二十一話:黒幕
「これで全員か……」
ロイドは大きく息を吐き、瘴素を放たない普通の人間に戻った五人のそれぞれに視線を送りながら呟いた。
その顔には疲労の色が見える。
「お疲れ様、ロイド」
「ああ、アイラも見張りご苦労さん。……それにしても、どうしてグランデ村の村民が魔人化なんか」
治療に支障をきたしてはいけないとずっと思考の片隅に追いやっていたその疑問にロイドは改めて向かい合う。
やはり今回の一件は何をとっても違和感しかない。
どう考えても世界樹の近くであるグランデ村で魔人化するほどの瘴素を取り込み続けるはずがない。
「この五人に共通しているのは、自警団の連中ってことぐらいだが、逆を言えばそれだけは確実に共通しているってことだ。……自警団に何かあったのか? いや、なら他の奴らも魔人化するはずだ。どうして自警団の、それもこの五人だけ……」
顎に手を当てて、ロイドはぶつぶつと考え始める。
そうして、ロイドは以前のアイラとの会話を思い出した。
「まさか――いや、現状だとこれ以外にはあり得ない。アイラ、お前以前に流れの行商人が魔力水を安価で売っていたって言ったな?」
「え、ええ。自警団の中で魔法を使える人が買い占めて――」
「それだ。それ以外に魔人化する要因が見当たらない。アイラ、悪いがその魔力水とやらがこいつらの家とかにないか探してきてくれないか? あと、地上にいる連中にこいつらは完治したと伝えてくれ」
「わ、わかったわ」
すぐさま工房を出ていくアイラの背中を見つめて、ロイドはまた小さく息を吐き、脱力する。
相当な集中力を使う作業を長時間続けたせいか、頭が重たい。
だが、まだ眠るわけにはいかない。
少なくとも今抱いた可能性が確信に変わるまで。
少ししてアイラが階段を駆け下りてくる音でロイドは曖昧だった意識を覚醒させた。
彼女の手には魔力が込められた水――魔力水の入ったガラス瓶が握られている。
「ロイド、これ……!」
「よくやった。地上の奴らにも伝えてくれたか?」
「うん、皆ロイドに感謝していたわ」
「……そうか」
誰かに感謝されることを、ロイドは余り好きではない。
自分のような存在が感謝をされるときは大抵誰かに不幸があった時だ。
他人の不幸の上に成り立つ自分への感謝。
その矛盾するような存在に疑問を抱くこともあった。
「――っと、ひとまずこの魔力水を視るか」
アイラからガラス瓶を受け取る。
そしてその中に入っている魔力水に視線を向けたその瞬間――ロイドは表情を険しくした。
「やっぱりか、くそっ、外れていてほしかったが……」
「何かわかったの?」
「ああ。この魔力水にはわずかだが瘴素が混ぜられている。恐らくこれが今回の魔人化の原因だ。連中は魔法を使うたびにこの魔力水を飲んでいたんだろう。そうして魔力を回復すると同時に、徐々に体内に瘴素を蓄積させていった。――その結果が今日の惨状だ」
「そんな……私、全然わからなかった」
「無理もない。瘴素以上に魔力の存在が強いからな。その陰に隠れて視えなかったんだろう。しかしよくよく目を凝らせば、水の中で二つの物質が反発しあって不可思議な動きをしているのがわかる」
自警団の中で五人しか魔人化しなかったのは、魔法を扱うのがこの五人だっただけのこと。
普通の人であれば魔力水など必要がないのだから、瘴素を取り込むことは無い。
「問題は誰がこんなことをしたかだが……」
「誰がって、じゃあロイドは誰かが意図的に今回のことを仕組んだと思ってるの?」
「当たり前だ。こんなもの意図的にじゃなければ作り出せない。瘴素を取り込めばどうなるかなんて誰でも理解できることだ。――つまり、何者かがグランデ村の村民を魔人化させようとしたんだ」
「一体、誰がそんなひどいことを」
ロイドの話を聞いて、アイラは思わず歯を食いしばり、拳を強く握る。
それは今回のことを仕組んだ黒幕への怒りでもあり、何より行商人がこの魔力水を売る場に立ち会わせながら瘴素が混入していることに気づけなかった自分自身の無力さへの怒りでもあった。
少なくともあの時自分が気付けていれば、このようなことになることはなかったのだ。
「黒幕については俺が調べておく。ひとまず今は村の復興だ。……アイラ?」
見ると、アイラは目に涙をためて震えていた。
そんな彼女を見てロイドは固まっていると、不意にアイラは目元を腕で覆い、工房を飛び出していた。
「お、おい! アイラ!?」
ロイドの叫び声を無視してアイラは階段を駆け上がる。
その弟子の姿にロイドは思わずため息をついた。
「……たくっ、ホント手のかかる弟子だよ」
小言を漏らしながらロイドは風の魔法を発動し、床に並べられた五人の青年を持ち上げる。
そして工房の外へと運び始めた。
◆ ◆
工房を飛び出したアイラはたまらず草原へと駆け出していた。
ひとまず今はあの村の惨状を目にしたくなかったのだ。
もし行商人の下にロイドが行っていたなら、今回のことは未然に防ぐことができた。
結果論に過ぎないと理解している。
今の自分の実力と、大賢者であるロイドの力を比較することすらおこがましいとわかっている。
それでも、自分のせいで誰かが死にそうになるような事態がこの短い間に二回も起きてしまった。
その事実がどうしようもなくアイラを責め立てる。
「はぁ……少しここで頭を冷やしてから戻ろう」
今こうしている間にもロイドは村人の治療にあたっているはずだ。
それを手伝わなければ。
アイラは草原の中ほどで足を止め、涙を拭う。
――その時、北の方から強い風が吹きつけてきてアイラは思わず目を細めた。
そして風が収まったとき、アイラは風が来た方へ無意識に視線を向ける。
そこには、フードを纏い顔を隠した一人の男が立っていた。