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三話:宰相と公爵位

「ふむ……」


 ロイドの家は二階建てとなっている。

 一階には応接間や食堂などの部屋があり、二階にはロイドやアイラの自室。それから客間が三部屋程ある。


 そして今、ロイドはそのいずれとも違う場所――地下室にいた。


 全面を石のレンガで覆われたこの地下室はロイドの仕事場――いわゆる、賢者の工房だ。


 辺りには木製のテーブルやイス、そしてその上にはおびただしい紙の束やガラス瓶などが乱雑に置かれている。


 工房内の灯りは天井から吊り下げられている数十個のランプのみだ。

 ゆらゆらと揺れる光の下で、ロイドは細長い小瓶を前に顔を顰めている。


「もうちょっといけるな」


 今手にしていた小瓶を引き出しにしまい、新たな小瓶を取り出す。

 そして近くの大釜に張られている水の中に小瓶を入れて、中いっぱいに水を注ぎ込む。

 そうして水の入った小瓶の口に、ロイドは手の平をかざした。


 いつになく真剣な表情でロイドは意識を集中させる。

 次の瞬間、ロイドの手の平から白い光が溢れ出し、そしてそれは水の中へと溶け込んでいく。

 やがて手の平から放出される光はおさまり、代わりに小瓶の中に入っている水が白く光り輝きだした。


「――っと、こんなもんか」


 光り輝く水をランプの光にかざし、少しの間見つめてからロイドは満足げに頷く。

 そして、テーブルの上に置いてあったコルクで水の入った小瓶に栓をした。


「ほら、新しいのだ。古い奴は中身を捨ててその辺りにでも置いておいてくれ」


 今の一連の行動を工房の隅から静かに見つめていたアイラに、ロイドは小瓶を渡しながら告げる。

 それを受け取ったアイラはロイドの言葉に頷いた。


 この小瓶の中に入っている光り輝く水こそが賢者にとって重要なアイテムである魔力水だ。


 魔法を使い、体内の魔力が枯渇した際にこの水を飲むことですぐさま体内の魔力が補充され、魔法が使えるようになる。


 だが、魔力水を作るには水の中に十分な魔力を注ぎ込む必要がある。

 これにはやはり相当な腕が必要であり、賢者見習いであるアイラにはとても真似できない。

 こういう時もアイラは目の前の男が世界を救った英雄――大賢者なのだと認識する。

 しかし――


「じゃ、俺は寝るわ。すげえ疲れたし」


「何を言ってるのよ。さっき昼食をとったばかりじゃない!」


 この大賢者は、基本的に自堕落な生活を送っている。

 たまに格好いいところを見せたかと思えば、こうしてすぐに怠けようとするのだ。


 アイラが引き留めようと、彼が纏うローブの裾を掴もうとしたその時。

 一階のドアが叩かれる音がして、アイラはハッとその手を止めた。


「誰か来たのかしら」


「みたいだな」


 このまま言い争っているわけにもいかず、仕方なくアイラはロイドを残して一階への階段を上り、玄関へと向かう。

 その隙をついて、ロイドはこっそり忍び足で二階の自室へと滑り込んだ。


「だー、つっかれたぁ」


 ローブを脱ぎ捨ててベッドに跳びこみながら、ロイドは目を瞑る。

 アイラに起こされる前に寝てしまおうという算段だ。


 いいぞ、来訪者。もっとアイラを引き留めろ。


 階下でアイラの相手をしてくれている来訪者を心の中で応援しながら、ロイドはうつ伏せになり、顔をベッドに押し付ける。

 そして眠りにつこうとしたとき――誰かが階段を駆け上がる音がロイドの鼓膜を揺らした。


「――ド! ロイド、ロイド!!」


「おわっ、なんだそんなに慌てて!」


 勢いよくドアを開け、息を荒げながら興奮した様子で跳びこんできたアイラに、ロイドは気だるげな表情を一転驚きに目を見開く。

 ロイドの問いにアイラは息を落ち着かせながら、しかし一向におさまらないまま、途切れ途切れに答え出した。


「その、アイデル王国の、宰相の方が……ッ」


「宰相……?」


 アイラの言葉にロイドは眉を寄せながら立ち上がり、黒いローブを手に取った。


 ◆ ◆


「いやぁロイド様、突然押しかけて申し訳ありませんな」


「そう思うなら事前に言っておいてくれ、いでっ……、おい何すんだ」


 一階にある応接間にロイドが顔を出すと、事前にアイラによって室内に通されていた一人の壮年の男性がソファから立ち上がり、笑みを張り付けて頭を下げてきた。

 男性が口にした言葉にロイドは思ったことをそのまま返すが、後ろにいたアイラに背中を摘ままれて思わず振り返った。


 抗議の視線を、アイラはそっぽを向くことで躱す。


「いやはや、そう言われますと返す言葉もありませんな。なにぶんこの場には身分を隠して参っておりますゆえ、使いの者を出すわけにはまいらないのです」


「他の国に動きを悟られないためにか?」


 ロイドの指摘に、男性は肩を竦めて誤魔化す。


「――っと、申し遅れました。私はアイデル王国から公爵位を授爵しております、マウリス・ド・ファリドールと申します。陛下から宰相の任も拝命しております」


 実質、この国のナンバー2。

 白髪の混じった茶髪は丁寧にオールバックで整えられ、歳の割に顔に刻まれた皺などから日々の苦労や激務が見て取れるが、赤い瞳には若々しさがある。

 その所作は洗練されていて無駄がない。


「ああ、さっきアイラから聞いたよ。で、この国の宰相様が一体何の用だ?」


 公爵を前に、ロイドは動じることなくそう問う。


「そうですな、では早速本題に移りましょう」


 互いにソファに腰掛ける。

 ロイドはアイラの淹れた紅茶が入ったカップを傾けながら、マウリスの言葉に耳を傾ける。


「私がこの場に参った理由は聞かずともわかっておられるのではありませんかな?」


「……ああ、だからこそわからないな。以前アイデル王国の使者が勧誘に来た時、俺はハッキリと断ったはずだ。それを聞いていないのか?」


「勿論存じております。ですから、今回は私がこの場に参ったのです。単刀直入に申します。ロイド様、――我がアイデル王国公爵位の叙爵をお受けいただけませんか」


「――断る」


 アイデル王国の、それも公爵位の叙爵の話を即座に断ったロイドに、マウリスはため息をつきながら小さく首を横に振る。


「何故ですか。領地を治めるというのが面倒であれば、別の者に統治を任せてもよいのですよ?」


「そういう問題じゃないんだよ」


「では、何か別に望みがおありですか? あなた様が望まれるのであれば、陛下は可能な限りのことはするでしょう。お話しください」


「――なぁ、もう茶番はやめにしないか。あんただって、俺が叙爵の話を拒む理由をわかってとぼけてるんだろ?」


「――! ……仰っている意味がわかりかねますな」


「そうか、あくまで白を切るんだな。まあいい、とにかく俺は叙爵の話は受けない。別にアイデル王国を嫌ってるってわけじゃない。俺はどこの国からの誘いにも乗らねえから、まあその点は安心してくれ」


「…………」


 飄々とした口調ながらもロイドは真っ直ぐとマウリスを見つめて言い放つ。

 その言葉に宿る強い語気から、最早返事は変わらないと悟ったのか。

 マウリスはゆっくりと腰を上げる。


「また参ります」


「来なくていいって。結果は万が一にも変わらねえんだから」


 応接間を出るマウリスを、アイラが案内する。


 二人が出て静かになった応接間で、ロイドは深く息を吐きだしてソファに全身を預けた。


「たくっ、人間ってのはどうしてこうも強欲なんだか……」


 暫く天井を見上げていると、マウリスを見送ったアイラが応接間に入って来た。


「本当によかったの?」


「ん、何が」


「折角の話を断ってよかったのかってこと。だって公爵よ、公爵! すごいじゃない!」


「はぁ……これだからガキは」


「誰がガキよ! 私はもう十七よッ」


「あー、はいはい。わかったわかった」


 アイラの主張をロイドは面倒そうに応じると、ソファから立ち上がって歩き出す。

 そのまま応接間を出ようとする彼の背中をアイラは追った。


「いいか、どうして俺がアイデル王国やそれ以外の国々からの叙爵の話を断るのかわかるか?」


 階段に差し掛かったところで、ロイドはアイラにそう問いを投げた。


 今日のようなことは初めてではない。

 アイデル王国だけでも、以前まで何度かこうしてロイドの前に現れ叙爵の話を持ち掛けてきている。

 さすがに国のナンバー2が来たのは初めてだったが。


 無論アイデル王国以外にも世界中の国々から使者が訪れ、同じような話を持ち掛けてきた。

 その度にロイドは断り続けている。


 ロイドの問いに、アイラは暫く考え込んでから答える。


「国の下につくのが嫌だから?」


「ま、半分正解ってとこだな。国から爵位を授かるってことは、つまりはその国の臣下になるってことだ。自分で言うのも恥ずかしいが、俺はそこらの賢者よりは腕に覚えがある」


「……否定はしないわ」


「でだ、そんな俺を所有している国に他国が喧嘩を売れると思うか?」


「! なるほど……国同士での外交の材料にされるのが嫌だったのね」


「そういうこった。向こうも俺が爵位を受け取るのを断る理由なんてとっくに検討がついてるだろうさ。だからあいつらはみんながみんなお忍びでやってくるのさ。国同士で互いの動きを牽制しあってるんだよ。全く、魔王がいなくなった途端これだからな」


 大賢者という存在を手に入れることが出来れば、それは国際社会で大きなアドバンテージとなる。

 出来ればその動きは秘密裏に行いたいというのが外交に携わる者にとって当然の考えだ。


 大賢者という立場と力を利用されないために。国際社会に余計な緊張をもたらさないために。


 ロイドはそこまで考えて公爵位という地位を断り続けているのか。


 師匠である彼の思慮深さに、アイラは感銘を受ける。

 普段はだらしのないロイドだが、やはりその本質は世界を救った英雄。

 様々なことを考えて、世界を混乱させないために動いているのだ。


 彼女の中でロイドの株があがっていく中、アイラは「ん?」と首を傾げた。


「ねえ、半分正解ってことは、あとの半分は?」


 自室のドアを開けて中に入ろうとしていたロイドは、アイラの問いに振り返る。

 そして飄々と、なんでもないかのように、


「――そんなの、俺が面倒だからに決まってるだろ」


 ひどく自分本位な理由を言い放った。


 固まるアイラを放って、ロイドは自室に入っていく。

 閉じられたドアをアイラはしばし呆然と見つめ、それから肩をワナワナと震わせる。


 次の瞬間には、ドアを勢いよく開けていた。


「ロイドのバカァァアアアアッッッ!!!!!」


 一瞬でも見直した自分がバカだった。


 アイラは自分に対する怒りを含んだ叫び声をロイドにぶつけた。

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