回っていた。

 その最中、エイブがリナたちに声をかける。


 だが、エイブとて道が分かっているわけではない。

 今走っている方向が森の外に向かっているのか、中に向かっているのかも分からない。


 それでもこうして道を指し示すのは、後についてくる二人を安心させるためだ。


 そうしてあてもなく走り続けていくうちに、三人の体力はどんどん消耗していく。


「きゃ……っ!」


 その時、リナが木の根に足をとられて走っていた勢いそのままに地面を転がる。

 エイブとロトは慌てて振り返る。


 リナは服を泥だらけにし、体にいくつもの擦り傷を刻みながら地面に突っ伏す。


「大丈夫か!」


 エイブたちが駆け寄ると、リナは体をゆっくりと起き上がらせて「だ、大丈夫……」と応える。

 しかしその言葉とは裏腹に声は涙ぐんでいる。


 けれど今はそのことを気にかけている時間はない。

 リナがなんとか立ち上がったのを待ってから、すぐさま三人は再び走り出そうとする。


 だが、すでに遅かった。


 三人の周りを、退路を塞ぐように囲む魔獣の群れ。

 その数はざっと二十を数える。


 全身から黒いオーラ――瘴素をまき散らしながら、エイブたちを「ガルルルル……」と威嚇する。


 思わずロトの口から「ひぃ……」という悲鳴が零れた。


「ご、ごめんっ、私のせいで……ッ」


 自分が木の根に足を引っかけたせいで魔獣に追いつかれてしまったことを謝罪する。

 エイブがそれを否定するように口を開いた。


「リナは悪くねえ。……俺が森に入ろうって言いだしたのが悪いんだ」


 謝り合う二人の傍で震えるロト。

 そうしている間にも、周囲を囲っていた魔獣がジワジワと距離を詰めてくる。

 そして、その間合いに入った瞬間――正面の魔獣が地を蹴った。


 涎をまき散らしながら魔獣がエイブたちに跳びかかる。

 僅かな光を反射する獰猛な牙を見て、エイブたちは思わず目を瞑った。

 その時――


「――《迅雷(パラサン)》ッ!!」


 凛々しい声と共に森に光が奔る。

 紫電は正確にその魔獣を撃ち抜いた。


「……へ?」


 気の抜けた声を漏らしたのは誰だったのか。

 自分たちに襲い掛かっていた魔獣が突然地面に落ち、そのまま動かなくなったのだ。

 一体何が。

 それを理解するよりも先に、エイブたちの前方から人影が現れた。


「よかったッ、間に合った……!」


「アイラ……ッ」


 赤髪を乱し、肩を上下させて息をするアイラ。

 ここまで全力で走ってきたことがわかる。


 アイラの姿を認識した魔獣が数体彼女の方へ跳びかかっていくが、それを《迅雷(パラサン)》でなんなく倒し、エイブたちの下へ駆け寄る。


「大丈夫? 怪我はない?」


 十体以上の魔獣がまだ周囲に残る中、アイラはエイブたちに優しく声をかける。

 彼女の問いにエイブたちは小さく頷き、それから同時に俯いた。


「ごめん、アイラ。俺……ッ」


「話は後よ。とにかく今はここから逃げましょう。立てるわね?」


 アイラの言葉に地面にへたりと座り込んでいたリナたちが立ち上がる。

 そしてその場から立ち去ろうとして、そうはさすまいと残る魔獣が一斉に跳びかかって来た。


「ッ、走るわよ!」


 一度に複数の魔法を同時展開できないアイラは、どうしても多勢を相手におくれをとる。

 エイブたちを引き連れて走り出しながら、アイラは《迅雷(パラサン)》を何度も行使して迫りくる魔獣の数を減らしていく。


 だが――


「数が多過ぎる……ッ」


 どこから現れてくるのか、倒しても倒しても魔獣がアイラたちを追ってくる。


 チラリと傍を走るエイブたちに視線を移す。


 自分よりも幼い彼らは体力的にも身体能力的にも遥かに劣る。

 このまま子供たちを引き連れて逃げ回っていては、いずれ彼らの体力も自分自身の魔力も尽き、魔獣の脅威に抵抗できなくなる。


 ――子どもたちを見捨てれば、自分一人だけならば逃げおおせることができる。


(バカなことを考えるんじゃないわよ! 私は、誰かを助けるために賢者になることを目指したんだから……ッ)


 一瞬でも脳裏を過ってしまったその選択を、アイラは一蹴する。


 自分が賢者を志し、ロイドに弟子入りすることを決めた日の決意をアイラはこの状況で胸に深く刻みなおした。

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