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三十八話:王都散策(下)

「好きなものを頼んでね。ここは私が持つから」


 王都の散策を続けているうちに、いつの間にか陽が傾き始めていた。


 グランデ村への馬車が出るまではまだ時間が残されているので、ロイドたち一行は王都の手近なレストランへと入った。

 円形のテーブルに案内され、それぞれ腰を下ろしたタイミングでレティーシャがそう言った。


 彼女の対面に座っていたロイドは、その言葉にメニュー表から顔を上げる。


「いいのか? じゃあ、店で一番高い料理を頼むか」


「ちょ、ちょっとロイド……!」


 奢られる気が満々でいるロイドの脇腹を小突くアイラだが、その様子をみていたレティーシャは小さく笑った。


「いいからいいから、ほら、アイラちゃんも食べたいものを頼みなよ」


「で、でも……」


 困った様子のアイラに、今度はロイドの方が声をかける。


「いいって言われてるんだから、遠慮せずに好きなものを頼めって。レティの懐を心配する必要がないのはお前もわかるだろ?」


「……ロイドは少しぐらい遠慮しなさいよ」


 唇を尖らせながらそう呟くアイラだが、ロイドの言っていることももっともなのでそれ以上は何も言わない。


 大賢者として魔王との戦いの功績から莫大な報奨金を賜り、そして今も各地に点在する魔族の残党を討伐して回っている彼女の財はそれこそ他人に一食奢った程度では揺るぎもしないだろう。

 しかし、それを言えば自分の師匠であるロイドもまた大賢者の一人であるのだから、なんとも釈然としない。


 というよりも、以前に聞いた話では確かロイドの方が兄弟子だったはずだ。

 妹弟子に奢られることになんの引け目もないのか。


「……? どうした、アイラ」


 ジト目で睨んでいると、その視線に気付いたロイドが不思議そうに見てくる。

 その顔は、そんなことこれっぽっちも思っていない様子だった。


「なんでもないわよ……」


 アイラは諦めたようにため息を吐くと、メニュー表へと視線を落とした。


 ◆ ◆


 注文を終え、全員の料理がテーブルの上に出揃ったところで、四人はそれぞれの料理に手を伸ばし始めた。


 初めは遠慮気味に、控えめにしていたアイラだったが、一口食べてその料理の美味しさに気付くと次第にフォークとスプーンを握る手の動きが加速していった。

 そんな弟子の姿を優しい笑みと共に見ながら、ふとロイドは左隣に座るレティーシャの弟子――フィルに視線を移す。


 王都を散策している間、彼女はレティーシャのすぐ傍をついていくだけで特に何も話さなかった。

 内気な性格なのだろう、と思って無理に話しかけることはしなかったが、今後のことを考えると今のうちにある程度打ち解けていた方がいい。


 ロイドは意を決して、黙々と食事をしているフィルに話しかけることにした。


「あー、フィルだったか。いつもレティとはどんなことをしてるんだ?」


 とはいったもののこれといって話題がなかったために、無難な問いを投げてみる。

 するとフィルはテーブルの上に落としていた視線を上げ、青い瞳でジッとロイドを見つめた。


 そして――。


「…………」


 再び食事の視線を戻し、一瞬止めていた手を動かし始めた。

 つまり、完全にスルーされたのだ。


 硬直するロイドをよそに、隣ではアイラが笑いを堪えながら肩を震わせている。

 弟子の粗相に気付いたレティーシャは、急ぎフォローに回った。


「ご、ごめんね。この子人見知りだから」


 どう考えても今のは人見知りのようには見えなかったが。

 突然他人に話しかけて怯えるでもなく、正面から相手の顔を見返すなど人見知りの所行ではないように思う。


 だが、ロイドはその考えをグッと飲み込んで努めて笑顔を浮かべた。

 ついでに、先ほどから隣で笑っている生意気な弟子に一矢報いることにした。


「かまわないさ。うるさいよりもよっぽどいい」


「ちょっと、それって誰のことよ」


「ん? 食いついてくるって事は、それなりに自覚があったのか?」


「なんですって……!」


 ぐぬぬと悔しそうにスプーンを握る手に力を入れるアイラと、それを見つめるロイド。

 二人のやりとりを見て、レティーシャはクスクスと笑う。

 しかし、すぐにその表情を引き締め、真剣な眼差しをロイドへと送った。


 その視線に気付き、アイラをからかっていたロイドもまた表情を一変させる。


「どうかしたか、レティ」


 少しの間互いに見つめ合い、なぜかレティーシャが一向に話し出そうとしなかったのでロイドの方から問いかける。

 すると、レティーシャはその表情をふっと緩めると、ちらりと隣に座るフィルの方を見てから口を開いた。


「実は、昨日からずっと考えていたことなんだけどね、ロイドにお願いがあるんだ」


「お願い? どうした、改まって。先に断っておくが、俺はお前について行くつもりはないぞ。前にも言っただろ。俺は戦わないって」


 レティーシャの真剣な表情から、あるいは自分と共にいまだ世界中に残る魔族の残党を討伐して回ってくれないかと頼まれると思ったロイドは、先にその気がないことを示した。

 しかし、レティーシャは首を横に振った。


「ううん、そうじゃなくって、むしろその逆かな。……私の弟子、フィルをロイドの家で預かってもらいたいの」


 突然の予想だにしなかったレティーシャの頼み事。

 それにロイドが反応を示すよりも先に、フィルが勢いよく立ち上がった。


「し、師匠! 一体どういうことです! そんなこと一言も……!」


 出会ってまだ半日しか経っていないが、ここまで大きな声を出したフィルを初めて見た。

 その険相にロイドとアイラは小さくなり、師弟のやり取りを傍観することにした。


 フィルのその反応はある程度予想済みだったのか、レティーシャは困ったような笑みと共に「私も今日決めたところだから」と宥めるように言葉を返した。


「ほら、フィル。とにかく座りなさい。他の人に迷惑でしょう?」


「…………」


 レティーシャの言葉にフィルは視線を周囲に向けて、周りの人たちが唖然とした様子でこちらを見ていることに気付き、釈然としないながらも渋々椅子に座り直した。


 落ち着きを取り戻したフィルに、レティーシャは努めて穏やかな声で話しかけた。


「いい、フィル。私はこの後、とても大切な任務があるの。この間みたいにフィルを連れて行くわけにはいかないような、ね」


 諭すように順を追って説明していくレティーシャの言葉に耳を傾けながら、ロイドは目を細めた。


 以前、レティーシャが世界樹(オルビス)に用があるといってロイドの家を訪れたとき、彼女はフィルを近くの町に置いてきていた。

 たとえ大賢者の弟子といえど、機密性が高い依頼をこなす際は一緒に取り組むわけにはいかない。


 一体裏で何をしているのか、ロイドとてあずかり知るところではないし、特に知ろうとも思わない。


 ともあれ、彼女はまたしても同じように機密を漏らすわけにはいかない依頼を請け負ったのだろう。

 そしてそれにフィルを連れて行くことはできない。


「でしたら、フィルは近くの町の宿で師匠が帰ってくるのを待ちます。よりにもよって、この男の家なんて……」


 ジッとロイドを睨みながら、フィルはそう抗議する。 随分な嫌われようだなと内心で肩をすくめながら、隣でなぜか不機嫌そうにグッと拳を握ったアイラに視線を落とす。


 とはいえ、フィルの主張はもっともである。

 だが、レティーシャは首を横に振った。


「今度の仕事は長くなりそうなの。これは、フィルのことを考えた上で決めたことよ。私がいない間、あなたは魔法を学べない。だけどロイドの所なら、魔法を教えてもらえる。そうでしょ?」


「……それは、そうですけど」


 師匠の考えに得心がいったらしいが、しかしそれでもフィルは不満げだ。


(まあ、そりゃあそうだよな。片や世界中を飛び回り、人類の繁栄のために尽くす大賢者と、片や田舎に引きこもる大賢者もどき。どっちに魔法を学びたいかなんて明白だ)


 フィルの心境に理解を示すロイド。

 一方でレティーシャはもう少し押せば納得すると判断したのか、畳みかけるように続ける。


「仮にもロイドは私と同じ大賢者。その力は保障するよ。それともフィルは私が不在の間自主練に励むつもりなのかな?」


「おいこら、レティ。お前バカにしてるのか」


「まさかまさか、ロイドのことはきちんと尊敬しているよ」


「よく言うぜ、まったく……」


 疲れたようにため息を吐くロイドに、レティーシャは念を押すように「本当だよ」と一言付け加えた。


 自分で聞いておいてあれだが、レティーシャに尊敬されるようなところは一切ないことを自覚しているロイドは「はいはい」と適当に相槌を返す。


 二人のこのやり取りの間に、フィルはどちらの道を選ぶのか決まったらしい。

 すなわち適当な町の宿に一人留まり、自分一人で魔法の研鑽に励むか、大賢者であるロイドの下で師事するか。


「わかり、ました……」


 小さな声で、フィルはそう呟いた。

 レティーシャは満足げに微笑むと、フィルの頭をポンポンと撫でながらロイドの方を向く。


「じゃ、そういうことだから」


「おい待て、俺は一言もいいなんて言ってないぞ」


「えー」


 裏切られた、とでも言いたげな表情でこちらを見つめてくるレティーシャを無視しながら、しかし……とロイドは脳内で考えを纏める。


 元々、今日王都の散策にレティーシャとフィルの二人を誘ったのは、同年代で同じような立場にあるフィルをアイラに引き合わせることで、両者にとって良い刺激になるのではと思ったからだ。

 フィルには親しい人間がレティーシャしかおらず、視野が狭まり力を求めることしかできないでいる。

 アイラにも同年代の知り合いは皆無に等しく、またそのような存在に憧れていることもロイドはなんとなく感じ取っていた。


 であれば、フィルを一定期間妹弟子としてアイラと共に過ごさせることで、二人の問題が改善されるかもしれない。

 そこまで考えたところで、ロイドはレティーシャに頼み事を引き受ける旨を告げた。


「まあ、わかった。お前が帰ってくるまでの間、フィルは俺の下で預かる。それでいいな、アイラ」


「う、うん」


 少し不満そうな返事ではあったが、ひとまずフィルの扱いに関しては話が纏まった。

 四人は思い出したように、再び料理に手を伸ばした。

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