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三十九話:勃発

「…………」


 闇の奥底に沈んでいた意識が一気に表層へと引き戻されて、意識がハッキリとしたものになってくる。

 目覚めたロイドの視界に広がったのは、見慣れた天井だ。


「そうか、帰ってきたんだっけ」


 誰にいうでもなく、一人小さく呟いた。


 レティーシャたちと王都を回った後、手配された馬車に乗り、グランデ村に帰ったのが昨夜のこと。

 夜も遅かったのでそのまま眠ることにしたのだ。

 預かることになったフィルはもちろんのこと、レティーシャもどうやら今度も世界樹(オルビス)へ用があるらしく、ロイドの家に泊まっている。


 外を見るとまだ薄暗かった。

 静かなわけだ、と。ロイドは僅かに口角を上げた。


 普段自分が起きるときは大抵アイラが枕元で騒いでいるものだが、流石にこの時間に起こしに来るはずもない。


 王都にいる間は魔法を使うような機会もなかったため、体内を巡る魔力はいつもより充足している。

 そのおかげか普段全身にのしかかる倦怠感はなく、このまま起きておくことも可能だ。


 そんなわけで、ロイドはベッドから這い出ると、体をポキポキと鳴らしながら風呂場へと向かった。


 ◆ ◆


「え、ロイド……?」


 風呂場から戻り、暫くの間リビングでくつろいでいると、起きてきたアイラがロイドの姿に気付き、驚きの声を上げた。

 まるで信じられない光景を見ているとでも言いたげな彼女のその表情に、ロイドは抗議の声を上げる。


「なんだよ、その目は。俺が朝早くに起きてるのがそんなにおかしいのかよ」


「べ、別におかしいってわけじゃないけど、珍しいなぁって。それはそれとして、おはよう」


「ああ、おはよう。レティたちはどうしてる?」


「物音はしなかったし、まだ寝ているんじゃないの? 起こしに行った方がいい?」


「いや、別にいいんじゃないか。レティに限って仕事に支障をきたすようなことはしないだろうし、フィルに至っては今日から暫くの間ここで暮らすんだからさ。朝ぐらいはゆっくりさせてやろうぜ」


 ロイドの言葉に、アイラも「そうね」と頷いた。

 それから少し不安そうに俯く。


「どうかしたか?」


 それに気付いたロイドが声をかけるが、アイラは逡巡する素振りをみせるが、やがて決心がついたように顔を上げてロイドを見る。


「その、私あの子と仲良くなれるかが不安なの。そもそもこの家でロイド以外と暮らすことになるなんて想像もしてなかったから。それに……」


「それに……?」


「っ、な、なんでもないわ。とにかくこれからの生活がどうなるのかなって心配になっただけ」


「そうか」


 アイラの指すあの子がフィルのことであるのは言われるまでもない。


 昨日は半ば強引にフィルを受け入れることにしたが、これまで同世代との絡みが極端に少なかったのだ。

 それが突然、期間限定とはいえ同い年の弟子が増えることになって戸惑わないはずがない。


 ロイドはリビングのソファから立ち上がり、いまだ廊下に突っ立っているアイラの下へと歩み寄る。

 そして、彼女の頭にポンッと手を乗せた。


「大丈夫だ、お前なら。それに、何かあったら俺が話ぐらいは聞いてやる。一応俺はお前の師匠なんだからな」


「……う、うん」


 頬を僅かに染めて、アイラは俯く。

 アイラを安心させるために暫くの間頭を撫でていたロイドだったが、不意にその手をとめる。


「それはそれとして、だ。お前ももう十七なんだから、髪ぐらいはきちんとしといた方がいいぞ」


「――ッ!」


 言われて、アイラは慌てて頭を押さえる。


 普段はしっかりと整えられている髪だが、今日は寝癖が残っていて、所々ピョコピョコと跳ねている。

 顔を真っ赤にしたアイラに、ロイドはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべてみせる。


「そうだ、折角だからお前もフィルみたくツインテールにしてみるのはどうだ。親睦を深めるのにもいいと思うぞ」


「絶対バカにしてるでしょ。……違うから、いつもはロイドが起きるまでに整えてるんだからッ」


「はいはい、わかったわかった。いいから早く鏡の前に行ってこいって。俺はともかくレティたちには見られたくないだろ」


「……後で覚えてなさいよ!」


 捨て台詞を残してアイラは慌てて洗面台の方へと向かう。

 ロイドはその背中を笑いながら見送った。


 ◆ ◆


 その後、起きてきたレティーシャとフィルと共に朝食をとり、気が付けば辺りも明るくなっていた。


 出立のための身支度を整えるレティーシャに近付いたのは、彼女の弟子のフィルだ。

 彼女自身、ロイドの家において行かれることにはまだ納得がいっていないのか、不満そうにレティーシャを見つめている。


 一方でレティーシャはその視線に気付いてはいるのだろうが、特に反応はせずに、黙々と準備を続ける。


「さて、と。じゃあ、フィル。いってくるね。くれぐれもロイドたちに迷惑はかけないように。大人しくしてるのよ」


「わかっています。……師匠も、お気をつけて」


「うん」


 フィルに微笑みかけてから、レティーシャは不意にロイドの方を見る。

 ジッと見つめられたロイドは、隣に立つアイラに告げる。


「ちょっとレティを村の外まで送ってくる。フィルのことは任せたぞ、アイラ」


「わ、わかったわ」


 フィルと二人きりで家で留守番をしないといけないことに戸惑いながらも、アイラは彼の言葉に頷いた。

 その返事にロイドもまた頷き返すと、レティーシャと共に家の外へと出る。


「それで、一体何の用だ?」


 家を出てグランデ村の東門へと向かいながら、ロイドは少し前を歩くレティーシャに話しかける。


「ん? なんのこと?」


 すると、レティーシャは歩きながら半身をロイドの方へ向け、おどけた様子で小首を傾げた。

 ロイドは「今更とぼけるなよ」と鋭い視線で睨む。


「わざとらしく俺に変な視線を送りやがって。なんだよ、何か話があるんじゃなかったのか」


 ロイドがそう言うやいなや、突然レティーシャがその場に立ち止まった。

 彼女の突然の行動にロイドも立ち止まると、「どうした」と言葉をかける。


「そういうつもりじゃなかったんだけどね。ほんと、ロイドは鈍感なのかどうかわからないよ。普段は凄く抜けているのに、変なところで鋭くてさ」


「褒め言葉として受け取っておく」


「もちろん、褒めているからね」


 おどけた笑みと共にレティーシャはそう返し、それから語りかけるように呟く。


「あの子、フィルのことなんだけど」


「ん? ああ……」


「今更こんなことを言うのもおかしな話かもしれないけど、たぶんフィルはロイドのことを苦手に思ってるんだ。本人は隠しているつもりみたいだけど」


「知ってるさ。王都で俺の所に預けるって言ったときのフィルの反応を見ればな。あれで隠してるつもりってのは無理があるだろ」


 どうして嫌われているのかも、なんとなく察しはつく。


「力を求めすぎている、だったか。そりゃあそんな奴からしたら、俺みたいに力を無駄にしてる奴は嫌いだろうよ」


「……うん、そんな感じ」


 ならどうしてわざわざ自分の所に預けたのか、なんてことは言わない。

 レティーシャが弟子に対して抱いている心配と、ロイドが抱いているそれは、とても似通っているものだから。


「お前の弟子のことは任せろ。お前が戻ってくるまでの間、フィルは俺が責任を持って面倒を見といてやる。といってもまあ俺なんかがこんなこと言ったって、安心できないと思うけどな」


「ううん、そんなことないよ。私、ロイドのことは信じてるから」


「――ッ」


 自嘲の笑みと共に言い放ったロイドの言を、しかしレティーシャは即座に否定する。

 その真剣さにロイドは一瞬言葉を失った。


 それから、一言声をかける。


「……まあ、とにかくこっちは任せろ」


「うん、任せたっ」


 照れたように頭をガシガシと掻きながらそういったロイドに、レティーシャは嬉しそうに微笑む。


 それで二人の会話は終わった。


 東門に辿り着き、レティーシャと別れたロイドは一直線に家へと引き返す。


 レティーシャからの全幅の信頼。

 なぜか、それが重く背にのし掛かる。


 果たして自分はこのままでいいのか。

 自分に問うたところで今更変えるわけもないのに、そんなくだらない質問を投げかけてしまう。


「ま、今はそんなことよりフィルのことだ。請け負ったからにはきちんと面倒みないとな」


 家が近付き、ロイドは内心で意識を切り替えた。

 そして、玄関のドアノブに手をかけようとして、


「――――さいッッ!!」


 アイラの怒鳴り声が鼓膜を激しく揺らした。


「アイラ……!?」


 慌ててロイドはドアを開けて家の中に入る。

 そして、そこには魔力を放出して臨戦態勢にあるアイラとフィルの姿があった。


「……レティのやつ、中々厄介な弟子を持ちやがって」


 目の前の光景に顔を引きつらせながら、ロイドは辺りに吹き荒れる二人の魔力に意識を向けた。

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