三十七話:王都散策(中)
王城の前で集合した四人は、自己紹介もそこそこに王都へと繰り出した。
ひとまず王都の有名な観光地の一つである広場に向かうことになった。
その道中、先ほどから不満げに唇を尖らせているアイラは、横を歩くロイドの袖を掴む。
「ん?」
それに反応してロイドは僅かに体をアイラの方へと傾ける。
通常時よりも近くなった彼の耳元に顔を寄せてアイラは小さな声で叫ぶ。
「どうしてレティーシャ様たちが一緒に来ることになったのよ!」
「さっきレティのやつが説明したろ。昨日の夜約束したんだよ」
「それは聞いたわよ。でも、だからって一緒に観光する流れになった理由の説明にはならないでしょ」
それはぐうの音も出ない正論だ。
とはいえ、別に責められるようなことをしたとは思えない。
むしろ、ロイドは彼女のことを考えて今回の機会を取りはからったのだ。
いや、アイラだけではない。
「…………」
ちらりと、前を歩くレティとその横を歩く彼女の弟子、フィルに視線を向ける。
「まあほら、いいじゃねえか。折角お前と同年代の奴と知り合えたんだし、話してきたらどうだ?」
「……私は、ロイドと二人で観光したかったのに」
「んあ? なんだって?」
「な、なんでもないわよ!」
ロイドが聞き返すと、アイラは顔を赤らめてそっぽを向く。
その仕草を不思議に思っていると、明後日の方向を向きながらアイラがボソリと零した。
「話してこいって言われても、あの子、なんだか近寄りづらいんだもん」
「ま、まあな……」
否定はできないと、ロイドは躊躇いがちに頷く。
フィルと会うのは初めてだったために王城の前で互いに自己紹介を交わした。
が、その際にフィルが口にしたのは名前だけだった。
その後は一切口を開かず、今もレティーシャの横にべったりと張り付いてロイドたちに話しかけようとも、話しかけられようともしていない。
ロイドとアイラを、まるでいないものとして扱っているような。
両親を魔族に殺され、以来力を誰よりも求めるようになったと事前にレティーシャから聞いていたロイドは、彼女のことを快活な、ともすればお転婆な性格だと思っていた。
が、実際にはその正反対の性格のようだ。
(なるほど、あんなにおとなしい子が力を求めているのならそりゃあレティの奴も気にするわけだ)
アイラよりも少し小さいもう一人の少女を、ロイドは自分の弟子を見るかのような眼差しで見つめる。
大切な人の命を奪われて忘れるなとは言えないが、それでも復讐にとらわれることなく幸せに生きて欲しいと思う。
それは、レティーシャも同じだろう。
「ねえ、ロイド」
「ん?」
前を歩いていたレティーシャが突然振り返り声をかけてくる。
ロイドはフィルに向けていた視線をそのまま彼女に移す。
「ロイドたちはいつまで王都にいるんだっけ」
「今日の夜にはグランデ村に戻るだろうな。俺たちの用は済んだから今は報奨金の用意とかをしているだけみたいだからな」
「そっか。じゃあお昼を食べて少ししたら解散になるね……」
残念そうにレティーシャは苦笑する。
そんな彼女に、ロイドはニヤリと口角を上げて意地の悪い笑みを浮かべた。
「寂しいのなら、また俺の家に泊まりに来るか?」
「そうだね。じゃあご厄介になろうかな」
「……え」
予想だにしなかった返答に、ロイドは思わずその場で固まった。
彼女の口から寂しいから家に泊めてと言われるとは思わなかったのだ。
往来の真ん中で固まるロイドに、レティーシャは堪らず吹き出した。
「あははっ、何その顔! あー、おっかしい~! 心配しなくても冗談だよ、私もまだやることがあるからね。ロイドの家に行くのはそれが終わってからかな」
「……なんだよ、からかいやがって」
「先に仕掛けてきたのはロイドなんだから、おあいこでしょ」
それを言われると、何も言えない。
確かに先にからかったのは自分からだ。
してやられたような、なんとも言えない敗北感にロイドは不満げにむすっとしながら再び歩き出した。
そして、すぐ隣に立つアイラが笑っていることにも気付いた。
「お前まで笑いやがって……」
最早諦めたように髪をガシガシと掻き上げてうなだれる。
弟子の前でとんだ失態だ。
師匠としての威厳が。
……いや、まあ初めから守るべき師匠としての威厳があったかどうか定かではないが。
ロイドがそんなことを脳内で考えて勝手に更に落ち込んでいると、アイラは一層笑みを深めた。
「別にロイドのことをバカだなぁって思ったわけじゃないわよ。……そりゃあ、常日頃から思っているけど」
「おいこら」
「ただ、ロイドとレティーシャ様のやりとりがいいなぁって思ったの。ほら、前に言ってたじゃない。二人は同じ師匠の元で魔法を学んだって」
「あー、そうだな」
三年前、魔王討伐の戦いで命を落とした大賢者、メリンダ・キャロル。
彼女の元で、ロイドとレティーシャは魔法を学んでいた。
「二人が弟子として魔法を学んでいた頃もこんなやりとりをしていたんだなって思うと、なんだか羨ましくて、つい」
「…………」
大賢者の元で魔法を学ぶ。
その一点に関しては、ロイドとアイラに違いはない。
だが、共に切磋琢磨し、あるいは日々の生活を営む仲間の存在の有無は何よりも大きな差だろう。
アイラの言葉を聞いて神妙な面持ちになるロイドとレティーシャ。
その傍らで、フィルだけは無表情に前だけを向いていた。