四十三話:それぞれの問い
「…………」
「…………」
グランデ村への帰路。
草木を踏みしめる音と、風で揺れる枝葉の音、そして遠くの鳥の鳴き声だけが二人の耳に流れ込んでくる。
――気まずい。
傍から見れば先ほどの決闘でのロイドの振る舞いは、圧倒的な実力差の元でか弱い少女を蹂躙した挙句泣かせたど畜生に見える。
それを自覚しているからこそ、声をかけづらい。
そして、フィルはと言えば……。
「…………」
僅かに赤くなった目を伏せて、黙したまま地面を見ている。
身長に差があるためその表情までは窺い知れない。
その姿を見ながら、ロイドは場違いにも頰を緩めた。
(こういうところは、アイラとあまり変わらないな)
アイラも、何か自分と揉めたりしたらすぐに拗ねて口をきかなくなる。
はたしてフィルが拗ねているのかはわからないが。
(そうだ、アイラだ。あいつ、もう帰ってるといいが)
先刻。外を走ってくると言って泣きながら家を飛び出していったもう一人の弟子の姿を思い描く。
彼女に関しても、このまま放っておくわけにはいかない。
「……あの、一ついいですか」
「なんだ?」
不意にフィルがポツリと声を発し、ロイドは慌てて聞き返す。
フィルは前を向いたまま口を開いた。
「どうして、フィルのことを手伝ってくれるんですか?」
「俺だと不満か?」
「いえ、……あなたは腐っても大賢者ですから」
フィルがレティーシャに認めてもらうための手伝いをすると、ロイドは先ほど彼女に向けて言った。
その時は大人しくロイドの提案を受け入れたフィルだったが、納得したわけではない。
自分はロイドに対してお世辞にもいいとは言えない態度をとり続けている。
そんな自分の手助けを買って出たロイドの真意が測れずにいた。
「……そうだな、俺はもう弟子じゃなくて師匠だから、だな」
「え?」
「弟子の面倒を見るのが師匠だ。それがたとえ、一時の間だけの関係でも。……レティーシャの言葉を借りるなら、師匠としての使命を果たすため。ま、大賢者としての使命から逃げた俺が言っても説得力はないだろうがな」
「…………」
ロイドの言っていることがよくわからないと言った様子のフィルに、ロイドは微笑みかける。
「アイラはお前と同い年なんだ。折角なんだから、仲良くしたらいいと思うぞ。互いに切磋琢磨していけば、お前の求める強さが手に入るかもしれない」
「……フィルと切磋琢磨できるほど強いとは思えません」
「そうかもな。でも、お前にはないものも持っている。他人と触れあう中で、人はそれらを学んでいくんだ。俺とレティがそうだったようにな」
互いに同じ師の下で切磋琢磨し、その果てに二人共が大賢者という高みへと到達した。
彼の言葉が持つ重みを、フィルには軽々に否定することができなかった。
複雑な面持ちで再び黙り込んだフィルに、ロイドは軽い調子で声を掛ける。
「なあ、俺も一つ訊いていいか?」
「……なんですか」
「どうしてお前はそんなに力を求めるんだ」
以前、レティーシャからフィルの両親が魔族に殺されてことは聞いている。
その復讐のために強くなろうとしていると。
しかしそれは、アイラにも言えることだ。
彼女もまた、家族や友人、住んでいた村の一切を魔族によって奪われている。
「どうしてって、そんなの、魔族を倒すために決まっています」
幾分か強い語気で、フィルは言った。
「魔族の長、魔王は倒されたんだ。今更お前が躍起にならなくても、国が魔族の掃討には動いている。それこそ今も各地で賢者たちが魔族狩りに勤しんでいるんだからよ」
魔力水を用いて意図的に人を魔獣化させる不穏な動きが魔族の間にあることは伏せながら、ロイドは純然たる事実を言う。
たとえそういう動きがあるにしても、魔族の勢力はかつてよりも衰えている。
リーダーを失った魔族には、最早今までのような力は残されていないだろう。
「こんなところで折角持っている力を振るわずに、安穏と暮らしているあなたが言えることですか」
「それを言われたら返す言葉もないが、まあ大勢がって話だ」
ぐうの音も出ない正論に、思わず肩を竦める。
その反応にフィルは詰まらなさそうに視線をロイドから外して地面を見つめながら呟いた。
「フィルは、強くならないといけないんです。強く……」
まるで呪詛のように、思い詰めた表情で呟くフィルの姿を見てロイドは顔をしかめた。
◆ ◆
「……ん?」
昼を少し過ぎた頃。
ロイドたちはグランデ村へと戻っていた。
北門をくぐり、グランデ村に入ってすぐに、ロイドは視界の隅にアイラの姿を認めて眉を寄せた。
傍らに追従していたフィルは彼のその反応に目ざとく気付く。
「フィルは、先に戻っています」
「お、おい……」
引き留めようとするも取り合おうとせず、家の方向へ足を踏み出した彼女の背を見ながらロイドはガシガシと頭を掻いた。
「ガキかと思えば妙なところで気を回しやがって。せめてハッキリしてくれよな」
曖昧な態度に不満を零しながら、ロイドはアイラの方へと歩み寄る。
アイラは道の脇に伸びた木の幹に背中を預けるようにして腰掛けていた。
そしてボーッと木の葉の間から青空を見つめている。
「……ロイド」
不意に、目の前で誰かが立ち止まった気配を感じ取って、アイラは視線を下ろした。
「こんなところで何やってるんだ、お前は」
「……外を歩いてくるって言ったでしょ。って、ロイド。どこか行ってたの?」
「よくわかったな」
アイラの指摘にロイドは驚く。
するとアイラはロイドが纏う黒いローブを指差した。
「土で汚れてるから。それに、なんだか疲れてるようにも見えるし」
言われてロイドはローブを叩いて汚れを取りながら、「フィルとグランデ大森林に行ってたんだ」と正直に告白した。
「え、どういうこと……?」
それに対して、アイラは困惑の表情を浮かべた。
当然だ。フィルとグランデ大森林に行ってすることなんてこれといってないはずなのだから。
そもそも、ロイドが普段グランデ大森林に行くのは自分との魔法の鍛錬に付き合ってくれる時ぐらい――。
そこまで考えて、アイラはハッと目を見開いた。
その反応にロイドは肩を竦めると、先ほどまでのフィルとの出来事を話し始めた。