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十八話:嫌な予感

「……っ」


 目覚めてすぐ、ロイドは顔を顰めた。

 全身が鉛のように重く、気分が滅入る。

 アイラのことで悩み続けていたせいで精神的に追い詰められてしまったのかと思ったが、それでは説明しきれないほどに体の違和感は大きい。


 この違和感は日を追うごとに増していっていたが、今日は段違いだ。


「何か嫌な予感がするな……」



 それは大賢者としての直感。

 自分の体にいつもとは違う決定的なずれが生じたとき、それは大抵何か良くないことが起きる前兆だ。

 ……三年前、魔王を倒すまで魔人を討伐する生活を送っていたロイドがその戦いの中でよく感じていたものだ。


 つい昔のことを思い出したせいか、その生活の中で出会ったアイラの父とのことを思い出してしまい、ロイドは一層渋面を作る。


 アイラが《|迅雷パラサン》》の魔法でミスをしてから一か月近くが経過した。

 それだけの時間が過ぎながら、彼女に関して何一つ進展していない原因はきっとロイドの優柔不断なところだけではない。


 一番の要因は――


「――ロイドぉ、起きろ~!」


 突然ドアを勢いよく開け放ち、アイラが部屋に入ってくる。

 いつも通りに元気いっぱいの彼女を見て、ロイドはバレないように薄く笑った。


「よお、アイラ。寝起きに聞くのもあれだがどこか調子が悪いなんてことはないか?」


「な、なによ、急に。……あっ、適当に話題をそらしながら二度寝する算段でしょ!」


「違う違う、真剣に聞いてるんだよ」


 アイラの発想に、ロイドは強い語気で言い返すことができなかった。

 いつもであればもしかしたら彼女の言ったような手を使っている可能性があったからだ。

 だがそれは別として、今は違う。


 ロイドの返答に、アイラは訝しみながら「んーっ」と考える。


「別に悪いなんてことはないわよ? 強いて言うなら、今日はすぐに起きられなかったことぐらいかなぁ」


「起きられなかった? 体がだるいとか、そういう感じでか?」


「うーん、感覚的にはそんなだったわね」


 ロイドは顎に手を当てて考える。

 自分のみならずアイラまでもが体調が悪いのなら、これはもう気のせいでも勘違いでもないはずだ。


(後で軽く調べてみるか……)


 できれば勘違いで終わってほしいが、恐らくそれは無理な話なのだろう。

 今までこれと似たような状況になって、杞憂だったためしがない。


 であるなら、この後もしかしたら大きな問題に遭遇するやもしれない。

 その時のために万全の状態でいる必要がある。


「アイラ、起こしてくれてありがとうな」


「う、うん……?」


「じゃ、おやすみ」


「……え?」


 爽やかな笑みと共に再びベッドに横になるロイドに、アイラは愕然とする。


「いやほら、なんか俺も体調が悪いからよ。これはもう横になっていたほうがいいと思うんだよ、うん」


「やっぱり二度寝する算段だったんじゃない!」


「おい、アイラ、その右こぶしはなんだ! 待てよく考えろ、俺はお前の師匠だぞ! 師匠を殴る弟子がいていいものか、いや、ない!」


「それなら昼過ぎまで寝ている癖にそこからさらにまた寝ようとする師匠がいていいと思っているの!」


 アイラの作った右こぶしを見てロイドが止めに入るが、その言動はさらに彼女の怒りを引き出してしまったらしい。

 全身をワナワナと震わせている。


 だが、その拳はやがて彼女のため息と共に消失する。

 アイラは疲れたように大きく息を吐いた。


「……とにかく、ちゃんと降りてきなさいよ」


 呆れたようにそう言い残してアイラは部屋を後にする。

 彼女のその背中を見ながら、ロイドは今度は隠すことなくハッキリと自嘲の笑みを浮かべた。


 一番の要因は――アイラだ。


 もし彼女が数週間前までと同じように自分のことを避けるような態度を保ってくれていたのなら、あるいはロイドの中で全てを打ち明かす決心がついたはずだ。

 だがアイラの態度は今見たく、以前までと何ら変わりがない。

 まるで自分の中での結論を出し、吹っ切れたかのように今までとは変わらない態度で接してくる。


 責められるべきは彼女ではなく、自分自身だ。


 それを理解していても、ロイドはアイラを恨んでしまう。

 せめて後数日だけでも態度を改めずにいてくれていたのなら、全てを打ち明ける覚悟はできていただろうにと。


 しかしそれはアイラにとってはあまりにも理不尽な話だ。

 それがわかっているからこそ、ロイドはそう思ってしまう自分に呆れるしかない。


「……ホント、どうしたもんかね」


 熱にうなされている時のように重たいからだが、気分が沈むのを更に助長する。

 ベッドから起き上がる気力すら湧かない。


 天井を見上げて大きく息を吐き出す。


 ――ちょうど、その時だった。


 ドゴオオオオンという爆音がロイドの鼓膜を激しく揺らす。

 衝撃で窓がガタガタと音を立て、階下からアイラの「きゃぁっ!」という悲鳴が聞こえてくる。


 それを認識した時には、ロイドはすでに上体を起き上がらせて窓の外を見ていた。


「ッ、なんだってあんなもんがこんなところに……!」


 ロイドの視線の先、窓の外――近くの家屋から煙が出ている。

 きっと先ほどの爆音もあそこからだろう。


 だが――そんなことはもはやどうでもよかった。


 その家屋からは煙とは別に黒い粒子が立ち上ってきている。

 それは、魔獣が纏うものであり、魔界樹(ディアボロス)が存在するディアクトロ大陸の大気をほぼ満たしている忌避すべき力――瘴素だ。


 ハッキリと可視化されるほどの瘴素が、まるで竜巻のように渦を巻いて家屋から立ち上っている。

 そんなことは、あり得ないはずだ。

 何せここは世界樹(オルビス)にほど近い場所。あれほどの瘴素が一か所に集うことなどあってはならない。


 しかし現実としてあの場には瘴素が満ちている。


 嫌な予感は的中してしまった。


 次の瞬間にはロイドはローブと杖を手に取り、自室を飛び出していた。

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