三十一話:王城
アイデル王国王都に着いたのは次の日の真夜中だった。
流石の首都も、この時間には人の気配は斑だ。
ごく一部の区画――賭博場となっている場所は例外だが。
ロイドたちを乗せた馬車は静寂に包まれた大通りを進み、王都の中心にある王城へと向かう。
この時間でも仕事をしている者たちがいる城は、この時間でも明るく光を放っている。
なまじ周囲が暗いばかりに、その光景がとても幻想的に見えた。
「きれい……」
車窓から進行方向を興味ありげに見つめていたアイラがそんな王城を視界にとらえて感嘆の声を漏らした。
「ああ、きれいだな。こんな時間でも寝ることすらできずに仕事をしている奴らの汗と涙の結晶は」
「そんな言い方をされるとせっかくのいい気分が台無しなんだけど……」
ロイドに抗議の視線を向けるアイラ。
そんな彼女にロイドは意地悪な笑みを向ける。
そうこうしているうちに馬車は王城の正門へとたどり着いた。
三人分の背丈はあるだろう鉄の門の前に立つ赤を基調とした制服を纏った守衛を勤める騎士二人が、馬車に近づいて身分を確認する。
御者台に座り馬を操っていた者から、馬車に乗るのが大賢者であるロイド・テルフォードであると聞いて、騎士は表情を強ばらせた。
「し、失礼いたします。身分の確認をさせていただきます!」
御者と話を終えた騎士が馬車に近づき、ドアを二、三度ノックした後ゆっくりと開けてから中に座るロイドたちに向けて上擦った声を発した。
両肩はガチガチで、誰の目から見ても彼が緊張しているのがわかる。
騎士の言葉にアイラは戸惑いを見せたが、ロイドは「ああ」と頷いて騎士に向けて胸を突きだした。
「これでいいか?」
ロイドが纏うローブの胸元につけられた金色の勲章、大賢者の証を見せられた騎士は「も、もちろんです!」と強く頷く。
それから視線をアイラへと移した。
「こいつは俺の弟子だ。立場は俺が保証する」
「は、はい! 確認いたしました、お進みください」
騎士が正門近くに建てられた小屋のような小さな建物に手を振る。
それを合図に正門がギィと音を立ててゆっくりと開き始めた。
門が完全に開いてから、馬車が再び動き出す。
王城の敷地内を進みながら、ロイドは対面に座るアイラを見て眉を寄せた。
「どうしたんだよ。変なもんでも食ったか?」
その声かけに、それまで唖然とした表情でロイドを見つめていたアイラはハッとする。
「う、ううん。……なんというか、ロイドって本当に大賢者なのね」
王城の騎士の態度、そして弟子である自分の立場を言葉一つで保証する。
普通の人間であればそんなことはできない。
ロイドが大賢者であるから、その立場に信用があるからこそなせることだ。
目の前の男が持つ影響力のその一端を今更ながらに見せつけられて、アイラは思わず驚愕した。
弟子の言葉にロイドは「今更何言ってんだよ」と苦笑しながら、彼女の額を軽く小突いた。
◆ ◆
「本日はこちらの部屋をお使いください。入浴や食事などがご入り用でしたら部屋に置かれております鈴を鳴らしてください。すぐにわたくし共が駆けつけます」
王城内に入ったロイドたちはメイド服に身をまとった侍女に、あてがわれた部屋まで案内された。
アイラの身分はロイドが保証しているとはいえ、彼女の立場はただの平民。
本来王城に足を踏み入れていいような存在ではない。
責任を持って監視をするように、という意味も含んでかロイドとアイラにあてがわれた部屋は一つだけだった。
ロイドは侍女に感謝の言葉を告げてから部屋の扉を開ける。
とても客間の一室とは思えないほどに重たい扉を開けた先には厚手の絨毯が敷かれ、見るからに高級な家具が備え付けられた室内があった。
部屋の中央には大人三人が余裕で寝られるほどの大きなベッドが一つ。
その頭上からは薄い天幕がたれ下げられている。
「広い……」
無論アイラはこれほど豪華な部屋を今まで目にしたことがない。
思わず驚きの声を上げる。
「今日のアイラはアホ顔ばっかり晒してておもしれえな」
「アホ顔ッ、……し、してないわよ!」
「そう思うならあそこにある鏡で自分の顔を見てくるんだな」
「あーもう、うるさい!」
ロイドの言葉を遮るように、アイラは叫びながらベッドに飛び込む。
さすがにイジりすぎたかと笑みをこぼしながら、ロイドはベッドへと近づく。
「ふかふかぁ……」
ベッドに顔を埋めて蕩けた声をこぼすアイラ。
そんな彼女を見て、ロイドはため息をつきながら呆れ混じりに言葉をかける。
「質の良いベッドにとりつかれてしまう気持ちはわからないでもないが、それはそうとアイラ。その体勢だと見えたらダメなものが見えてるぞ」
「――!」
顔を埋めたまま両足をパタパタと上下していたアイラはその言葉に瞬時に起きあがりロイドに向き直る。
アイラの服装はいつも外出時に来ている白いワンピースだ。
丈の長さは膝ほどまでなので、ベッドに横になってそんな動きをすれば、当然中のものが見えてしまう。
ベッドの上で女の子座りになりながら、アイラは顔を真っ赤にして肩をわなわなと震わせながらロイドを睨みつける。
「み、見た!?」
「見えたから言ったんだよ。いい加減淑女としての嗜みを――」
「バカァッッ!!」
「――ぐふぉッ!」
指を立てて偉そうに説教を始めたロイドだったが、投げつけられた枕が顔面に当たり、そのまま絨毯が敷かれた床に倒れこんだ。