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三十三話:尖塔の二人

「レティ…‥!?」


 カーテンを開けたロイドは、窓の外に浮かぶレティーシャの姿を見て驚きの声を上げた。

 その反応が面白かったのか、レティーシャは「ふふっ」と小さく笑う。


「久しぶりだね」


「久しぶりって、どうしてお前がここにいるんだよ」


「仕事が片付いたからその報告にね。ほら、例の世界樹(オルビス)での」


「報告って、お前まさか……」


 レティーシャが先日訪ねてきた折、彼女は世界樹(オルビス)に用があると言っていた。

 そのことについて言及したものの、レティーシャは極秘の話だと返答を渋った。


 しかし彼女はその件に関しての報告をするためにアイデル王国の王城にいるという。

 それが示すことは、つまりはレティーシャがこの国に従っているということだ。


「ち、違う違う! 頼まれたから引き受けただけで、別にこの国の臣下になったわけじゃないから。昔も今も、私は世界をさまよって旅をする放浪の身だよ」


「そうか……」


 レティーシャの否定の言葉にロイドは嘆息する。

 彼女のことだ、好きにすればいい。

 だがレティーシャが従う国と他の国々、それらを同様に扱えるかと問われればロイドは答えに困る。

 例えこの国の貴族にならずとも、身贔屓ぐらいはしてしまうだろう。

 そうなれば自分がどこの国にも使えない意味が失われたしまう。


 そういう意味では、レティーシャにもどこの国にもついてほしくないというのがロイドの正直な思いだ。


「それに、ロイド。どうしてここにいるかを聞きたいのは私の方だよ。もう、びっくりしたんだから。ロイドたちが王城に来ているってことを侍女の人から聞いたときは」


「ん? ……ああ、これはお前にも話しておいた方がいいかもしれねえな」


 言われて、ロイドは真剣な面持ちで呟く。


 すなわち、瘴素の混じった魔力水を摂取し続けた人間が魔獣と化してしまったことを。


 ロイドと同じ大賢者である彼女の力はそれこそ信用に値するものであり、世界を飛び回っているレティーシャであればこの情報を知ることで救える命も自分とは比較にならないはずだ。


 ロイドの呟きにレティーシャは小首を傾げながら眉を寄せる。

 それから少しおどけた表情で提案してきた。


「ね、色々話もあるみたいだしロイドもこっちにきなよ。ここで話してアイラちゃんを起こしちゃったら申し訳ないし」


「あ、ああ、そうだな。――っと」


 ロイドは壁に立てかけるようにしておいてあった自分の杖を手に取り、そして窓を開ける。

 途端、夜の涼しい風が室内に注ぎ込む。


 ちらりと後ろを振り返り、アイラが眠っているのを確認してロイドは窓の縁に足を乗せる。

 そしてそのまま窓の外へと飛んだ(・・・)


 ◆ ◆


 王城の中庭にある尖塔。

 部屋を出たロイドたちは細長くとがった屋根に腰を下ろし、王城、そして王都を眺めていた。


「――そっか、私が出て行ってすぐにそんなことがあったんだ。私もおかしいと思っていたんだよ。この間会ったときはあの村の外に出るのを嫌がっていた様子だったのに、王城に来ているなんてこの短期間で一体どんな心境の変化があったんだろうって」


 夜景を星空を眺めながらロイドが語った魔人のことや魔力水のことを聞いて、レティーシャは得心がいったように呟く。

 それから、その表情に影を落とした。


「……でもそっか、それは危険だね」


「ああ。だから俺はその対策を練るためにここに来た」


 瘴素の混入した魔力水を飲むことで魔獣化した人間がいる。

 その事実が持つ重要な意味をまさしくレティーシャも理解していた。

 彼女の憂いを帯びた言葉にロイドは相槌を打つ。


「そういえば、アイラちゃんにあのことは話したの?」


 あのこと、というのはロイドがかつて魔獣化してしまったアイラの父親を殺したことだ。

 ロイドは視線を落とし、視線を今しがた自分が出てきた部屋の窓へと向ける。

 そして小さな声で「話したよ」と言った。


 レティーシャはそれに「そっか……」とこれまた小さく言葉を返す。

 それ以上の言葉を彼女は投げかけなかった。


 二人の関係性が変化してしまうのではないかという懸念はあったが、ロイドと共に王城に来て、なおかつ同じ部屋であれだけぐっすりと眠っていたアイラの姿を見ればそれが杞憂であることは容易に理解できたからだ。


「実は、今日は私も一人で来ているわけじゃないの。ほら、この間話したでしょ? 私にも弟子がいるって」


「そういえばそんなことも言ってたか。お前に弟子がいるなんて、想像しただけでも笑っちまうな」


「失礼な! こう見えてもきちんと師匠やってます!」


 わざとらしく頬を膨らませてそっぽを向くレティーシャ。

 幼馴染のその態度にロイドは思わず苦笑した。


「それで、どんな奴なんだ? お前の弟子って」


 機嫌を取り戻すべくロイドは話を合わせる。

 すると、レティーシャは「んー」と悩まし気な声を漏らし、少し視線を下げた。


「いい子だよ、本当。それこそアイラちゃんと同じぐらいに。……でもなんていうかな、ロイドたちみたいな関係性は築けていないかな」


「俺たちの? そういえば、前も言っていたな。お前の弟子……フィルだったか?  フィルは力を求めすぎているって」


「覚えてたんだ」


 小さく笑みを浮かべながらレティーシャは続ける。


「あの子の両親は魔族に殺されたの。だからかな、復讐のために強くなろうって自分を追い込んでいる。私があの子を弟子にしたのは、放っておいたら暴走してしまうんじゃないかって不安だったから。だけど結局私はフィルに力しか与えられていない。……それでいいのかなって、思うんだよ」


「…………」


 レティーシャが言いたいことは理解でいる。

 復讐ために得た力は、その者の未来に破滅しか招かない。

 このまま強くなり続けてところで、フィルの未来に待ち受けるのは悲しい未来だけだ。


 彼女と会ったことがないロイドですらそのことが容易に想像できる。

 まして彼女と過ごすレティーシャの不安はさらに大きいだろう。


「……俺たち師匠がついてるとはいえ、やっぱり弟子は一人だからな。アイラはあの村の住人たちと関わりがあるとはいえ、レティのところは違うだろ? 親しい者はそれこそレティぐらいしかいない。視野が狭くなるのは当然じゃねえか」


「ロイドの言うとおりだよ。私もそろそろどこかに落ち着くべきかな」


 そうは言うものの、それができないことはレティーシャもロイドも理解していた。

 世界中の魔族の残党を倒す。

 その大賢者の使命から、レティーシャは逃れることができない。


 しばしの沈黙が続く。


 星は流れ、夜の気配が二人を包み込む。

 そうしてどれぐらいそうしていたか。

 突然ロイドがはっとした表情で口を開いた。


「なあ、レティ。明日空いてるか?」

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