六話:流れの行商人
「――《迅雷》!」
ロイドがアイラの修行に付き添うのは基本的に週に一、二度程度だ。
それ以外の時はアイラは家の庭で魔力を軽く放出したり、あるいは魔法に関する知識を高めたりする程度に留めている。
例外として以前魔力の動きを感じるためにロイドが二週間ほどつきっきりで相手をしてくれたが、アイラが課題をクリアしてからは元通りだ。
そして今日、アイラたちは一週間ぶりにグランデ大森林で修業に勤しんでいた。
場所は勿論、切り立った崖が奥に広がる開けたところだ。
魔法の名前を口にすると同時にアイラの手の先に白い魔法陣が現れる。
課題をクリアしたことで新たな魔法を教えてもらい、アイラはそれをなんとか習得した。
だがそれを修行で日常的に使ったりはしない。
ロイドに教わったその魔法はただの光を発するだけのものだからだ。
もっぱらアイラが普段使う魔法は、初めて教わった攻撃魔法である《迅雷》に限られる。
アイラの放った紫電は地面に垂直に立てられている藁の塊にぶち当たる。
バチィという音と共に、アイラの鼻孔を藁が焦げる臭いがくすぐった。
「今のはいい感じだ。次はもう少し離れてやってみろ」
藁を的にし、魔法を放つ練習をしているアイラを近くの地面に横になって眺めていたロイドがそう指示を出す。
アイラはそれに頷き返した。
――と、そこに、
「また来たか」
アイラに指示するときの気の抜けた声を一転、鋭い声色で呟きながらロイドは立ち上がる。
唸り声を上げながら現れたのは、最早見慣れた犬型の魔獣だ。
ロイドは三体の魔獣に杖をかざした。
そして、杖に先に三つの魔法陣が現れ、そこから不可視の刃が放たれる。
次の瞬間には魔獣たちは体を両断されて絶命していた。
修行を行っている際に魔獣が現れればロイドが倒している。
だからこそアイラは安心して己の授業に集中できるのだ。
ロイドの洗練された魔法を見てアイラは早くこういう風になりたいと思った。
詠唱も名唱もせずに放った魔法だというのに、その正確さと威力は十分なものだ。
しかも同時に三つの魔法を展開していた。
今のアイラはまだ魔法の複数同時展開はできない。
それをさらりとやってのけるのだから、やはりロイドはすごい。
決して口には出さないが、アイラは密かにそう思った。
「今日は数が多いな」
そんなことを考えていると、ロイドがいつになく神妙な面持ちでポツリと呟いた。
ロイドの言葉に反応して、アイラは周囲に視線を移した。
この場で修業を始めてからまだ一、二時間程度しか経っていないが、周辺に転がる魔獣の死骸は十五を数える。
確かに多い。
瘴素を取り込むことで魔獣化する性質から、魔獣は魔界樹の近くに多い。
それは逆に世界樹の近くならばあまり多くないということを指す。
だからこのグランデ大森林も奥地で徐々に魔獣化し、凶暴化した魔獣が探せば現れる程度のもので、こうしてただ単に修行をしているときに現れることはあまりない。
いつもでも多くて五、六体だ。
そこでふと、アイラは一つの可能性に行きついた。
「私の魔法の威力が増したからそれに反応する魔獣が増えたんじゃない?」
「いや、それはないな」
「――んなっ」
ロイドの歯牙にもかけない即答に言葉を失う。
「ま、どちらにしろ向こうから姿を現してくれるならそれに越したことはないけどな。長い間潜伏して力を蓄えられるよりはいい」
その一言を残して、ロイドは魔獣の死骸から視線を逸らした。
そして再び、アイラが魔法を放つ音がグランデ大森林に響き渡り始める。
◆ ◆
夕方。グランデ大森林から戻って来たロイドたちは北門からグランデ村に入る。
すると、遠くから人々がざわめく声が聞こえてアイラは首を傾げた。
「なにかあったのかしら?」
「さあな。行商人でも来てるんじゃないか。この声は東門辺りからだろ?」
「あれ? でも前に行商人がこの村に来たのは一週間ぐらい前よ? そんなに早く再訪すると思う?」
「大方、流れの行商人だろ。新しい取引先を求めてグランデ村に現れたってとこかもな」
ロイドの見立てにアイラはなるほどと頷く。
グランデ村には一月に一度の頻度で行商人が訪れる。
辺境の村だけでは手に入れることのできない物をその時に買うのだ。
そして行商人同士である程度担当の地域というものが決められている。
互いの利益を確保しあおうという暗黙の了解の様なものだ。
だが今日は以前行商人が訪れてからまだ一週間しか経っていない。
明らかに別の行商人だ。
「ロイド、少しだけ様子を見にいかない?」
どんなものがどれぐらいで売っているのか。
家計を預かる者として気になったらしい。
アイラが目を輝かせながらロイドにそう提案する。
だがロイドは面倒そうに欠伸を漏らした。
「俺は行かねえよ。別に買うものもないからな」
「えー……、わかった。じゃあ少しだけ見て来るわ」
不満そうにしながらも好奇心は抑えられなかったらしい。
アイラはそう言い残して東門の方へと走り出した。
遠ざかっていくその背中を見届けて、ロイドは家へと帰る。
自室に入り、ローブを脱いで杖を壁に立てかける。
そうしてベッドに倒れ込んだ。
「魔力の調整を学んでから、心なしか魔法の精度も上がってたな……」
天井を見上げながら、今日の修行を振り返る。
ロイドとの修行によって魔力の動きを感じられるようになり、今日のアイラの魔法は展開速度も精度も増していたような気がする。
もっとも、そう思っていてもアイラには絶対言わないが。
「すぐ調子に乗って新しい魔法を教えろだなんて言い出すからな。たくっ、付き合わされる俺の身にもなれってんだ」
口ではそう言いながらも、弟子の修行に付き合うのは師匠の役目なのだから別段文句はない。
陽も沈みかけ、今はもう夕食時だ。
ロイドは空腹を紛らわすためにそのまま目を瞑った。
◆ ◆
「――で、どうだった? やっぱり流れの行商人だったか?」
一時間後、家に帰って来たアイラが夕食の支度を終え、ロイドは食堂に降りてきていた。
そして食事をとりながら、アイラに声をかける。
「ええ、ロイドの言った通り初めて見た人だったわ。今後は定期的に訪れるって」
「へぇ、それはまた。行商人同士で揉めねえのかね」
「さあ? そんなのは私たちからしたらどうでもいいわ。良いものを安く買えたらそれで」
「……アイラ、お前もう賢者になるのをやめて主婦になったらどうだ」
ロイドは思わず苦笑を零しながらそう呟く。
「ロイドが魔王討伐の時に得た報酬だって有限なんだから、節約しないといけないでしょ。あーあ、公爵様になっていたらこんな心配する必要なんてないのに」
「なんだ? そんなに俺に公爵になって欲しかったのか」
「冗談よ。ロイドは公爵なんて向いてないわ」
アイラの言葉にロイドは「失礼な……」と不満げな声色で返す。
「それで? 新しい行商人は主婦様のお眼鏡にかなったか?」
「……バカにしてるでしょ」
「いんや、してねーよ」
明らかに小バカにした物言いにアイラはジト目で睨みながら答える。
「んー、私というよりは自警団の人たちのお眼鏡にかなってたかなぁ」
どんな村でも自警団もしくはそれに似た、周囲の治安を守る組織はある。
特にここグランデ村は近くのグランデ大森林から極稀に魔獣が攻めて来ることもあり、自警団の多くは少しなら魔法を扱うこともできる。
だが、彼らが賢者という訳ではない。
立場としてはアイラと同じ、賢者見習いだ。
賢者の下で魔法を学び、しかし途中で挫折した人間は少なからずいる。
そういう人たちは剣を片手に、魔法を扱ったりもするのだ。
そんな自警団だが、そこに所属する人間が一体どう関係あるのか。
ロイドが疑問を含んだ視線を向けると、アイラが続けた。
「魔力水が売られていたの。それもすっごい安い価格で。それで自警団の人たちが買い占めてたわ」
「魔力水が? それは珍しいな」
魔素が込められた水――魔力水。
魔法を扱う者が飲めば即座に内包する魔力を回復することが出来る万能の水だが、その生成には熟練した賢者の力が必要だ。
そんな魔力水を一介の行商人が扱う、それも安価で売るなんてのはそうあることではない。
各国の中心的な都市ならばそういった行商人が出入りすることもあるだろうが、こんな辺鄙な村に訪れるなんて余程の物好きもいたものだ。
「買ったのか?」
「買うわけないじゃない。確かに安かったけどロイドの創る魔力水の方が何倍も魔素が含まれてるもの」
同じ水の量であっても、そこに籠められる魔素の量は作成者の力量によって差が生まれる。
当然含まれる魔素が多いほど回復する魔力量も多い。
大賢者であるロイドが創る魔力水の純度は高く、並みの賢者とは比較にならない。
「お? どうした、珍しいな。お前が俺を褒めるなんて」
「べ、別に褒めてないわよっ! お金を払わなくても手に入るものを、お金を出してまで買うのがバカバカしかっただけだから!」
「素直じゃないな。弟子が師匠を敬うのは当たり前のことだ、照れる必要なんてないぞ?」
「あー、もう! 黙って!!」
失敗した。
自分の発言を後悔しながら、ニヤニヤとこちらを見つめてくるロイドとは視線を合わせないようにしてアイラは食事を終えた。