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三十話:出立

「こんな時間に一体何の用だ?」


 夜の帳が下り、家々から明かりが消えていく時分。

 そんな時間に現れた来訪者――アイデル王国の使者と応接間で相対したロイドは些か不満げにその問いを口にした。


 ソファに座っているのはどうやら本当にただの伝言としての役目しか持ち合わせていないらしい。

 普段自分の下に勧誘に訪れる貴族たちとは違って、その態度はロイドを前にして明らかに委縮している。

 額の汗を拭いながら、使者は口を開いた。


「ロイド様に、我がアイデル王国王城へ登城していただきたく」


「王城に?」


 使者の返答にロイドは眉を寄せた。

 彼の任務が勧誘でないことはわかっていた。

 そもそも宰相の勧誘さえも断ったのだ、目の前の使者がロイドを説得できるなどアイデル王国とて思っていないはずだ。


 しかし、王城に登城せよというのは意外な申し出だった。


「先日この村にて起きたことを我が国は深刻視しております。議論の結果、その当事者でもあるロイド様に事態の説明を行っていただくことが必要であると判断いたしました」


 使者が続けて口にした言葉にロイドは得心がいったように頷く。


 領内の村々で何か問題が生じた際、村長などにはそれを国に報告する義務がある。

 事件が片付き、村内の復興の目途が立ってから村長は単身アイデル王国王都へ事態の説明に向かっていた。


 人が魔獣化し、魔人が襲撃してきた。

 その事実をアイデル王国の上層部は重く見たらしい。


(まぁ、当たり前といえば当たり前か)


 オルレアン大陸西部に位置するこの国ではそもそも魔人が現れることすら滅多にない。

 魔族が支配するディアクトロ大陸と海を隔てて接する東部――ビルカニア帝国であれば魔人の出没など日常茶飯事ではあるが、ことこのアイデル王国はその限りではない。


 何より魔人の手によって村民が魔獣化した。

 それはただ魔人が現れたこと以上に大きな問題である。


「いつまでに登城すればいい?」


「できれば、この後すぐにでも出立を」


「この後って、もう夜だぞ? 随分急だな」


「それだけ国が今回のことを重く見ているとお考え下さい」


「……わかった。すぐに準備しよう」


「ありがとうございます」


 使者は安堵しながら深々と頭を下げる。

 そして馬車の用意をすると家を出ていくのを見送ってから、ロイドは立ち上がった。


「ロ、ロイド……?」


 応接間の片隅で事態を静かに見届けていたアイラは困惑交じりの声を漏らす。

 てっきりいつもの彼ならば断わると思っていたのだ。

 ロイドの意外な行動に動揺している。


「なんだその顔は、まるで俺が断ると思っていたみたいな顔だな」


「だって、ロイドってこういうの面倒がるじゃない」


「まあな。でも今回ばかりは私情を優先するわけにはいかない。アイデル王国同様に、俺も今回のことは大きく見ているんだ。ついでに話すこともあったしな」


「そう……」


 ロイドがそう言っても、アイラの表情から不安は消えない。

 彼の言うことはもっともだし、それを否定するつもりはない。

 だが、今回の一件にかこつけて王城まで顔を出したロイドを無理やりにでも貴族の位に据えようとしてくるのではないかという懸念もある。


 その可能性はロイドとて考えていたのか、自室の前にたどり着くとアイラの頭にポンと手をのせながら笑う。


「心配すんなって、俺が国の言いなりになるような奴に見えるか? 用件だけすませたらさっさと帰るさ」


「そうね、ロイドの図太さは折り紙付きだもの」


「失礼な! 意志の強い人間と言え!」


 アイラの物言いに文句を言いながら自室に入ろうとするロイド。

 そんな彼の背中にアイラは一言声をかける。


「じゃあ、私も用意してくるわね」


「ん、用意ってなんの?」


「もちろん、王都に行くための用意よ」


「……え、何、お前来るの?」


 ロイドが面倒そうな表情で聞くと、アイラは悪戯が成功した時のような笑みを浮かべながら「当たり前じゃない」と答えた。


 ◆ ◆


 グランデ村からアイデル王国王都までは丸一日かかる。

 ロイドとアイラの二人は用意された馬車に乗り込んだ。

 ロイドの家を訪れた使者はもう一台の馬車に乗っている。


 世闇に紛れて、二台の馬車はグランデ村を出た。


「お前までついてくる意味はあったのか?」


「私だって当事者の一人でしょ? 一緒に来ても問題ないはずよ。現に、使者の人だって許可してくれたじゃない」


「まあな……」


 アイラも共に来ると使者に告げたとき、使者は最初訝しんでいた。

 だが、彼女がロイドの弟子出ることと先日の一件に深く関わっていることを告げると使者はアイラの申し出を受け入れた。


「アイラは王都に行くのは初めてだったか?」


「ええ、そうね。……というより、この三年間遠出した記憶がないんだけど」


「ま、俺がそもそも家に引きこもっていたからな。俺も王都へ行くのは数年ぶりだ」


「ね、ロイド。王都ってどんなところなの?」


 興味ありげにアイラが問うてくる。

 こういうところはやはり年相応の少女らしい。


 ロイドは小さく笑みを浮かべながら「そうだな……」と数年前に行った時の王都の様子を思い出す。


「光と闇が如実に隔たれた場所、かな。いいところはいいし、悪いところは悪い」


「どういうこと?」


「国の首都だからな、裕福な奴らは当然いる。だがその一方で家すらない連中も同じ街にいるってことだよ。俺の傍から離れなかったら危険な目にあうことはないと思うが、ひとたび闇の領域に足を踏み入れたらただではすまないぞ。何せあそこは無法地帯だ」


「そんなにひどいの……?」


 震えた声色でアイラが言葉を発する。

 車窓から差し込む月光で照らされた彼女の顔には僅かな恐怖が浮かんでいた。


(一度も行ったことがないやつに言う話でもなかったか)


 彼女の中に王都へ行くことの憧れのようなものがあったのだろう。

 現に、ロイドも初めて行ったときはワクワクしたものだ。


 ロイドは小さく息を吐くと、暗い面持ちを一転表情を明るくする。


「色々言ったが王都はいいところだよ。時間があったら適当に観光でもするか」


「いいの!?」


 ロイドの提案にアイラは身を乗り出してきた。

 やはり楽しみにしていたらしい。


 ロイドは苦笑しながら小さく頷いた。

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