五話:魔法の試験
ロイドの指導の下、アイラが魔力の動きを掴むための修行を始めて二週間目の朝。
珍しく朝から起きていたロイドが朝食の席で、アイラに「今日は魔獣討伐にしよう」と提案した。
突然のことに困惑しながらも、それなりに力がついた自信があったアイラはロイドの提案を受けることにした。
そして今、グランデ大森林まで来ている。
「今回もやることは同じだ。一人で森の中を歩き回って、遭遇した魔獣を殲滅する。よほどのことがない限り俺は遠くから見ているだけだ」
「わかったわ」
ロイドの言葉に応じたアイラの語気は弱々しい。
それに気付き、ロイドは可笑しそうに笑った。
「なんだ、緊張しているのか? お前らしくもない」
「私らしさって何よ」
「なんだかんだで自分の力に自信を持ってるところだな。ま、大概失敗してるけど」
「……それ、褒めてるの?」
ロイドの釈然としない物言いに、アイラはジト目で睨む。
「当たり前だ。この二週間で格段に魔力の動きを掴めるようになったはずだ。ま、気楽にやれ。俺の目から見て合格だったら次の魔法を教えてやる」
「――! わかったわ。見てなさいよ、ロイド!」
次の魔法という言葉を聞いて突然元気になったアイラに、ロイドは「ああ」と応じながら苦笑する。
その苦笑と共に、ロイドはアイラから離れた。
木々の影に溶け込んでいったロイドの背中を見送ってから、アイラは両頬を手でパンッと叩き、気合を入れる。
ロイドの言う通り、体内を巡る魔力の流れは以前よりも格段に認識できている。
後は魔法を行使するときに、現れた魔獣を倒せる最小限の魔力を籠めればいい。
練習では上手くいった。
今日こそはロイドに自分のいいところを見せつけ、そして新しい魔法を教えてもらう。
決意を胸に、アイラは森の中を歩き出した。
◆ ◆
森の奥へ突き進むこと数十分。
アイラはふと、足を止めた。
嫌な気配がしたのだ。
目の前の草むらに意識を向け、魔力を放出する。
その瞬間――
「……ッ!」
草むらから一つの影が飛び出し、アイラに襲い掛かる。
宙に浮くその影に向けて、アイラは手をかざした。
「《其は世界の理を示すもの、摂理を司り、万物を支配するもの。我は請う、理の内に在るものに、流動の理を。――迅雷》ッ!」
術者であるアイラの暗示が魔力に明確なイメージを持たせる。
放たれた紫電は襲い掛かって来た影――魔獣を吹き飛ばした。
地面に落ちた魔獣は以前戦ったのと同じ、犬型の魔獣だ。
そもそも魔獣とは、大気を舞う瘴素を取り込むことで遺伝子そのものが破壊され、変質し、凶暴化した動物のことをさす。
故に、元の素体が強力な存在であればあるほど強い魔獣ということになる。
ロイドが以前犬型の魔獣を最弱の部類と言ったのもそれが理由だ。
中には狼や熊、果てには竜なども魔獣と化した例がある。
それらと比べれば犬はどれほどの脅威だというのか。
魔獣に理性はない。瘴素によってすべてが破壊され、残されたものは唯一、破壊という本能だけだ。
故に倒すしかない。
一体の魔獣を倒した瞬間、アイラは気を緩めることなく即座に周囲を警戒する。
魔獣同士は仲間意識を持ち、集団で行動する。それが犬ならば尚更だ。
先ほど魔獣が現れた草むらの奥から、更に三体の魔獣が現れる。
アイラはすぐさま魔法を発動する。
詠唱の後手の先から紫電が放たれ、一体を穿つ。
アイラの魔法を受けた魔獣はプスプスという焦げる音を立てて絶命した。
その様子を見て、アイラはまだ多すぎると自分の魔法にそう評価を下した。
もっと魔力を減らし、ロイドの言う戦い方が出来るはずだ。
「――ッ、《迅雷》!」
襲い掛かって来た魔獣の牙を避けながら、アイラは詠唱と名唱を終える。
そして先ほどよりも更に魔力を弱めた魔法を放った。
――が、
「……嘘ッ」
直撃したはずの魔獣は少しよろめくだけに留まり、絶命するには至っていない。
今度は注いだ魔力が少なすぎたのだ。
「ッ、なら――」
動揺している場合ではない。
アイラはすぐさま切り替えて魔法を行使する。
今度は、先程よりも多く――。
放たれた紫電は再度魔獣を撃ち抜き、そしてよろめいた後その場に倒れ伏した。
「やったッ、出来た――ッ」
かつてない手応えを感じて思わず歓喜の声をあげる。
だが魔獣はもう一体残っている。
弛緩した表情を引き締め、先程と同じように魔法を行使する。
「《其は世界の理を示すもの、摂理を司り、万物を支配するもの。我は請う、理の内に在るものに、流動の理を。――迅雷》!」
紫電に撃ち抜かれた魔獣は先ほど同様、よろめいてからその場に倒れた。
最小限の魔法によって倒せた何よりの証拠だ。
「――――」
アイラは思わずロイドの方を向きそうになって、すぐさま意識を切り替える。
前回の教訓。視界に映る魔獣を掃討した後、辺りに潜伏している魔獣がいないかを警戒する。
それを思い出し、アイラは意識を周囲に向けた。
すると――
「――この辺りに魔獣はもういない。よくやった、アイラ」
どこからともなく、杖を手に黒いローブを纏ったロイドが現れた。
彼の姿を見て、アイラはホッと胸を撫で下ろす。
「途中で魔獣を倒せなかった時はヒヤッとしたが、うまく修正できたみたいだな」
「ええ、ロイドの課題にしていた魔力の制御に関しては上手くいったはずよッ」
ロイドの言葉にアイラは得意気に胸を張る。
弟子のその態度にロイドは小さく笑みを浮かべながら話を続ける。
「よし、俺の課題は合格だ。約束通り新しい魔法を教えてやろう」
「やったっ! ね、どんな魔法を教えてくれるの?」
歓喜の声をあげ、期待に満ちた眼差しを向けてくるアイラに、ロイドはニヤリと笑みを浮かべて答える。
「――ピンチになった時に使えば、どんなピンチでも乗り越えられる魔法だ」
◆ ◆
「……今のが、ピンチの時に役立つ魔法なの?」
場所を開けたところに移し、そこでロイドが行使した魔法を見てアイラは微妙な反応を示す。
「なんだ、不満そうだな」
「不満よ! 今の、ただの目くらましじゃない! そんなのが役に立つなんて思えないわよっ」
ロイドにかみつくアイラ。
どんなピンチでも乗り越えられる魔法というから、《迅雷》以上の攻撃力を秘めた魔法を教えてくれるのかと思っていた。
だが、ロイドが実際に使って見せたのはただ眩しい光を放つだけのもの。
せいぜいが目くらまし程度にしか使えない魔法だ。
「弟子は師匠を信じるものだぞ? いいから、次はこの魔法を覚えるんだ。そう難しい魔法じゃない。これを扱えるようになったら他の魔法も教えてやる」
「わ、わかった……」
ロイドの言葉に、アイラは釈然としない様子ながらも頷き返す。
例えどんな魔法であっても使える魔法を増やしておくにこしたことはない。
無理やりそう納得することにした。