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二十六話:過去と未来の選択

 炎の濁流の中から燃え尽きた魔人が地面へと落ちていく。

 ロイドはふわりと地面に降り立ち、消し炭と化した魔人に歩み寄った。


「……キサ、マッ!」


 もはや動くことすら出来ない魔人は敵であるロイドに怒りを向ける。

 それをロイドは飄々と受け流す。

 そして憐憫の目を向けた。


「もう、俺にお前は救えない。だからさっさと逝くんだな」


「オレハ、マダ、シナヌ……!」


 自分に待ち受ける滅びという結末。

 それを回避すべく、魔人は力を引き出そうと試みる。

 だが――


「ウガッ、グァァァァァッッ!!」


 弱りきった体に瘴素はかえって毒となる。

 湧き出した瘴素は魔人の体を内側から破壊していく。


 苦しみ喘ぐ魔人に対してロイドはいっそう強い哀れみを抱く。

 だが同情はしない。

 目の前の怪物がこれまでなしてきたことを考えると、とてもそんな感情は抱けない。


 ロイドは魔人にとどめを刺すべく、手をかざす。

 手のひらに魔法陣が展開され、そこから不可視の刃が放たれようとして――突然ロイドが胸を押さえて苦しみだした。


「――ッ、ぐ……っ!?」


 白く光る魔法陣からは本来放たれるはずであった不可視の刃ではなく、黒い粒子が溢れ出ている。


 それを必死に抑え込もうと苦しみ喘ぐロイドを見て、最早死に体の魔人は口角をあげた。


「キサマ、ククッ、ソウカ……ッ、ワレラガオウノチカラハ、トドイテ……」


「っ、黙りやがれ! てめえには関係ねえだろうがッ!」


「クハハハッ、サア、オレヲコロスガイイ! コレホドノヨロコビトトモニネムレルナラバ、コレイジョウノコトハナイ!」


「あぁそうかよ、なら望み通り逝かせてやる……ッ」


 息を荒げながらなんとか黒い粒子を抑え込んだロイドは、苛立ちを抱きながら再び魔人に手をかざす。

 そして今度こそ、ロイドの放った不可視の刃は魔人の首と胴体を切り分けた。


 魔人が最期に残した哄笑がロイドの鼓膜を揺らす。


「うっせえよ、ホント……」


 何も話さなくなった魔人の死体を見下ろしながらロイドはそう小さく毒づいた。


「ロイドー!」


 魔人との決着がつき、しばらくその場で佇んでいると少し離れたところから放たれたアイラの叫び声にロイドは意識を向ける。


 駆け寄ってくる弟子の姿を視界に納めながら、ロイドはもう一つの戦いに向けて気持ちを切り替えた。


 ◆ ◆


「そいつ、もう死んだの?」


「……ああ」


 駆け寄ってきたアイラは地面に転がる魔人の死体を指さし、怯えながら聞いてきた。

 ロイドはそれに小さく頷き返す。

 その返事を受けて、アイラはホッと胸をなで下ろした。


「ありがとう、ロイド。また私を助けてくれて」

「…………」


 アイラの感謝の言葉に、ロイドは今度は言葉を返さない。

 彼女の声色がどこか無理をしているように感じたのだ。


 お互い無言で魔人の死体を見下ろす。

 そのとき冷たい夜風が草原を吹き抜け、二人の体を撫でた。


「っ、取りあえずグランデ村に戻らない? 皆心配していると思うし」


 何かから逃げるように、アイラはそう提案してきた。

 そして駆り立てられるようにグランデ村へ歩き出そうとしたアイラの腕を、ロイドは半ば反射的に掴んだ。


「アイラ、お前に話がある。お前の父親についてだ」


「さ、さっきは動揺しただけだからっ。ロイドが話したくないのなら無理に話さなくても――」


「いや、もうお前も知っておくべきことだ。これ以上このことを先延ばしにしても仕方がないからな。今以外に話す機会はない」


「――――」


「アイラだって本当は知りたいだろ?」


「……うん」


 アイラの中には、家族と死別することとなったあの日までの暖かな記憶がある。

 そしてそれとは別に、ロイドと暮らした三年間の記憶もある。


 確かに父親とロイドの間で起きたことは気になる。気にならないはずがない。

 だがそれと並ぶほどに、二人の間に起きたことを聞いて自分がロイドを避けてしまうことを恐れている。


 魔人から命を救ってくれたロイドが、父親を殺したという過去。

 もしそれが事実だと彼自身の口から言われたならば、今後今まで通りに接する自信がない。

 あるいは彼から教わった力で彼を傷つけるかもしれない。

 それもまた、アイラにとってはつらい未来だ。


 ならば過去は過去のことと割り切って今を生きるために最善の道を選ぶべきかもしれない。


 つまるところ今のアイラの目の前に提示されている選択は、もう戻ることのない過去を優先するか、今とそして未来を優先するかの二択だ。


 もちろん、アイラとてロイドが悪行をなしたと思っているわけではない。

 きっと彼のことだ。なんらかの事情があって、父親の命を奪ったのかもしれない。


「アイラ、これから話すことはもしかしたらお前のこれからを変えてしまうかもしれない。だが、現実から目をそらして生きる人生はきっと悲しいものだ。そのことにさえ気付いていなければそんなことはないかもしれないが、お前はもうそうじゃない。……まあ、俺が言えた義理じゃないけどな」


 ロイドもまた、この問題から逃げ続けてきた。

 アイラに偉そうに説教できる立場ではないと自分自身理解している。


「もしアイラが聞きたくないって言うなら、俺は何も言わない。でもな、俺はお前とこのまま偽りの関係でいたくない。このことを聞いてお前が俺に恨みを抱くなら、それはそれで仕方のないことだ。……どうする?」


 ロイドの最後の問いにアイラはしばし無言で俯く。


 アイラにとってのロイドは命の恩人で、憧れの人だ。

 決して口には出さないが、尊敬しているしロイドみたいになりたいと思ってもいる。

 だがその理想を壊すような事実をこれから聞くことになるのかもしれないと思うとどうしても頷けない。


 けれど、ロイドの言っていることももっともだ。

 あるいはアイラ自身があの夜レティーシャとの会話を聞いていなければ、魔人の話に耳を傾けていなければ、今まで通りの生活を送ってもなんの問題もなかっただろう。

 だが現にアイラはロイドに対して疑念を抱いてしまっている。

 そんな状態で暮らす生活に果たして意味はあるのか。


「……わかったわ。聞かせて、ロイド」


 アイラは顔を上げ、ロイドの顔をまっすぐに見つめながら強い意志を感じさせる語調でそう呟く。

 それを受けてロイドは「ああ」と一言返し、それから目を瞑った。


「――そうだな、あの日はいつも通り魔族討伐をしていた時のことだ」

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