二十四話:戦いの火蓋
「それがてめえの本性か……ッ」
現れた漆黒の化け物を睨みながらロイドは忌々し気に呟く。
その後ろでアイラは瘴素に気おされて震えていた。
「くはは、そうだ、思い出したぞ! 胸につけている黄金の勲章――キサマ、大賢者だな!」
ロイドが身に纏う黒いローブ。その胸元を指さしながら魔人は吠える。
その咆哮に同調するように瘴素を含んだ大気も雄たけびを上げた。
「そうだ、間違いない! その容貌、その魔力……ああ、オレは三年前キサマに出会っている!」
「……何?」
ここで初めてロイドは表情を変えた。
眉を寄せ、魔人が口にした内容を訝しむ。
大賢者であるロイドと出会った魔人は例外なくすべて葬り去られてきた。
心当たりがない。
すると、魔人はさらに続けて聞き捨てならない言葉を口にした。
「――マルネ村」
「……! てめえ、あの場にいやがったのか!」
「え……?」
魔人が口にした村の名前に、ロイドとアイラはそれぞれ反応を示す。
ロイドは剥き出しの怒りを、アイラは困惑した様子を。
――マルネ村。それは以前アイラが暮らし、魔人によって滅ぼされてしまった村の名だ。
その村の名を知っているということは、少なくとも目の前の魔人がなんらかの形であの惨劇に関わったということだ。
魔人は先ほどまでの冷静沈着で余裕を感じさせる口調を一転、野蛮な物言いで続ける。
「おっと、勘違いするなよ? オレは何もしてねえよ。あそこはマルギスの管轄だったからな、オレは遠くからアイツの仕事を眺めてただけだ。……まあもっとも? 途中で現れたキサマのせいでおさらばしちまったわけだが」
「――――」
ロイドは拳に力を込めながら魔人を恨めし気に睨みつける。
魔人の口ぶりから察するに、彼らの中でも派閥や立場というものがあるらしい。
それによって攻め入る地域が分けられていたらしいが、つまりは目の前の怪物も別の場所でマルネ村同様の惨劇を引き起こしていたわけだ。
何より、彼女の……アイラの前でかつての記憶を引き出すようなことを聞かせてしまったことに怒りを抱く。
魔人に対しても、もちろん自分自身に対しても。
ロイドはちらりをアイラを見やる。
さすがに動揺しているらしかったが、そこまで衝撃を抱いている風にも見えない。
そのことに僅かながら安堵しながら、しかしロイドはすぐさま魔人に敵意を向けなおす。
あるいは彼女も内心では相当なショックを抱いているかもしれない。
それを外には出さずに今必死に心の中に抑え込んでいるだけかもしれない。
ロイドの知るアイラは、そういうことをしかねない。
ならば今自分にできることは一刻も早く目の前の魔人を始末することだ。
「てめえはもうこれ以上喋るな。すぐにこの世界から魂ごと消してやる」
「ギャハハ、随分な物言いだな大賢者ァ! 隠し通せてるようだがオレにはわかるぜ? ここに来るまでに相当消耗しているみたいじゃねえか。その状態でオレに勝てると本気でおもってやがんのかァ?」
「――ッ」
魔人の指摘にロイドは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
魔人もどきとの戦闘や村人の治療などはロイドからすれば些細なことだ。
だが、魔人を人に戻す際に使った魔力はそれこそ大魔法を数発撃っても余りあるものだ。
しかし、それがどうしたというのか。
三年前、魔王と対面した時のロイドも万全の状態ではなかった。
ディアクトロ大陸内に突入してから碌に魔力も回復できない中、数多の魔人や魔獣を倒したうえで魔王と戦った。
消耗し、敵の懐に飛び込みながら勝利をものにしたのだ。
「――へっ、関係ねえよ」
魔人の哄笑に対抗するかのように、ロイドは不敵な笑みを浮かべた。
「てめえと俺には絶対的な差がある。この程度の消耗、ハンデにすらならねえよ」
「バカがッ! 虚勢を張るのもいい加減にしろォッ!」
瘴素が魔人の背中に集い、それは漆黒の翼となる。
その翼を生かした魔人の突撃を、ロイドは避けることなく真正面から立ち向かう。
「……ッ」
瘴素を宿した魔人の拳をロイドは《防護》で受け止める。
黒と白。二つの光は互いにせめぎあい、拮抗する。
削れては補充を、削れては補充を繰り返し、どちらも押し切れずにただその残滓だけが周囲に漏れおちる。
瘴素によって削れた部分をロイドはさらに魔力を注ぎこみカバー。
《防護》によって失われた瘴素を魔人は急ぎ全身に纏う瘴素を移動させる。
その応酬に蹴りをつけようと、魔人は空いている左手を宙にかざす。
魔人の頭上には再び漆黒の剣が現れ、ロイドを串刺しにせんと放たれる。
それでもロイドはかわすことなく、さらに《防護》を展開することで防ぎきる。
全く退くことなく真っ向から立ち向かってくるロイドの戦い方を受けて、魔人はニヤリとその相貌を歪める。
「それほどまでにその小娘が大切か」
「――! まあな、俺の弟子だからな。ただ破壊をするだけのてめえらにはわからねえだろうが」
「クハッ、ああ、わからねえよ。何より理解できねえのは、小娘、キサマだ」
「私……?」
「おいアイラ、こんな奴の言葉に耳を貸すな!」
突然魔人に話題の矛先を向けられ、ロイドの背後に守られるようにして地面にへたり込んでいたアイラが困惑の言葉を漏らす。
ロイドは嫌な予感がしてアイラに向かって叫ぶ。
「だってそうだろ? ――自分の親を殺したやつを師として仰ぐなんて、狂気の沙汰ってやつだ」
「――――」
「なんだぁ、その顔。まさか知らなかったのか? ……クハハ、こいつぁ傑作だ!」
「黙りやがれッ!!」
険しい表情でロイドは叫ぶ。
魔人は愉悦に満ちた笑い声をあげながら一度ロイドから距離をとった。
すっかり日が落ち暗くなった草原。
そこにはおぞましい笑みを浮かべる魔人と、そんな魔人を憎々し気に見つめるロイドと、そしてそんな二者にそれぞれ疑問を向けるアイラの姿が残されていた。