三十六話:王都散策(上)
「おせーな……」
謁見を終え、グランデ村に帰る馬車が出る夜までの間アイラと共に王都を散策することとなったロイドは、頭上で燦然と輝く陽を見上げながら気怠げに呟いた。
王城を出てすぐの所でかれこれ数分もの間そうして突っ立っているわけだから、先ほどから衛兵の視線が痛い。
ロイドの呟きを拾ってアイラが「ちょっと……」と押し殺した声で話しかけた。
「王都を観光するんじゃないの? なら早く行きましょうよ。さっきから衛兵さんがこっちを睨んでるじゃない!」
「気にすんな。あいつらも俺たちが客人だってことはわかってるだろさ。それよりもう少し我慢しろ。もうすぐ来るはずだ」
「来るって、誰が……?」
アイラが訊くと、ロイドは意味ありげな笑みを浮かべるだけで答えようとはしなかった。
そうしてまた無言のまま王城の壁にもたれかかっていると、突然声がかけられた。
「これはこれは、ロイド殿。こんなところで一体何をされているのかな?」
嫌みったらしい物言いでそう声をかけてきてのは、謁見の場で強制退出させられた筆頭賢者だった。
その声に、アイラはビクッと肩を震わせた。
「……これはこれは、筆頭賢者殿。アイデル王国が誇る親衛隊のそのナンバーワンともあろうお方であるあなたこそ、なぜこんなところに?」
意趣返し、というわけではないがロイドは彼の口調をそのまま真似て返した。
すると、筆頭賢者は小さくフンッと鼻を鳴らす。
「国王陛下の身辺警護を任とする立場として、王城周辺に不審者がいないかどうか見回りをしていたところだ。そして丁度怪しげな人物を見かけてから声をかけたのだが、失礼、まさかロイド殿であったとは」
明らかな挑発だ。
むっとするアイラを手で制しながら、ロイドもまた口角を上げる。
「まさか、筆頭賢者殿ほどの方が俺のように清廉潔白な聖人を怪しげな人物と見間違うとは。存外、見る目がないんですね」
「ッ、貴様……ッ!」
カッと顔を赤くし、ロイドを睨む筆頭賢者。
そのあまりにも感情的な態度に、ロイドは内心でため息を吐く。
(少し言い返されたぐらいでそんなにムキになるなら、最初からつっかかってこなければいいものを)
国を背負う筆頭賢者がこれでは、この国に未来はないかもしれないな。
そんなことを他人事のように――実際他人事なのだが――思った。
短い睨み合いの末、筆頭賢者は大きく息を吐き出すと背を向ける。
「……大賢者だからと言って調子に乗るなよ。この臆病者が」
そう吐き捨てるように言い残すと、筆頭賢者は再び王城の中へと戻っていく。
その背中を見送っていると、アイラが耐えかねたように声を荒らげる。
「何なのよ、あいつ!」
「まあ、あいつが言ってることもあながち間違いじゃないからな」
大賢者という称号は、賢者にとって憧れであり、目指す処だ。
その大賢者がこんなぐうたらだと、憧れが怒りに変わるのも仕方がない。
「ロイドは別に、臆病者なんかじゃないわよ……」
すると、ロイドの弁にアイラは不満げに唇を尖らせる。
「まあ、そんな顔するなって。俺はお前が元気ならそれでいいんだから」
「…………」
くしゃくしゃと頭を撫でるロイドに、アイラは頬を赤らめたまま無言で受け入れる。
と、そんな二人に背後から声がかけられた。
「二人とも、本当に仲良しだね~」
「……? ――! レ、レティーシャ様!?!?」
その声に応じてアイラが振り返ると、そこには亜麻色の髪を靡かせて、その碧眼で優しい眼差しを送ってくるレティーシャ・メイシーその人がいた。
予想だにしなかった人物の登場に、アイラは「えっ、どうして? えっ!?」と混乱している。
そんなアイラに、ロイドは悪戯が上手くいったような子どもっぽい笑顔を浮かべて肩をポンポンと叩いた。
「言ってなかったな。今日の王都観光な、レティたちも同行することになったんだ」
「そんなこと一言も聞いてないんだけど!! というか、どうしてレティーシャ様がここに!」
「少し野暮用でね、それで王都に来ていたんだけど、ロイドたちもいることを知ってね。昨日の夜部屋にお邪魔して、その時に今日の約束もしたんだよ」
「昨日の夜って、私何も知らないんですけど……」
「寝てたからね」
こっそり会っていたことに、不満そうにするアイラを持ち前の笑顔で宥めるレティーシャ。
やがて諦めたように小さく息を吐いてから、「……ん?」と首を傾げた。
「レティーシャ様たちも同行って……、他にどなたかいらっしゃるんですか?」
アイラがその疑念を口にすると、レティーシャは「その通り!」と力強く声を発した。
それから後ろを振り返り、木陰へと手を振る。
「フィル、おいで」
レティーシャに呼ばれ、木の裏から一人の少女が現れた。
水色の髪をツインテールに纏めた少女は、三人の元へと歩み寄ってくると青い瞳を真っ直ぐにロイドへ向ける。
「二人とも会うのは初めてだよね。紹介するよ、彼女は私の弟子の――」
「初めまして。フィル・ローリーです」
レティーシャの言葉を引き継いで、フィルは二人に丁寧に頭を下げた。