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三十五話:謁見(下)

「――以上が、グランデ村で起きたことの顛末にございます」


 国に属さないとは言ったものの、相手は仮にも一国の王。

 最低限の礼節を孕んだ口調で、ロイドは整然とグランデ村で起きたことの一部始終を語り終えた。


 すなわち、魔人が現れたことと、人為的に人間が魔獣と化してしまったこと。


 ロイドの報告を受けて、国王含め重鎮たちの表情が強張る。

 衛兵や賢者たちはざわめき立っている。


「静まれ」


 一言、国王が威厳のある声で彼らを制す。

 国王の声は王の間に重々しく響き渡り、そして衛兵たちのざわめきが落ち着く。


 善政を敷いているだけあって、王としてのカリスマも大したものだ。


 ロイドが内心で感嘆していると、国王が口を開いた。


「……して、ロイド殿。そなたは此度の一件、どのように対処していくべきと考えられているか」


「今回のことで何よりも問題なのは、人為的に普通の人が魔獣になってしまったことです。そしてその原因は瘴素が混入された魔力水の摂取によるもの。可能であれば、今後市場に流れる魔力水へ制限を課していただくのが一番かと。国に所属している賢者による検査を終えたものしか売ってはならないといった」


「ふむ、承知した。後程、大臣たちと共に検討しよう」


 国王が大臣たちに視線を送る。

 頷き返すのを確認してから、ロイドに向き直った。


「魔人に対してはいかがする」


「警戒はするべきでしょう。しかしながら、それ以上の対応は難しいかと」


 すでに、グランデ村を襲った魔人はこの世にいない。

 なんの情報も得られなかった。


 それを、責める者は当然いない。

 魔人は一国の戦力を投じて倒せる敵だ。

 そんな魔人を単騎で仕留めた英雄を咎めることなどこの場の誰にもできない。


 国王は深く息を吐き、しばし天井を仰ぐ。


「……さて、魔人討伐及びグランデ村における異変の解決を成し遂げた貴殿には、褒賞を授けねばな。何か望むものはあるか。用意できるものであればなんでも用意しよう」


「なんでも……ッ」


 国王の言葉に、すぐ傍で黙していたアイラが声を漏らす。

 だが、ロイドの小ばかにするような眼差しに赤面し、俯いた。


 改めてロイドは佇まいを正し、国王に向かって毅然と言い放つ。


「先も申しました通り、私はこの国に属しておりません。であれば、いただくべき褒賞もないかと」


「そう申すな。これは救国の英雄へのせめてもの恩返しだ。……そう、例えば我が国の公爵位ではどうだ」


 ――来たか。


 必ず叙爵の話は持ち掛けてくるだろうと高を括っていたが、まさかこれほど露骨に言ってくるとは。

 内心で驚きながら、ロイドは前もって用意していた返答を口にする。


「大変光栄ですが、私はどこの国にも属さないと決めておりますので」


「ロイド殿、そう深く考えることはない。余はそなたの未来を案じておるのだ。このまま一人……いや、弟子と二人で暮らすのも限界が訪れるであろう。今のそなたに必要なものは、確かな地位ではないのか?」


 国王の言葉に、アイラは内心で頷く。

 現状、生活の主な資金は魔王を倒した際の莫大な報奨金だが、それがいつ尽きるともわからない。

 ロイドが以前に語った考えも理解してはいるが、それでも先立つものは必要だと思っている。

 ……後は単純に、ロイドが公爵になることへの憧れもある。


 一方で、ロイドの表情は険しい。


 国王の懸念はもっともだが、ロイドにとっては不要な心配でしかない。

 何より、交渉の材料としてアイラの存在を示唆してきたことが気に食わなかった。

 国王自身にそのつもりがなかったとしても、だ。


 ロイドは一度小さく息を吐き、気持ちを落ち着かせる。

 そうして改めて毅然と言い放った。


「――ご心配は無用です。弟子のアイラも一人で生きていけるように育てていますので」


「……そうか」


 ロイドの言葉に幾ばくかの怒気が込められていることに気付いた国王は、重々しく息を吐き出しながら玉座に背を預ける。

 そこで一度二人の間での会話が途切れる。

 そのタイミングを見計らったように、先ほど国王に叱責されて押し黙っていた筆頭賢者が口を開いた。


「ロイド殿がそのように考えていようとも、弟子のアイラ殿はいかがかな? 貴殿が望むのであれば、我が下で今以上に恵まれた設備、地位を保証するが?」


「……え?」


 突然名指しされて戸惑いの声を零すアイラ。

 何も言い返せずにいる彼女に筆頭賢者は糸口を見つけたのか、畳みかけるように話を続ける。


「貴殿も今の生活はつらいのではないか? かつて魔王を倒した者とはいえ、今は辺境の地で戦いから遁走する師と共に暮らすのは」


「ロ、ロイドは……ッ」


 ロイドのことをバカにされてムッと声を荒げるアイラ。

 そんな彼女を宥めるようにロイドはアイラを手で制止、「失礼ながら」とひどく冷たい声を出した。


「彼女がどのような選択をするかは彼女自身に全て委ねています。そのようなことは別にして、少なくともこの場は一国の……いえ、世界の危機に対してどのような対策を講じるかを話す場。そのような話をするための場所ではないかと思いますが? まさか筆頭賢者ともあろうお方が、幼子のように場を間違えるなどとは」


 失笑と共に口にしたロイドの弁に、筆頭賢者は顔を真っ赤にして「貴様……ッ!」と声を荒らげる。

 だがそれ以上の発言を、国王は許さなかった。


「ロイド殿の言う通りだ。そなたは退出せよ」


「――ッ!」


「二度は言わぬ、退出せよ」


「……失礼、いたしました」


 強い口調で言われて、筆頭賢者は悔し気に頭を下げる。

 そして、ロイドを強く睨みつけながら王の間を去っていった。


 彼が退出してすぐ、国王はロイドを見る。


「すまなかった、余の臣下が失礼をした」


「いえ、私も子供じみた真似を」


 二人のやり取りに、それまでハラハラとした様子でロイドを見ていたアイラがホッと胸を撫でおろす。


 ともあれ、このようなやり取りの後に更にロイドに対して叙爵の話を持ち掛けることは最早できない。


 国王は「せめて報奨金だけでも」と持ち掛けて、この場は終わることとなった。


 ◆ ◆


「はぁ~、生き延びたぁ……」


 王の間を後にし、王城への滞在中にあてがわれた部屋へと戻ったアイラはベッドに倒れ込みながら大きく息を吐き出した。

 ベッドに顔を押し付ける弟子の姿に、ロイドは苦笑する。


「大袈裟な奴だな」


「大袈裟って、だってあの筆頭賢者の人と凄くピリピリしてたじゃない。他にも叙爵の話を断ったり……」


「あれはあいつが先に挑発してきたから仕方なくだ。俺だって舐められたまま帰るわけにはいかねえからな」


 王の間での先ほどのやり取りを思い出し、「また腹が立ってきた」とこぶしを握るロイドに視線を送りながら、アイラは起き上がる。

 ベッドに腰掛けたままフカフカの枕を手繰り寄せ、それを抱きしめながらアイラは呟く。


「……でも、さっきはありがとう」


 ロイドのことをバカにされて取り乱した時、暴走しないように自分の前に立ち、代わりに筆頭賢者に言い返してくれたことを思い出してアイラは言う。

 ロイドは一瞬目を丸くすると、肩を竦めながらアイラの横に腰を下ろす。


「いつも言ってるだろ。弟子を守るのは俺の仕事だって」


 ニカッと笑い、アイラの頭をポンポンと撫でながら、しかしすぐに表情を引き締める。


「まあでも、あいつの言っていたこともある意味正しい。お前がもし、きちんとした場所で魔法を学びたいというのなら、俺はその考えを尊重するよ」


「……何よ、それ」


「アイラ?」


「ロイド、前に言ったじゃない! 絶対に私の面倒を最期まで見続けるって!」


「よく覚えてたな……」


 ロイドは思わず苦笑した。


 一週間以上も前。グランデ村に現れた魔人を討伐した後にアイラへ放った言葉を引き合いに出されるとは思っていなかった。

 それでも、と。ロイドはアイラの目を真っ直ぐに見つめる。


「俺はそういう覚悟だって話だ。もしお前が俺の下を離れたいって言うのなら、それを止めることはしない」


「私がロイドの下を離れるなんてあり得ないわよ」


「……ま、この先どうなるかわからないからな。そういう選択肢もあるってだけだ。――さて、準備するか」


「準備?」


 少し暗くなった雰囲気を紛らわすべく、ロイドは努めて明るく声を出す。

 それを聞いて、アイラは首を傾げた。


「なんだ、忘れたのか? この後王都を観光するって言ったろ」


「! うん!」


 パッと表情を明るくして、飛び跳ねるようにベッドを降りる。

 そんな弟子の姿に笑みを浮かべながら、ロイドもまた立ち上がった。

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