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四十二話:強さ

「っ、はぁ、っぅ……、はぁ……」


 両肩を荒々しく上下させて必死に呼吸を続けるフィルは、しかし強い闘志の宿った瞳で眼前に佇む青年を睨み付ける。

 その眼差しを受けたロイドは小さく嘆息した。


「そろそろ、降参したらどうだ?」


「……っ、まだ、です! ――《風刃(ベリケム)》!」


 憤怒の入り交じった声と共に放たれた不可視の刃は、しかしロイドの《防護(サンク)》に阻まれる。


 戦闘が始まってから十数分。

 フェイントをかけたり、持ちうる魔法をすべて試しているが、フィルの魔法はロイドの魔法を一向に突破できない。


 ――ロイドに魔法を掠らせることすらできない。


 結果、すでにフィルの魔力は底を尽きかけている。

 先ほどから苦しそうに息をしているのが、何よりの証拠だ。


 魔法に籠められる魔力も弱まり、それに比例するように一撃一撃の威力も減衰している。

 一方で、ロイドには疲労の色は一切見えない。


 世界樹(オルビス)による加護のあるこの大陸で、大賢者であるロイドの魔力が底を尽きることなど、理論上あり得ない。


 これ以上続けても無駄だ。

 そしてそのことは、フィル自身もよくわかっているはず。


 しかし、最前から繰り返しているロイドの忠告を無視してフィルは魔法を放ち続けている。


(まさか、これほどの執念とはな……)


 杖の先から魔法陣、《防護(サンク)》を展開しながら、ロイドは眉間に皺を寄せた。


 執念、妄執。


 家族を魔人に殺され、その復讐のために少女らしい幸せをかなぐり捨てて、ただ力だけを求めるその姿。


 そう在り続けてきた彼女だからこそ、ロイドのことを認めるわけにはいかない。

 力を手にしながら、その力を振るおうともせずに安穏と暮らすロイドを。


 だから、勝ちの目がなくても、魔力の欠乏から全身に苦痛が奔ろうとも、負けを認めない。

 そんなフィルの戦いようを、ロイドはやはり、危ういと感じた。


 力を求めるのはいい。だが、力だけを求め続けるのは危険だ。

 そういう者は、ふとした拍子に何もかもを取りこぼしてしまう。


「《(パラ)》――、っ!?」


 不可視の刃を放った直後、続けざまに《迅雷(パラサン)》を放とうとしたフィルだったが、その名唱の途中、ガクリと膝を折って地に跪いた。


 戸惑いながらも立ち上がろうとするフィルだが、ガクガクと震えるだけで力が入らない様子だ。

 それを見て、ロイドは彼女へ向けていた杖を下ろす。


「どう、して……」


 やがてその場にへたり込んだフィルは、膝の上でギュッと拳を握りながら顔を俯けてポツリと呟いた。

 その呟きを起点として、彼女の目から涙が溢れ出し、握りしめた拳の上へと滴り落ちる。


「どうして、どうして……! どうしてそれだけの力があって、それを振るおうともしないでこんなところで……!」


 勢いよく顔を上げ、涙を流しながらキッとロイドを睨み付ける。


「いらないなら、フィルにください! 使わないなら、フィルに……ッ!」


 魔力欠乏から荒々しい呼吸と彼女の慟哭が合わさって、鬼気迫るものを感じさせる。

 そんな彼女に、ロイドは何も言葉をかけることができない。


 ただ、強い確信を抱いた。


 ……やはり、彼女はこのままではダメだ。


 魔法の技術は、確かにアイラよりも遙かに上だ。

 アイラは詠唱破棄はできないし、フィルのように多彩な魔法を扱えるわけではない。


 だが、料理ができる。

 掃除ができる。

 洗濯ができる。


 およそ、人としての生活を営むためのことは最低限はできる。


 そういう風になれるように育ててきたつもりだ。

 いつか、自分がいなくなったとしても一人で生きていけるように。


 アイラは、人として必要な強さをきちんと備えている。

 それは、フィルにはない強さだ。


 いつだったか、ロイドが師匠に言われたことだ。


 賢者を目指す者は、ただ魔法が扱えるだけではダメだ。

 強い力を生み出せるだけではダメだ。

 その力で一体何を守るのか。

 あるいは、その力がなくなったときにはたして自分に何が残るのか。

 それらをきちんと備えていなくてはダメだ。


 アイラには、仮に魔法が使えなくなったとしてもきちんと生きていくだけの力はある。

 だが、フィルは――。


 だから、フィルは弱い。

 弱くて、脆い。


 何か一つの能力に特化していても、それ以外に何ももっていない人間は、とても儚い。

 ロイドと、そしてレティーシャが危惧しているのはそんなところだ。


 最早魔力も完全に尽きたのか、苦しそうにしながら嗚咽するフィルへと歩み寄り、懐から小瓶を取り出して彼女へ突き出す。

 すると、フィルは少しの間を置いてから首を振った。


「いり、ません。あなたの創った魔力水、なんて」


「いいから飲め。レティが帰ってくるまでは俺がお前の師匠なんだ。師匠の言うことは聞くべきだぞ」


「誰が、あなたを師匠なんて……」


「ほら、いいから飲め」


 いまだ拒もうとするフィルの手を取り、無理矢理に小瓶を握らせる。

 躊躇ってから、フィルはゆっくりと魔力水を口に流し込んだ。


 魔力が体内に僅かながら満ちたことで、呼吸が落ち着く。


 地面にへたり込んでいる彼女に目の高さを合わせるためにロイドはかがみ込むと、口元を拭うフィルの目を真っ直ぐに見つめた。


「俺の力をお前にあげることは、悪いができない」


「…………」


「だがその代わり、お前を強くしてやる。今よりもずっと」


「え……?」


 ロイドの言葉が意外だったのか、フィルは戸惑いながら目を見開いた。

 そんな彼女に、ロイドは強い声音で言った。


「レティーシャに認めさせたいんだろ? なら、手伝ってやる」

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