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二十二話:本当の魔人

「あなたは……っ」


 怪しげな男を視認したアイラは警戒を露わにする。

 その立ち姿に見覚えがあったのだ。


 アイラが男を認識したように、男もまたアイラを認識した。


「おや? どうして村民がこんなところに……まさか、失敗しましたか」


 何かを考えこむしぐさをとる男にアイラは叫ぶ。


「あなた、私の村に魔力水を売りに来た行商人よね! どうしてこんなところにいるの!」


 そう、男はグランデ村を訪れた流れの行商人。

 今回の事件の元凶となった魔力水を安価で売った人物だ。


 ロイドの話が本当ならば、あるいは目の前の男こそが黒幕かもしれない。

 だが何も知らずにただ商品を売っていただけの可能性もある。


 アイラの問いに男は少しの沈黙の後「……どうして?」と小さく呟く。

 男の表情はフードに隠れてうかがえない。


 フードの影で隠れた口が僅かに吊り上がる。


「それはちょうど僕も気になっていたのですよ。……どうして君が生きてこの場にいるのかがね」


「――! もしかして、魔力水に瘴素を混入させたのって」


「ほう? そこまで事を理解しているのですか。なるほどなるほど、どうやらイレギュラーな存在がいたらしい。君か、あるいは別の誰かか。……どうあれ、実験が失敗したのであれば長居は無用ですね」


「ッ、逃がすわけないでしょ!」


 アイラは魔力を放出し、男へと狙いをつける。

 もはや疑問は確信に変わった。

 男の言動は、一行商人のものではない。

 目の前の男こそが、今回の黒幕だ。


 ならばこのまま帰すわけにはいかない。


「――《迅雷(パラサン)》!!」


 いつの間にか一番星が出ている時分、薄暗い草原に光が駆ける。

 閃光は尾を引きながら男へ迫る。


 ――命中する。


 放った紫電が目の前に迫りながらも回避しない男を見て、アイラは確信する。

 だが――


「……ッ!?」


 確かにアイラの読み通り、紫電は男に命中する。

 けれど見えない何かに阻まれ、バチィという音を立てた後空中に霧散した。

 一体何をしたのかという疑問を抱くよりも先に、アイラの視界に信じられないものが飛び込んでくる。


 アイラの放った衝撃でめくれたフード。

 その影に隠れて見ることができなかった男の顔が露わになる。


「嘘、そんな……ッ」


 アイラの口から悲鳴にも似た声が零れ落ちる。


 フードの下から現れた男の顔は黒く、――瘴素を纏っていた。


「ま、魔人……ッ」


 かつて自分が住む村を単騎で壊滅させ、家族も友も家も、何もかもを奪った存在。

 それと同じ存在が、今目の前にいる。


 脚がガクガクと震え始める。


 畏怖するアイラを男は不機嫌そうに睨みつけた。


「やれやれ、随分とお転婆な小娘がいたものです。あのまま何もしなければ命だけは見逃したものを……」


 苛立たし気に呟きながら、男は白く長い髪をかき上げ――もはや隠すことなく、全身から瘴素を放出した。


 ◆ ◆


「――《治癒トリート》」


 ロイドは家の外で怪我人たちの治療にあたっていた。

 怪我をした少女に杖の先端をかざし、魔法の名を口にする。

 すると瓦礫によって生じた右腕の切り傷に小さく魔法陣が浮かび上がり、光がおさまるころにはその傷がふさがっていた。


「ありがとうございます、大賢者様ッ」


 少女の母親がロイドに向けて頭を下げてくる。

 ロイドは彼女に頷き返してから、視線をこの場に集った村民たち全員に向けた。


「もう他に怪我をしている奴はいないな」


 ロイドが声を張り上げて問うと、少し遅れてから村人の一人が「は、はい!」と返事をしてきた。


 それを受けて今度は視線を家屋の瓦礫の山へと向ける。

 もうすでに辺りは暗くなり始めている。

 今から瓦礫を片付け、新たな家屋を建てることは不可能だろう。


「ロイド様、この度はわが村をお救いいただきありがとうございました」


 思案するロイドに、七十を超えた老人が声をかけてきた。

 顎から立派な白髭を生やしている彼は、このグランデ村の村長だ。


「俺もこの村に世話になっている者の一人だ。力を貸すのは当たり前だ、感謝されるようなことじゃない。それよりもこの有様だが……」


「倒壊した家屋が再建されるまでの間は、家が無事な者のもとで過ごすように指示をいたします。そのあたりのことは、わたくしの領分です」


「そうだな。俺の家も何部屋か客室が余ってる。必要なら言ってくれ」


 ロイドの言葉に村長は深々と頭を下げる。

 それから振り返り、この場に集った村民たちへ指示を始めた。


 そんな村長の様子を見たロイドは小さく笑みを浮かべてその場から離れた。


「さて、後はアイラだが……」


 工房とを飛び出していった弟子のことを思う。

 彼女がなぜあの場をまるで逃げ出すように出ていったのか、ロイドには容易に想像できる。

 きっと、自責の念に駆られたのだろう。


 気にするなという方が難しい。

 アイラの気持ちがロイドにも痛いほど理解できる。


「どう慰めてやろうかね」


 師匠も大変だなと内心思いながらロイドはあてもなく歩を進める。

 ――っと、その時。ロイドは不意に足を止めた。


「ストレス発散でもしてやがんのか?」


 草原で魔力の反応を感じ取り、ロイドは呆れ交じりに呟く。

 周りに何もない場所で魔法を思い思いに放ち、胸中に沸き上がった感情を吐き出そうとしているのか。


 そう思ったロイドだったが、しかしすぐにそれは間違いであると知る。


 草原の方から――空へと至るほど膨大な瘴素の竜巻が見えたのだ。


「! まだ何かいやがったのか……ッ」


 目に見える瘴素の量は明らかに先ほどまでグランデ村で暴れていた魔人もどきとは一線を画している。

 それこそ、魔王討伐の中で出会ってきた魔人たちと同等の力だ。


「――――――――」


 ロイドは魔法によって宙へ浮かび上がると、そのまま草原へ向けて飛翔した。

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